墓標モンスターハウス
墓場にもモンスターハウスはある。
しかも、入口までこちらを噛みにくる。
墓標ログを一個だけ持ち帰った翌日、死因図鑑室の奥は少しだけ広がっていた。
黒い通路の先に、四角い部屋が見える。床には妙にきれいなアイテムが三つ、等間隔で置かれていた。白紙巻物、保存壺、金色の腕輪。どれも「拾ってください」と言わんばかりに輝いている。コヨリは入口の手前で、両手を後ろに組んだ。
「ログル。あれ、ぜんぶ罠だよね」
「かなり罠です」
「かなり、って何パーセント」
「勇者様の履歴込みで九十七パーセント」
「残り三パーセントに夢を見せるな」
部屋の空気は静かすぎた。敵がいない。罠も見えない。アイテムだけが落ちている。だからこそ、コヨリの中のローグライク脳が全力で警鐘を鳴らす。こういう部屋は、踏み込んだ瞬間に床から敵が生える。天井から降る。壁が開く。音楽が変わる。何度も見た。何度も死んだ。
ネムは入口横に立ち、死亡票へ先に【モンスターハウス系】と薄く書き込んでいた。
「まだ死んでない!」
「分類だけ」
「その事前準備が不吉なんだよ!」
「変更できるから安心して」
「安心の方向性が事務!」
ログルは床に鼻先を近づけ、宝石の光を薄く伸ばした。入口の一マスだけ、青と赤が重なっている。入室判定の境目だ。ここを越えれば、部屋として認識される。逆に、ここで判定をずらせば、墓標たちの起動を遅らせられるかもしれない。
「勇者様、白紙巻物を使うなら今です」
「部屋の外から?」
「はい。入口に書きます」
「よし。今回は中へ入ってから考えない。えらい」
「かなりえらいです」
「もっと褒めて」
「まだ死んでいません」
「褒め言葉の最低ライン!」
コヨリは白紙巻物を床へ置かず、片手で持ったまま文字を書いた。
【まだ入ってません】
貼りつける。世界が一手進む。部屋の奥で、アイテムの影がぐにゃりと伸びた。白紙巻物が舌を出し、保存壺の口が歯を生やす。金色の腕輪はころころ転がりながら、こちらの足首を狙っている。
「やっぱり全部敵じゃん!」
「はい。【欲張りミミック墓標】【保存壺荒らし】【遠投腕輪もどき】を確認」
「遠投腕輪もどき!? 装備したら大事なものを彼方へ投げるやつ!?」
「彼方どころか、消えたシード側へ飛びます」
「絶対つけない!」
ここで叫ぶと行動になる。コヨリは両頬をぷくっと膨らませ、声を押し込めた。墓場ではツッコミにまで料金がかかる。腹立たしい。だが、怒りを一手に変えるわけにはいかない。
ログルの宝石に、短い予測が浮かぶ。
【入口判定:未確定】
【敵起動:遅延中】
【安全手候補:小石投げ/右壁沿い後退/入口札の再固定】
「小石を投げたら?」
「一手です。遠投腕輪もどきが反応する可能性があります」
「後退したら?」
「入口が噛みます」
「入口が噛むって、文章としておかしいよね」
「現物を見ますか」
「見たくない!」
コヨリは巻物の端をもう一度押さえ、筆で小さく書き足した。
【ほんとうに未入室】
子どもの言い訳みたいな文面だが、墓標には効いた。部屋の奥で起き上がりかけた敵影が、ほんの少しだけ止まる。その隙に、コヨリは入口手前の青いマスへ体を寄せた。たった半歩の位置調整でも、一手は一手。部屋の中から、ずず、と石がこすれる音がした。
墓標が起きる。
【階段前の誘惑】が、階段の幻を出した。
【呼吸料徴収札】が、こちらの口元へ紙を伸ばす。
【保存壺荒らし】は、コヨリの腰の壺を見て舌なめずりした。
【見えてる罠踏ませ小鬼】だけは、すでに足元の赤いマスを指さして笑っている。
「ログル、小鬼が嫌な顔してる」
「勇者様をよく理解した敵です」
「理解しないで!」
コヨリは攻撃しなかった。倒すより先に、部屋そのものの起動条件をずらす。白紙巻物の残りを細く裂き、入口の右端と左端へ貼る。
【ここは廊下】
【ここも廊下】
詐欺みたいな文字だが、墓場の判定は一瞬だけ迷った。部屋の床に出たマス目が薄くなり、敵の移動順が乱れる。欲張りミミック墓標が、入口へ詰めるはずの一手で横へずれた。
「いま!」
「右壁沿い、二マス先に安全候補。ただし二マス移動はできません」
「一手一マス。分かってる!」
コヨリは一マスだけ右へ。世界が進み、入口の床が口を開けた。さっきまでコヨリがいた場所を、石の歯ががちんと噛む。遅れたら終わっていた。コヨリは喉の奥で悲鳴を潰す。声を出さない悲鳴、習得したくない技能である。
