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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第22章 消えたシードの墓場――覚えているのは、わたしだけじゃない

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登録されなかった受付嬢アリア

受付台はある。登録簿もある。

けれど、そこには誰の名前も残っていなかった。

 黒い墓場の奥に、ギルド受付があった。


 木のカウンターは磨かれている。羽ペンも、印章も、登録簿も揃っている。なのに、人の気配だけが薄い。カウンターの向こうに立つアリアらしき残影は、何度も笑顔を作ろうとして、そのたびに輪郭を失っていた。


「いらっしゃいませ。登録を......登録を......」

「アリアさん?」

「勇者様、本人ではありません」

「分かってる。でも、この場所でその声はずるい」


 登録簿を開くと、全ページが真っ白だった。名前欄、職業欄、報酬欄、救助対象欄。すべて空欄。自由に見える。けれど、ログルの宝石は重い色で光っている。


「登録がないと、何が困るの」

「依頼が成立しません。報酬も渡せません。救助対象として扱われません」

「自由じゃなくて、存在しない扱い?」

「はい」

「うわ、白紙が一番怖いやつ」


 ベルが登録簿を覗き込み、眼鏡の奥を細めた。


「未記入は、無効と同じに扱われがちです」

「でも、いなかったわけじゃない」

「その通りです。今回は、空欄を空欄として保存するだけでは足りません。受付嬢が受付をした事実を残す必要があります」

「名前を書けばいい?」

「誰の名前を、誰が、何の権限で書くかが問題です」

「事務がラスボス!」


 カウンターの下から、未記入欄がぬるりと伸びた。黒い帯みたいな敵だ。帯の先には空欄が口を開け、コヨリの名前を書けと迫ってくる。自分の名前を書けば、勇者登録は成立するかもしれない。だが、それはアリアの受付記録ではない。


 コヨリは羽ペンへ手を伸ばしかけ、止めた。


「わたしの名前を書いたら、アリアさんが消える?」

「消えるというより、受付役が勇者様の記録に上書きされます」

「だめ。絶対だめ」


 アリア残影は、同じ言葉を繰り返している。


「登録を......お名前を......」

「ログル、声をかけてもいい?」

「短く。本人扱いしない範囲で」

「難しいなあ」


 コヨリはカウンターから一マス離れた青い位置へ立ち、紙に書いた。


【受付した人:アリアに似た残影】

【名前欄:未確定】

【受付印:保存】


 羽ペンではなく、登録簿の端へ貼る。世界が一手進み、未記入欄がざわりと起きた。空欄の口がいくつも開き、コヨリのほうへ伸びる。ログルが警告する。


「右から未記入欄、左から職業欄です」

「欄が襲ってくるな!」

「書類仕事の悪夢ですね」

「大人になりたくない!」


 ベルが抗議文の写しを一枚、床へ滑らせた。【本人確認前の役割登録に異議あり】。その紙が盾になり、未記入欄の一つを止める。さすが魔王軍秘書。紙で敵を止める絵面が強い。


 コヨリはカウンターへ近づかず、受付印だけを小石で転がした。印章が一マス、二マスと進み、青いマスで止まる。そこでコヨリは白銀の帰還ピンを刺し、印影を紙へ写した。


【受付印:存在証明として仮保存】


 アリア残影の輪郭が、少しだけ整った。顔はまだ見えない。でも、カウンターへ置かれた手の形がはっきりした。誰かを登録しようとしていた手だ。


「できた?」

「受付印は保存されました」

「アリアさんは?」

「本人ではありません」

「うん。言い直す。アリアさんに似た受付の記録は?」

「少し、残りました」


 その瞬間、登録簿がばさばさとめくれた。白紙のページが翼みたいに広がり、部屋全体が紙のモンスターハウスになる。未記入欄、職業未定欄、報酬空欄、承認待ち印。全部が一斉に襲ってくる。


