踏まれなかった罠職人トラッパ
罠は踏まれるために作られた。
そう主張する小鬼の残影が、墓場で泣いていた。
罠だらけの王都に似た石畳が、墓場の奥に敷かれていた。
ただし、罠は全部見えている。落とし穴、眠り罠、鈍足床、矢の射出口。赤い危険表示がなくても分かるくらい、これ見よがしに並んでいる。コヨリは入口で腕を組んだ。
「ログル。見えてる罠って、逆に怖い」
「はい。見えているのに踏む実績があります」
「実績って言葉で心を削らないで」
「今回は、踏まれなかった罠の区画です」
「踏まれなかった?」
床の中央で、小鬼の残影が体育座りをしていた。罠職人トラッパに似ている。目の前には、ぴかぴかに磨かれた落とし穴。誰も落ちなかったらしい。罠なのに誇りを失った、みたいな顔をしている。
「罠は踏まれてこそ罠......」
「踏まないよ!?」
「勇者様、声量」
「あっ」
コヨリの声で世界が一手進む。入口の眠り罠が、踏まれていないのに寂しそうに震えた。罠が感情を持つな。持つならもっと良い方向に持ってほしい。
ログルは石畳へ宝石の光を落とし、罠の起動順を表示した。
「この区画の罠は、敵に踏ませると記録できます」
「わたしが踏まなくていい?」
「はい。ただし、罠が踏まれたい相手を選びます」
「やっぱり面倒くさい!」
墓標モンスターが奥から現れた。【見えてる罠踏ませ小鬼】、【鈍足札】、【欲張りミミック墓標】。罠へ誘導するには、コヨリが一手ずつ動いて位置をずらす必要がある。罠を移設するのも一手。敵も一手。盤面を見る時間はあるが、焦ると一瞬で詰む。
「ログル、最初は?」
「左の眠り罠を一マス右へ。敵の進路に重なります」
「移設した瞬間、敵も動く?」
「はい」
「罠職人って大変!」
コヨリは罠移設用の小さな棒を取り出した。床をつつき、眠り罠の板だけを右へずらす。世界が動く。見えてる罠踏ませ小鬼が、一マス前へ出た。罠の手前で止まる。賢い。嫌な賢さだ。
「踏まない!」
「敵も学習しています」
「罠を踏ませる敵が罠を避けるの、職人泣くよ!」
トラッパ残影が本当に泣きそうな顔をした。コヨリは少しだけ申し訳なくなる。罠に同情する日が来るとは思わなかった。
次の手で、コヨリは小石を敵の後ろへ投げた。小鬼が振り向く。向きが変わるだけでも、進路が変わる。次の一手、コヨリは右へ下がる。小鬼は追う。今度こそ眠り罠の上へ足を置いた。
ぽふん。
白い煙が上がり、小鬼が眠る。トラッパ残影が、ぱっと顔を上げた。
「踏まれた」
「踏ませた!」
「勇者様、喜びすぎると次を踏みます」
「今のわたしなら踏まない」
「その発言が危険です」
ログルは正しい。次の落とし穴は、眠った小鬼の横にある。欲張りミミック墓標を誘導すれば、落とせる。だが、落とし穴は起動が一手遅れる遅延型だった。踏んだ瞬間ではなく、次のターンで開く。これがまた嫌らしい。
「一手遅れる罠って、踏ませるの難しくない?」
「だから踏まれなかったのでしょう」
「罠にも人生があるみたいな言い方やめて」
コヨリはミミック墓標の前に、わざと白紙巻物の切れ端を落とした。欲張りミミックが反応し、そちらへ進む。落とし穴の上へ乗った。まだ落ちない。次の一手で、コヨリが動くと穴が開く。ミミックも動くかもしれない。位置を固定しないと逃げられる。
「眠り玉?」
「残り一つです」
「使う」
「使い惜しみで死ぬより良いです」
「その通り!」
眠り玉を投げる。ミミック墓標が眠る。次の一手でコヨリは後退。床ががこんと抜け、ミミックが穴へ落ちた。トラッパ残影が小さく拍手する。
「やった! 罠って、敵に使うと楽しい!」
「勇者様が踏まない場合に限ります」
「大事な条件!」
最後に残ったのは、部屋の奥の【未使用罠保管箱】だった。中には、踏まれなかった罠の名前がぎっしり詰まっている。全部保存は無理。一つだけ選ぶなら、遅延罠の記録だ。今回の学びがある。
コヨリは帰還ピンで箱の端を固定し、紙へ書いた。
【遅れて開く落とし穴。敵に踏ませる前に、自分の次手を確認】
