反省会には、あたたかいスープがいる
死亡ログの横に、厨房が生えました。
反省会には飯がいる。
酒神リュシア、登場です。
その夜、わたしはパン屋の床で寝ることになった。
ミーナが古い毛布を貸してくれた。
ログルはわたしの枕元で丸くなり、額の宝石を薄く光らせている。
「ログル、今日は死んだね」
「はい」
「おにぎりだったね」
「はい」
「そこは否定してほしかった」
「事実ですので」
「事実がつらい!」
逃げ芋で死に、爆裂キノコで死に、白い実でおにぎりになって死んだ。
食料不足シード。
敵がいないと思ったら、食材が全力で殺しに来る。
でも、村の子供がスープを飲んで笑った。
ミーナが、ありがとうと言った。
それだけで、胸の奥が少し温かかった。
「帰るための攻略なのにさ」
「はい」
「こういうの、覚えちゃうね」
「思い出ログに残す価値があります」
「ログにしなくても、わたしは覚えてるよ」
「......はい」
ログルは少しだけ目を伏せた。
次のシードになれば、ミーナはわたしを覚えていないかもしれない。
このスープも、今日のありがとうも、なかったことになるかもしれない。
でも、今はまだここにある。
そう思って目を閉じた瞬間、床が白く光った。
「えっ、なに!? 死んでないよ!?」
「拠点反応です。死亡ではなく、施設解放の転送です」
「寝入りばなに転送しないで! 心臓に悪い!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
次に目を開けると、わたしは拠点の白い部屋に立っていた。
椅子。
死因メモ。
死因図鑑室へ続く扉。
鑑定机。
成功ログ棚の仮札。
そこまでは前と同じだった。
でも、部屋の奥に見慣れない扉ができていた。
扉には、小さな鍋の絵が描かれている。
「ログル」
「はい」
「死因図鑑の横に鍋マーク」
「拠点施設の追加です」
「死んだ記録の横で料理するの、衛生的にどうなの!?」
扉が勝手に開いた。
中には、小さな厨房があった。
石のかまど。
幼女でも届く低い調理台。
まな板。
小鍋。
壁には、まだ何も書かれていないレシピ板。
白い拠点に、初めて生活の匂いがした。
「台所だ......」
「【拠点厨房】です。シード内で得たレシピ、持ち帰り登録済み素材、料理系スキルの整理に使えるようです」
「食材は?」
「死亡時ロストが基本です」
「異世界の台所、ケチ!」
「ダンジョンクリアや正式登録が必要です」
「食材にも保証書いるの!?」
その時、厨房の奥から陽気な声がした。
「生きて戻っても、死んで戻っても、まず一杯!」
現れたのは、褐色肌のきれいなお姉さんだった。
明るい笑顔に、派手な髪飾り。
手には木のカップを持っている。
「あたしは酒神リュシア。拠点酒場と反省会の担当よ」
「酒神」
「ちび勇者ちゃんには、もちろん酒じゃなくてスープね」
「よかった! そこちゃんとしてた!」
「未成年に酒を出す神様は、さすがに神様会議で怒られるわ」
「そこは神様会議、機能するんだ!」
リュシアは厨房の鍋を軽く叩いた。
「反省会には、あたたかい飯と飲み物がいるのよ。死亡ログだけ見てたら、心が冷えるでしょ」
「......うん」
「逃げ芋に負けても、鍋を爆発させても、おにぎりになっても、スープ飲みながら次を考えればいい」
「並べるとひどい!」
「でも、全部ちゃんと次に使える死に方じゃない」
リュシアは豪快に笑った。
その笑い方が、白い部屋に妙に似合った。
ログルの宝石が光る。
【拠点施設解放:拠点厨房】
【新規獲得:レシピ記録 Lv.1】
「ログル、これ本当にわたしの拠点?」
「はい。勇者様の記録に反応して成長しています」
「椅子だけだったのに」
「死因図鑑ができ、鑑定机ができ、今回は厨房です」
「家っぽくなってきた」
「帰るための拠点です」
「......うん。帰るための」
厨房の壁に、薄い線が浮かぶ。
顔ではない。
名前でもない。
小さな木の椀と、湯気の立つスープの絵だった。
【思い出ログ棚 仮連動】
記録候補:【ミーナのスープ】
「ログル。これ、ミーナおばちゃんのこと?」
「はい。強い記憶反応があります」
「でも、ミーナおばちゃんはここに来ないよね」
「現時点では、記録のみです」
「そっか」
ちょっとだけ、胸がきゅっとした。
リセットされる世界。
覚えているのは、わたしとログルと、この拠点だけ。
それなら、ここに残すしかない。
わたしは厨房の壁に、指で文字を書いた。
【食べてから帰る】
前に書いた【帰る】の横に、小さく足す。
リュシアが目を細めた。
「いいじゃない。腹が減ってちゃ、帰る道も歩けないもの」
「それ、ミーナおばちゃんも言ってた」
「いい女ね」
「パン屋さんだよ」
「食べさせる人は、だいたいいい女よ」
ログルが鍋のそばにちょこんと座った。
「勇者様。レシピ登録を行いますか」
「する」
「料理名は?」
「えっと......死なないスープ」
「もう少し前向きな名前にしませんか」
「じゃあ、生きるスープ」
「登録します」
【レシピ登録:生きるスープ 仮】
リュシアがカップを掲げた。
「ちび勇者ちゃんの初レシピに、乾杯!」
「中身は?」
「果実水」
「よし!」
カップを合わせると、こつん、と小さな音がした。
死因ログだらけだった拠点に、初めて反省会ではない音が響いた。
「ログル。次は、村の食料庫を調べよう」
「危険反応が出ています」
「知ってる。でも、食べ物がない理由、そこにありそう」
「今回は、生きて戻りましょう」
「うん。スープの続きを作るためにね」
【今回の勇者ステータス】
現在シード:シード012
現在レベル:Lv1
現在HP:15/15
死亡回数:20回
クラス:勇者
クラス適性:料理人適性 濃厚
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済みスキル】
【恐怖耐性 Lv.1】
【危険察知 Lv.2】
【足元確認 Lv.2】
【未識別警戒 Lv.3】
【食材識別 Lv.2】
【非常食変換 Lv.1】
【満腹度節約 Lv.1】
【スープ回復 Lv.1】
【加熱前確認 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
拠点施設解放:【拠点厨房】
新規獲得:【レシピ記録 Lv.1】
レシピ登録:【生きるスープ 仮】
思い出ログ:【ミーナのスープ】仮記録
【登場人物紹介】
酒神リュシア:拠点厨房と反省会の担当神。コヨリには果実水とスープを出す保護者枠。
コヨリ:拠点に台所ができて、ちょっと家っぽさを感じた幼女勇者。
ログル:成功ログが増えて少し嬉しい解析神獣。
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