部屋の奥に、黒縁の記録片が見えた。そこには、誰かがモンスターハウスで使い忘れた巻物の名前が刻まれている。読めば保存できる。けれど、拾えば敵が寄る。読んでも一手、拾っても一手。悩む時間はターンを消費しないが、墓場の圧が思考を薄くしてくる。
「ログル。読むだけ」
「はい。持ち帰らず、名前だけ写してください」
「保存壺は?」
「見ない」
「金の腕輪は?」
「見ない」
「白紙巻物は?」
「もう使いました」
「わたし、えらい」
「かなりえらいです」
コヨリは記録片に目を細め、書かれた文字を自分の紙へ写した。
【大部屋の巻物を、読む前に囲まれた】
その一文が拠点側へ吸い込まれた瞬間、入口の口がもう一度開いた。しかも、今度は部屋側ではなく廊下側に歯が生えている。
「廊下って書いたせいで、廊下が入口になった!?」
「判定が勇者様の文章を採用しました」
「余計なところだけ素直!」
帰還巻物に手をかける。読むには一手。だが、足元の入口ミミックも同時に一手で噛む。コヨリは迷い、そして過去の自分を思い出した。入口は信用しない。部屋の外も安全ではない。なら、入口そのものを止める。
白紙巻物の最後の切れ端へ、コヨリは爪で文字を引っかいた。
【入口、待て】
貼る。世界が進む。石の歯が、一瞬だけ止まった。
「待った! 待ったよログル!」
「帰還巻物を」
「はい!」
コヨリは巻物を開いた。だが、勝利の直前ほど、墓場は意地悪だ。呼吸料徴収札が口元へ飛び、巻物の最初の一音を請求する。声が詰まる。読みそこねた。入口の歯が止め札を噛み破る。
【死亡ログ】
【死因:墓標モンスターハウスの入口に噛まれた】
【評価:入口もモンスターでした】
白い椅子で目を覚ましたコヨリは、膝を抱えてうなった。
「入口、ずるい」
「はい」
「部屋の敵より入口が強いの、設計としてだめ」
「苦情欄に書きます」
「赤字で!」
それでも、反省会テーブルには新しい札が増えていた。
【墓場入口停止 Lv.1】
【入口判定保留 Lv.2】
入口に噛まれた痛みより、その札のほうが少しだけ勝った。次に同じ部屋へ行ったら、たぶん一手だけ遅らせられる。攻略とは、その一手を増やす作業だ。コヨリは悔しそうに頬を膨らませ、札の横へ書いた。
【入口は床ではなく敵として見る】
「これ、名言?」
「かなり実用的です」
「名言よりうれしいやつ」
コヨリは入口ミミックの歯形を紙に写し、反省会テーブルへ貼った。歯の形は意外と整っていて、それがまた腹立たしい。
「入口のくせに歯並びがいい」
「観察点が独特です」
「次に会ったら、歯医者さんの予約票を貼る」
「それも行動判定になると思います」
「墓場、冗談にも厳しい!」
それでも、入口を敵として分類した効果は大きい。部屋へ入る前の一マスが、ただの床ではなくなった。コヨリは新しい地図の入口部分に、赤い口の絵を描いた。
【登場人物紹介】
コヨリ:光るアイテムに釣られそうになりながら、入口判定のズラし方を覚える。
ログル:部屋の起動条件を読む係。褒め方がだんだんコヨリ仕様になってきた。
ネム:死亡票の分類だけは早い。褒める準備も死亡受付も同じ顔で行う。
【今回の勇者ステータス】
死亡回数:708回 → 717回
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因学習 Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別警戒 Lv.5】【ミミック警戒 Lv.2】
【総合盤面確認 Lv.2】【帰還門感知 Lv.3】【ログ管理 Lv.2】【一フレームの神様 Lv.2】
【神様操作前兆 Lv.1】【滅亡前兆視認 Lv.1】【滅亡原因分類 Lv.2】【消えたシード保存 Lv.1】
【世界の死因学習 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【墓場入口停止 Lv.1】
更新:【入口判定保留 Lv.1】→【入口判定保留 Lv.2】
【ローグライクあるあるネタ】
モンスターハウス入室事故、入口待機、見えている罠を踏む事故を墓標化。
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