保存処理が走る。トラッパ残影が満足そうに頷いた。その顔を見た瞬間、コヨリは油断した。眠っていた小鬼が、眠りから覚めるターンを数え忘れていた。
「勇者様、右」
「え」
小鬼が起き、足元の眠り罠をつつく。罠はもう発動済みだと思っていた。違った。墓場の罠は、踏まれた記録を得ると二度目を要求する。最悪のアンコールだ。
コヨリの足元に、眠り粉が広がる。
「罠、満足したんじゃないの!?」
「職人気質です」
「職人の方向が違うううううう!」
【死亡ログ】
【死因:踏ませた罠の再発動で眠り、墓標に運ばれた】
【評価:罠は踏ませても油断しない】
白い椅子に戻ると、コヨリは寝起きの顔でふらふらしていた。ネムがいつもより少し優しい目をしている。眠り死は死神的に親近感があるのかもしれない。
反省会テーブルには、トラッパ残影の小さな罠図面が残っていた。
【遅延罠確認 Lv.1】
「ログル。罠は敵に踏ませる」
「はい」
「踏ませたあとも離れる」
「はい」
「職人の満足を信用しない」
「重要です」
コヨリは図面の端へ、赤字で大きく書いた。
【罠は一回で終わるとは限らない】
「これ、トラッパに見せたら喜ぶかな」
「喜ぶと思います」
「じゃあ、次はわたしじゃなく敵だけで喜ばせる」
罠訓練場では、トラッパ本人の記録が妙にそわそわしていた。踏まれなかった罠の図面が来たからだろう。コヨリは図面を広げ、赤い線と青い線を引き直した。
「罠って、踏ませる相手を選ぶと急にパズルになるね」
「はい。罠師ビルドの重要要素です」
「わたしが踏まないだけで、こんなに平和」
「踏まなければ、です」
「念押しが強い!」
コヨリは訓練場の床に、遅延落とし穴の簡易版を作った。踏んでから一手遅れて開く。自分で試すのは嫌なので、木の人形を置く。人形が落ちるのを見て、コヨリは満足げに頷いた。次からは敵でやる。絶対に敵でやる。
遅延罠の訓練をしていると、ネムが眠そうにやってきて、木の人形が落ちるところをじっと見た。
「眠り罠、好き?」
「好きというか、静か」
「ネムっぽい」
「でも、コヨリさんが眠り罠で死ぬと、受付が増える」
「じゃあ嫌い?」
「仕事としては嫌い」
その曖昧な感想を聞いて、コヨリは眠り罠の横に【寝る場所は選ぶ】と書いた。罠で眠るのはだめ。ベッドで眠るのは正しい。簡単な話なのに、ダンジョンでは簡単なことほど難しい。眠り粉が少しでも見えたら、次は一歩下がる。できれば。できれば、じゃなくて、やる。
木の人形は何度も落とされ、最後には頭に小さな傷がついた。コヨリはそれを見て、罠を使う側にも責任があると気づいた。敵に踏ませるならいい、というほど単純ではない。味方を巻き込まない。退路を塞がない。使った後の再発動を確認する。
「罠師って、思ったよりまじめ」
「踏ませる相手を選ぶ仕事ですから」
「トラッパ、ふざけてるだけじゃなかったんだね」
【登場人物紹介】
コヨリ:罠を自分で踏まず、敵に踏ませる楽しさと怖さを学ぶ。
ログル:遅延罠と再発動の危険を読む相棒。
トラッパの残影:踏まれなかった罠に誇りを取り戻した小鬼。
【今回の勇者ステータス】
死亡回数:773回 → 782回
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因学習 Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別警戒 Lv.5】【ミミック警戒 Lv.2】
【総合盤面確認 Lv.2】【帰還門感知 Lv.3】【ログ管理 Lv.2】【一フレームの神様 Lv.2】
【神様操作前兆 Lv.1】【滅亡前兆視認 Lv.1】【滅亡原因分類 Lv.2】【消えたシード保存 Lv.1】
【世界の死因学習 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【遅延罠確認 Lv.1】
【ローグライクあるあるネタ】
罠を利用しようとして結局自分が踏む事故、遅延発動罠、見えている罠を逆利用する攻略を墓場化。
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