歯のあるパンをパン扱いしてはいけません
食料庫ダンジョン突入です。
パンっぽいものが出ます。
歯があったら、それは敵です。
翌朝、わたしはパン屋の前で腕まくりをした。
「今日は、食料庫を調べる」
「勇者様、その前に朝食です」
「えらい。ログルが朝ごはんをすすめてくれる」
「満腹度が43まで落ちています」
「数字の都合だった!」
ミーナは、昨日の残りスープを温めてくれた。
飲む。
まだ少し土っぽい。
でも昨日より、ちゃんと食べ物の味がした。
「おいしい?」
ミーナに聞かれて、わたしは少し迷った。
「生きる味がする」
「大げさだねえ」
「この世界だと、けっこうそのままの意味!」
ミーナは笑い、わたしの前に古いパン切りナイフを置いた。
「食料庫に行くなら、これを持っていきな」
「いいの?」
「パンを切るものだけど、今はパンがないからね」
「悲しい理由で武器が来た!」
刃は短い。
戦うための短剣より弱そうだ。
でも、食材を切るにはちょうどいい。
【仮鑑定】
名称:【ミーナのパン切りナイフ】
分類:調理道具/短刃
戦闘性能:低
食材処理補正:微
縁反応:微弱
「縁反応?」
「まだ不明です」
「ログルが不明って言う時、だいたい後で大事なやつ」
「否定できません」
わたしはナイフを腰に差した。
今日の目的は、大きな敵を倒すことじゃない。
食べられるものを、見つけることだ。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
村の食料庫は、パン屋の裏手にある地下階段の先だった。
扉の前に立つと、冷たい空気が足元をなでた。
ログルが肩の上で耳を伏せる。
「勇者様。食料反応と魔物反応が混ざっています」
「また食材か敵か分からないやつ」
「さらに、満腹度吸収の反応もあります」
「お腹を空かせてくるダンジョン!?」
「今回のシードらしい性格です」
「性格が悪い!」
扉を開ける。
中は地下の貯蔵庫だった。
本来なら麦袋や干し肉や野菜の箱が並んでいるはずの場所。
でも、今は袋が破れ、木箱は空で、床には見慣れない蔓が這っていた。
一歩入ると、視界に薄いマス目が浮かぶ。
危険地帯。
一手一動。
床の蔓が、わたしの動きに合わせて少しだけ揺れた。
「ログル、蔓」
「踏むと満腹度を吸われる可能性があります」
「お腹の中身を吸う床、やだ!」
「左前方に安全そうなマスがあります」
「安全そう?」
「このシードで断言は危険です」
「ほんと信用できる床がない!」
わたしは左前に一歩。
蔓が揺れる。
奥の箱が、ごとりと動いた。
「箱が動いた」
「宝箱ではありません」
「じゃあ安心?」
「食料箱ミミックの可能性があります」
「ミミック警戒がパン屋でも活躍するの嫌すぎる!」
箱が、ぱかっと開いた。
中から出てきたのは、丸いパンのような魔物だった。
表面はこんがりしている。
口がある。
歯もある。
「パン!?」
「パン型魔物です」
「パン屋の敵!」
「食べる側か、食べられる側か、確認が必要です」
「確認方法が怖い!」
パン型魔物が一マス近づく。
わたしはパン切りナイフを抜いた。
でも、焼きたてみたいな匂いがした。
お腹が鳴る。
「ログル。ちょっとだけなら」
「やめてください」
「でも、パンだよ?」
「歯があります」
「外だけちょっと」
「勇者様」
わたしは、ほんの少しだけかじった。
パンが、噛み返した。
「パンが噛み返したああああああああああああああ!?」
痛い。
びっくりした。
なにより、パンに負けたという事実が心に痛い。
パン型魔物が一マス近づく。
わたしは下がろうとしたが、足元の蔓を踏んだ。
満腹度が吸われる。
足が止まる。
パンが跳ねる。
「歯のあるパンは敵! 今覚えた! 今覚えたから待ってえええええええええ!」
視界が、白く弾けた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
【死亡ログ】
死亡回数:21回目
死因:【歯のあるパンをパン扱いしてかじった】
評価:【歯がある時点で敵です】
新規獲得:【食べて識別 Lv.1】
白い拠点で、わたしは床に突っ伏していた。
「ログル」
「はい」
「パンに噛まれた」
「はい」
「パンって噛む側だっけ?」
「通常は噛まれる側です」
「だよねえええええ!」
リュシアが厨房から顔を出し、笑いをこらえながら果実水をくれた。
「ちび勇者ちゃん、パンに負けたの?」
「負けてない! 食べようとしたら反撃された!」
