ルーメの忘れた魔法名
墓標に吸われたのは、命ではなく魔法名だった。
名前を忘れた魔法は、だいたい味方にも危ない。
墓場の一角で、空中に文字が浮いていた。
火、水、氷、雷。属性を示す文字が、魚みたいに泳いでいる。床には反射板、壁には詠唱の途中で折れた言葉。中央には、賢者ルーメに似た残影が立っていた。長い杖を持ち、ものすごく自信のある顔をしている。ものすごく不安になる顔でもあった。
「すごい魔法を思い出しました」
「出た」
「何の魔法でしたっけ?」
「出たあああああああああ!」
コヨリは叫びかけて、すぐ口を押さえた。墓場での大声は行動判定になる。だが、ルーメ系の発言は反射で叫びたくなる。危険な敵より危険な味方の気配がする。
ログルが宝石を光らせ、空中の文字をなぞった。
「魔法名が墓標に吸われています。効果と名前が一致していません」
「名前がないとどうなるの」
「火球のつもりで氷が出ます」
「氷ならまだいい」
「回復のつもりで部屋鳴り雷が出ます」
「よくない!」
「空腹をごまかす呪文で、本当におなかの音が出る可能性も」
「それは魔法じゃなくて生活音!」
ルーメ残影は気にせず杖を掲げる。詠唱は立派だ。声の響きだけなら、世界を救いそうに見える。問題は、本人が効果を分かっていないことだった。
「コヨリさん、詠唱は完璧です」
「効果は?」
「墓標に聞けば分かります」
「墓標に聞かないで! 墓標だよ!」
床には四つの墓標がある。【ころころ火球】【霜ふり床】【部屋鳴り雷】【おなかの音】。ただし、名前と効果の位置が入れ替わっているらしい。直接読むと死因逆流。ルーメに唱えさせると誤爆。ログルだけで読むには情報が足りない。
コヨリは空中の属性文字、床の反射板、ルーメの杖先を見比べた。魔法は世界への命令。命令には名前がいる。名前を間違えた命令は、世界が雑に解釈する。神様の異世界生成みたいに。
「ログル。安全に試す方法」
「小石へ弱くかけるなら、被害を抑えられます」
「魔法を小石で識別。杖の鑑定みたい」
「はい。ただし、反射床に注意」
「注意って言われると、急に足元が全部敵に見える」
コヨリは小石を一つ置いた。置くのも一手。ルーメ残影が杖を振りかける。コヨリは急いで手を上げた。声を出すと行動になるので、紙に書く。
【小石だけ】
ルーメはにこやかに頷き、詠唱した。
「ころころ火球!」
出たのは氷だった。小石がつるんと滑り、反射床へ乗って跳ね返る。コヨリの足元をかすめた。
「火球じゃない!」
「氷です」
「見れば分かる!」
「名称と効果の対応が一つ取れました」
「命がけの神経衰弱!」
コヨリは紙へ書き込む。【ころころ火球=氷】。すると、墓標の一つが少しだけ薄くなる。正しく照合できれば、魔法名を墓標から取り戻せる。逆に間違えれば、名前がさらに崩れる。
二つ目は【霜ふり床】。ルーメが唱えると、床から火が転がった。火球である。しかも、反射板へ当たって戻ってくる。コヨリは身を低くして避け、ログルが尻尾で紙を押さえた。
「霜ふり床が火球! 料理名みたいに燃えるな!」
「照合、二つ目成功」
「成功のたびに寿命が縮む!」
三つ目。【部屋鳴り雷】。ルーメが胸を張る。
「これは覚えています。たぶん安全です」
「たぶんを魔法に混ぜるな」
「では、いきます」
出たのは、腹の音だった。
ぐうううう、と部屋全体に響く。床の墓標が一斉に振り向いた気がした。おなかの音は行動なのか。墓場は一瞬悩み、悩んだ末に敵のターンを進めた。
「今の、わたしじゃない!」
「ルーメ様の魔法です」
「魔法でも生活音でも、結果が同じなのひどい!」
墓標が一マス近づく。残る名前は【おなかの音】。おそらく雷だ。コヨリはこれを使えば墓標を散らせると気づいた。だが、部屋全体に雷が走れば、ルーメ残影にも当たる。本人ではないとしても、記録を壊すわけにはいかない。
「範囲を狭められる?」
「ルーメ様の詠唱を短くすれば可能かもしれません」
「短く?」
「名前だけ」
「それなら忘れにくい!」
コヨリは紙に大きく書いた。
【おなかの音=雷。ただし小声】
ルーメ残影が真剣に頷く。
「おなかの音」
「魔法名として嫌すぎるけど、今だけ!」