「書類多すぎ!」

「逃走経路、カウンター右」

「右、赤い!」

「赤いですが、左よりましです」

「ましで道を選ぶの、冒険あるある!」


 コヨリは右へ一マス。報酬空欄が背中をかすめる。次に帰還巻物。だが、巻物の文字を読むには名前が必要だった。受付区画のせいで、コヨリの名前欄まで一瞬白くなっている。


「わたしの名前!」

「胸の名札を見てください」

「名札、役に立ちすぎ!」


 墓場用に貼っていた【勇者コヨリ。読む。奪わない】の紙が胸元で光った。名前が戻る。コヨリは巻物を開き、帰還の文を読もうとした。


 そこで、未記入欄がアリア残影の受付印を狙う。コヨリは反射的に手を伸ばした。守るための一手。けれど、その一手で帰還の読み上げが止まる。


「しまっ」


 紙の帯が足首に巻きつき、登録簿の空欄へ引きずり込まれた。


【死亡ログ】

【死因:未記入欄に飲み込まれた】

【評価:空欄を甘く見てはいけません】


 白い椅子に戻った時、コヨリの胸元には受付印の写しが残っていた。ベルがそれを見て、少しだけ口元を緩める。


「勇者様、印影は残っています」

「名前は?」

「まだ未確定です。しかし、受付した誰かがいたことは証明できます」

「......うん。それ、大事」


 ログルの宝石に、新しい札が浮かぶ。


【未登録者確認 Lv.1】

【存在証明メモ Lv.1】


 コヨリは反省会テーブルへ、太い字で書いた。


【白紙は自由ではない。消される前に印を残す】


「ログル」

「はい」

「書類って怖いね」

「ベル様に怒られます」

「ベルは味方の書類。墓場は敵の書類」

「分かりやすい分類です」

ベルは受付印の写しを、小さな額に入れた。飾るためではなく、印影が薄れないようにするためだ。アリアの名前はまだ確定しない。けれど、受付した誰かの手つきは残った。


「勇者様、これを証拠と呼ぶには弱いです」

「でも、何もないより強い」

「はい。だから保管します」

「ベル、そういうところ好き」

「業務上の評価として受け取ります」

「照れてない?」

「照れておりません」


 コヨリは受付カウンターの絵を描き、額の横へ貼った。絵は下手だ。カウンターが少し斜めで、羽ペンは魚の骨みたいになった。それでも、文字だけより場所を思い出しやすい。誰かが誰かを登録しようとした。その場面を、次はもっとはっきり残せるように。

受付印の横には、登録簿の写しも置いた。真っ白なページを保存するのは変な感じがしたが、ベルは真剣だった。白紙は証拠にならないようでいて、何も書かれなかった証拠になる場合があるらしい。


「大人の世界、白紙まで怖い」

「魔王軍では、白紙の命令書が一番危険です」

「何でも書けちゃうから?」

「はい」

「わたしの白紙巻物も、使い方を間違えるとそうなるんだね」


 コヨリは白紙巻物の扱いを、少しだけ見直した。便利な自由は、誰かを上書きする危険にもなる。だから、次に白紙へ何かを書く時は、誰の欄に書いているのかを考える。面倒くさい。でも、面倒くささは時々、人を守る。

ネムは受付印の写しに死亡受付外番号を振ろうとして、少し迷った。

「これ、死因じゃない」

「じゃあ番号なし?」

「でも、番号がないと探しにくい」

「じゃあ、死亡じゃなくて存在番号にしよう」


 コヨリの提案で、札には【存在仮番号】と書かれた。死んだから番号を振るのではなく、いたから番号を振る。ネムは眠そうな目でそれを見て、ほんの少しだけ頷いた。

存在仮番号という言葉は、少し不格好だった。でも、コヨリは気に入った。きれいな名前でなくても、探す時の手がかりになればいい。棚の中で迷子にならないこと。それが今の救助だった。


【登場人物紹介】

コヨリ:自分の登録ではなく、受付した記録を残そうとする。

ログル:空欄と上書きの危険を読む相棒。

アリアの残影:本人ではなく、誰かを登録しようとした受付の記録。

ベル:書類で書類敵を止める有能秘書。


【今回の勇者ステータス】

死亡回数:764回 → 773回

クラス:帰還者候補/死因学者系統

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション


【獲得済み主要スキル】

【死因学習 Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別警戒 Lv.5】【ミミック警戒 Lv.2】

【総合盤面確認 Lv.2】【帰還門感知 Lv.3】【ログ管理 Lv.2】【一フレームの神様 Lv.2】

【神様操作前兆 Lv.1】【滅亡前兆視認 Lv.1】【滅亡原因分類 Lv.2】【消えたシード保存 Lv.1】

【世界の死因学習 Lv.1】


【今回の新規獲得・更新】

新規獲得:【未登録者確認 Lv.1】【存在証明メモ Lv.1】


【ローグライクあるあるネタ】

白紙巻物・未識別巻物・登録ミスの怖さを、ギルド登録簿の空欄として変換。


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