ピヨラが火を怖がれなかったシード
火を怖がるはずの小さな竜が、火を怖がれない場所にいた。
それは強さではなく、怖がる自由を奪われた記録だった。
次の区画へ入る前から、床が熱かった。
黒い通路の先に、赤い鱗の残影が丸まっている。ピヨラに似ていた。けれど、いつもの「ピヨ、こわい」という声はない。残影はじっと前を見て、口の端から火をこぼしている。怖がっていない。震えてもいない。そこが一番怖かった。
「ログル。ピヨラ?」
「ピヨラに近い魂の残影です。このシードでは、火を怖がる反応が削除されています」
「削除って何」
「兵器として扱うための調整です」
「神様ァ......!」
叫びかけて、コヨリは歯を食いしばる。大声は行動になる。火の床が一手進めば、爆ぜ岩が連鎖する。部屋には赤い石がいくつも埋まり、床の溝には油が細く流れている。火炎罠、誘爆床、爆ぜ岩。分かりやすいくらい、触ったら全部燃える部屋だ。
ログルの宝石が赤い危険範囲を床へ映した。ピヨラ残影の正面三マスは火の射線。左右には爆ぜ岩。後ろは黒い壁で塞がっている。逃げ場が少ない。
「火を止めるには?」
「命令は危険です。『吐かないで』と声をかけると、行動指示としてターンが進みます」
「じゃあ話しかけられないじゃん」
「短い確認なら可能ですが、残影が本人と誤認すると崩れます」
「むずかしい! 助けるより先にルールの地雷原!」
コヨリは手持ちを見る。水の巻物、霜ふり床の札、白紙巻物、帰還ピン。水を撒けば火は弱まるが、油床の上で滑る。霜ふり床は爆ぜ岩を冷やせるかもしれないが、自分も滑る。ピヨラ本人を止めるのではなく、怖がる記録を戻す必要がある。
部屋の壁に、古い命令札が貼ってあった。
【火を怖がるな】
【泣くな】
【燃やせ】
コヨリはその文字を見て、眉を寄せた。
「ログル。これ、剥がす」
「剥がすと一手です。近くの爆ぜ岩が反応します」
「じゃあ、上書き」
「白紙巻物なら可能です」
「よし。神様の雑な命令を、幼女の雑な字で潰す」
コヨリは白紙巻物へ大きく書いた。
【火、こわくてもいい】
それを壁の命令札へ投げる。紙は熱で端を焦がしながら、命令の上に貼りついた。世界が一手進む。ピヨラ残影の喉から、火ではない小さな音が漏れた。
「......ピヨ?」
「反応あり」
「ログル、今の聞いた?」
「聞きました。声量を上げないでください」
「心の中で大声出してる!」
だが、命令札の隣にあった爆ぜ岩が赤く点滅する。一手後に爆発。距離は三マス。通常なら退けばいい。だが、退いた先には油床。滑れば火の射線へ戻る。水の巻物を読むか、霜ふり床で方向をずらすか。
「水?」
「爆ぜ岩は冷えますが、油が広がります」
「霜?」
「床が滑ります」
「滑るの嫌すぎる」
「勇者様はよく滑ります」
「実績を出すな!」
コヨリは霜ふり床の札を選んだ。部屋全体ではなく、爆ぜ岩と自分の間だけに狭く貼る。氷が薄く走り、油の流れを一瞬止めた。爆ぜ岩が爆発する。爆風は氷の上を滑って横へ逸れ、ピヨラ残影の正面には届かない。
「やった!」
「まだです」
火の残影が、反射的に炎を吐こうとする。怖がる記録が戻りかけたせいで、命令と本来の感情がぶつかっている。吐きたくない。吐けと言われている。小さな体が震え、火が喉で暴れる。
コヨリは声を出さず、胸元の紙を見せた。
【火、こわくてもいい】
文字を見せるだけなら、行動かどうかが微妙だ。墓場が一瞬迷う。ピヨラ残影の瞳に、初めて恐怖が戻った。怖い、という反応が、ここでは宝物みたいに見える。
「ピヨ、こわい」
声が部屋に落ちた。火の射線が弱まり、壁の命令札が灰になる。ログルの宝石が淡く光る。
【残影識別 Lv.1:発現候補】
【爆風跡確認 Lv.1:発現候補】
「帰る」
「はい。足元、爆風跡です」
「見えてる」
「見えている罠ほど踏むな、です」
「分かってる!」
コヨリは帰還巻物を開く。その足元で、さっきの爆風が残した黒い跡がぱち、と火花を出した。爆風跡は罠ではない。罠ではないが、墓場では記録が遅れて燃える。見えている。分かっている。なのに、巻物を読む姿勢で片足が半歩ずれた。
「あ」
火花が油の細い筋に届く。部屋の床が、遅れて赤く走った。
【死亡ログ】