「それは負けたって言うのよ」
「リュシアさんまで!」
ログルは死因図鑑を開く。
【パン型魔物】
外皮:危険
中身:可食可能性あり
判定:【切り分け推奨】
禁止:【かじる】
「禁止がわたし専用!」
「はい」
「だから否定して!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
再挑戦では、かじらなかった。
パン型魔物が出てきた瞬間、わたしはナイフを構える。
「歯のあるパンは敵! でも中身は食べられるかもしれない!」
「正しいです」
「食べる前に切る!」
パン型魔物が近づく。
わたしは鍋のふたで噛みつきを受けた。
HPは削れない。
でも満腹度が2減る。
「噛まれてないのにお腹減った!」
「満腹度吸収攻撃です」
「パンなのに食べる側!」
わたしは一歩下がり、蔓のないマスへ移動した。
パン型魔物が追ってくる。
その進路に、昨日拾った眠り草の切れ端を置く。
置くのに1ターン。
パン型魔物が一歩。
次のターン、魔物が眠り草を踏む。
パンが、すやっと寝た。
「パンが寝た!」
「今です」
「ごめん、食料庫の平和のため!」
わたしはパン切りナイフで外皮をはがし、中身だけを切り分けた。
【食べて識別 Lv.1 発動】
少量確認:満腹度微回復
副作用:なし
味:悔しいがパンに近い
「悔しいがパンに近いって何!?」
「勇者様の感想を反映しました」
「ログに私情を入れないで!」
食料庫から戻ると、ミーナは目を丸くした。
「これ、食べられるのかい?」
「歯のあるパンの中身」
「説明が嫌だねえ」
「わたしも嫌!」
それでもミーナは、嫌な顔をせずに受け取った。
外皮を捨て、中身を薄く切り、スープに入れる。
村の子供が、店の入口からのぞいていた。
「勇者ちゃん、これ、パン?」
「パンっぽいもの」
「食べられる?」
「食べられるところだけ」
子供は真剣な顔でうなずいた。
ミーナが椀を渡す。
子供が一口飲む。
少しだけ、笑った。
その瞬間、胸の中がきゅっとなった。
魔王を倒したわけじゃない。
世界を救ったわけでもない。
ただ、空腹の子にスープを渡しただけ。
でも、これをなかったことにしたくないと思った。
【思い出ログ反応】
対象:ミーナ
内容:食べさせてくれた人
因子候補:【縁】
「ログル。今、何か見えた」
「はい。帰還因子に関係する可能性があります」
「帰るために、食べさせてもらった記憶が必要なの?」
「分かりません。ただ、勇者様が帰りたい場所を思う時、誰かとの縁は無視できないのだと思います」
「......そっか」
この世界はリセットされる。
この子も、ミーナも、次は違うかもしれない。
でも、今ここで湯気が上がっている。
そのことは、たぶん消しちゃいけない。
「ミーナおばちゃん」
「なんだい?」
「このスープ、名前つけてもいい?」
「勇者ちゃんの好きにしな」
「じゃあ、縁のスープ」
「大げさだねえ」
「うん。でも、忘れたくないから」
鍋の中で、まずいけど温かいスープが、ことこと鳴った。
【今回の死亡ログ】
死亡時レベル:Lv1
死亡時HP:0/15
死亡時満腹度:39/100
今回の死因:【歯のあるパンをパン扱いしてかじった】
評価:【歯がある時点で敵です】
新規獲得:【食べて識別 Lv.1】
【今回の勇者ステータス】
現在シード:シード012
次回開始:Lv1/HP15
死亡回数:21回
クラス:料理人候補
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済みスキル】
【恐怖耐性 Lv.1】
【危険察知 Lv.2】
【足元確認 Lv.2】
【未識別警戒 Lv.3】
【ミミック警戒 Lv.1】
【食材識別 Lv.2】
【非常食変換 Lv.1】
【満腹度節約 Lv.1】
【スープ回復 Lv.1】
【レシピ記録 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【食べて識別 Lv.1】
思い出ログ反応:【ミーナ】
帰還因子候補:【縁】初期反応
【登場人物紹介】
ミーナ:パンがなくても、誰かに食べさせることをやめないパン屋のおばちゃん。
コヨリ:歯のあるパンを一度かじって死に、二度目は切り分けた幼女勇者。
ログル:禁止事項をどんどん増やす解析神獣。
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