細い雷が床を走り、近づいた墓標だけを打った。空中の文字がほどけ、正しい位置へ戻っていく。ログルの宝石に新しい表示が浮かぶ。
【名前効果照合 Lv.1:発現】
「やった!」
「まだ反射板が残っています」
「またそれ!」
雷の余波が反射板へ当たり、遅れてコヨリの足元へ戻ってきた。避けるには一手。帰還巻物を読むのも一手。小石で反らすのも一手。コヨリは小石を選び、雷の筋へ投げた。
小石は当たった。雷は逸れた。だが、逸れた先にあったのは、さっき氷になった小石である。凍った小石が割れ、床一面に霜が広がった。
「連鎖が多い!」
「魔法区画です」
「説明になってない!」
コヨリの足が滑る。反射板へ倒れ込む。そこへ戻ってきた火球が、きれいに当たった。
【死亡ログ】
【死因:魔法名の照合後、反射床で自分へ戻った火球に当たった】
【評価:名前は合っていました。立ち位置は間違いました】
白い椅子に戻ると、ルーメ残影の声だけが紙片に残っていた。
【すごい魔法を思い出しました】
効果は、やはり書いていない。コヨリは紙片へため息を吹きかける。
「ログル。これ保存して大丈夫?」
「危険ですが、役に立ちます」
「その二つ、両立しすぎ」
新しい札が現れる。
【名前効果照合 Lv.1】
コヨリは横に書いた。
【魔法名と床を見る。味方の自信は鑑定対象】
「ルーメに見せたら怒るかな」
「忘れると思います」
「それもそう」
属性検証卓の前で、コヨリは四つの札を並べ直した。火、氷、雷、腹。最後だけ明らかにおかしい。だが、墓場で実際に行動判定を進めた以上、無視できない。
「ログル。おなかの音って属性ある?」
「食属性、または生活音属性でしょうか」
「生活音属性、強そうに聞こえない」
「強いです。墓場でターンを進めました」
「そうだった!」
ルーメの残影から得た教訓は、魔法だけではない。名前と効果がずれると、世界は真面目に間違える。神様の説明不足と似ている。だから、コヨリは札の一番上に書いた。【名前を信じる前に、床と結果を見る】。魔法使いとしても、帰還者候補としても、たぶんこれは大事だった。
ルーメ用の魔法札は、最終的にかなり変な棚になった。【火球っぽい氷】【霜ふりなのに火】【雷のふりをした腹】。分類名だけ見ると、誰かの料理失敗メモみたいだ。
「ログル。これ、後で本人に見せる?」
「本人が覚えていれば」
「そこから難しい」
「はい」
コヨリは棚の上に小さな注意書きを置いた。【自信満々の詠唱ほど、一度小石で試す】。魔法名が戻っても、使う場所を間違えれば死ぬ。反射床、味方位置、満腹度、詠唱ターン。魔法は強いけれど、強いから雑に撃つと自分へ戻ってくる。神様への文句にも似ていた。強く言うだけでは、跳ね返る時がある。
棚の隅には、ルーメ用の予備小石箱も置いた。魔法を覚えた気になった時ほど、最初の相手は敵ではなく小石にする。小石は文句を言わないし、だいたい犠牲になってくれる。コヨリは小石に少しだけ感謝した。
【登場人物紹介】
コヨリ:魔法名の神経衰弱に挑む。足元の反射床には負けた。
ログル:名前と効果の対応を記録する解析神獣。
ルーメの残影:自信満々に忘れる賢者。危険だが、記録すると魔法理解が進む。
【今回の勇者ステータス】
死亡回数:754回 → 764回
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因学習 Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別警戒 Lv.5】【ミミック警戒 Lv.2】
【総合盤面確認 Lv.2】【帰還門感知 Lv.3】【ログ管理 Lv.2】【一フレームの神様 Lv.2】
【神様操作前兆 Lv.1】【滅亡前兆視認 Lv.1】【滅亡原因分類 Lv.2】【消えたシード保存 Lv.1】
【世界の死因学習 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【名前効果照合 Lv.1】
【ローグライクあるあるネタ】
未識別の杖・巻物効果を小石や安全地帯で確認する発想を、魔法名の照合へ変換。
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