【死因:見えていた爆風跡で誘爆した】
【評価:怖がる自由は守れました。足元は守れませんでした】
白い椅子へ戻ると、コヨリは悔しさで足をばたばたさせた。
「最後の最後!」
「はい」
「爆風跡って罠なの!?」
「墓場では、死因の跡も危険です」
「床の思い出まで殺意持つな!」
反省会テーブルには、焦げた白紙巻物の端が残っていた。そこに書いた【火、こわくてもいい】は、半分だけ読める。けれど、半分でも消えていない。
「ログル。ピヨラ、怖がれた?」
「はい。残影の記録内では、怖がる反応が復帰しました」
「じゃあ、負けだけじゃない」
「はい」
新しい札が二枚、死因図鑑室の横に差し込まれる。
【残影識別 Lv.1】
【爆風跡確認 Lv.1】
コヨリは焦げた紙を見て、小さく笑った。
「次に本物のピヨラに会ったら、火が怖くてもいいって言う」
「言えます」
「あと、爆風跡は踏まない」
「そちらも言えます」
「実行できるかは別!」
魔物休憩所に戻ると、登録されているピヨラの記録が小さく震えた。本物がそこにいるわけではない。それでも、火の気配に反応したのか、休憩所の隅に置いた赤い毛布が少しだけ丸くなっている。
「ログル。怖がるって、弱いこと?」
「違います。危険を危険と認識する機能です」
「だよね」
「勇者様も、怖がってよいです」
「わたしは毎回怖がってるよ。叫び方がうるさいだけ」
「それは否定しません」
「少しは否定して!」
コヨリは焦げた紙の半分を魔物休憩所の壁へ貼った。【火、こわくてもいい】。文字は不格好だし、半分焼けている。それでも、火が怖いドラゴンがいてもいいと、拠点側が覚えるには十分だった。
火の区画を整理するため、コヨリは床に爆風の輪を描いた。一マス、二マス、三マス。爆ぜ岩の破片がどこまで届いたか、油がどこから燃えたか、ログルと一緒に色を分ける。見えている危険を見落とさないための、地味な作業だ。
「こういうの、絵にすると分かるね」
「はい。勇者様は文字だけより図のほうが覚えやすいです」
「幼女だから?」
「ゲーマーだからです」
「そっちなら納得!」
図の端に、ピヨラの小さな足跡も描いた。火を怖がる足跡。逃げる方向を探す足跡。兵器としてまっすぐ立たされていた残影とは違う、生き物の足跡だ。コヨリはそれを見て、次は爆風跡を踏まないと決めた。決めた。決めたから、たぶん次は少しましだ。
その図を見たネムは、爆風の輪の外側に小さな受付印を押した。
「ここから外なら、たぶん死なない」
「たぶんって怖い」
「でも内側よりまし」
「ましで生きるの、いつものやつ!」
コヨリは爆風の輪をもう一マス広く描き直した。安全圏は広めに取る。神様の設計を信用しない。ピヨラが怖がっていいように、コヨリも爆風を怖がっていい。次に火の匂いがしたら、まず一歩下がる。火を消すのは、そのあとでいい。
【登場人物紹介】
コヨリ:火を止めるのではなく、怖がっていいという記録を戻そうとする。
ログル:命令札と残影の違いを読む相棒。足元警告は今回も正しい。
ピヨラの残影:本人ではなく、怖がる自由を奪われた小さな火の記録。
【今回の勇者ステータス】
死亡回数:744回 → 754回
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因学習 Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別警戒 Lv.5】【ミミック警戒 Lv.2】
【総合盤面確認 Lv.2】【帰還門感知 Lv.3】【ログ管理 Lv.2】【一フレームの神様 Lv.2】
【神様操作前兆 Lv.1】【滅亡前兆視認 Lv.1】【滅亡原因分類 Lv.2】【消えたシード保存 Lv.1】
【世界の死因学習 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【残影識別 Lv.1】【爆風跡確認 Lv.1】
【ローグライクあるあるネタ】
爆弾岩・誘爆床・見えている危険マスを踏む事故を、火を怖がれない残影の救出失敗へ変換。
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