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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第22章 消えたシードの墓場――覚えているのは、わたしだけじゃない

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保存壺に入らなかった名前

割れた保存壺の底に、名前の砂が残っていた。

それはアイテムではなく、誰かがいた証拠だった。

 黒い通路の三つ目の区画は、最初から音がしていた。


 からん、ころん。壺の破片が、風もないのに転がる。床一面に割れた保存壺が散らばり、底に灰色の砂がたまっている。普通の砂ではない。粒の一つ一つが、小さな文字になりかけては崩れていた。


「ログル。これ、拾っていい?」

「おすすめしません。所有者が不明です」

「所有者不明の砂を拾うと?」

「名前の横取りになります」

「砂にまで所有権があるの、難しすぎない?」

「ベル様なら契約書を三枚増やします」


 そのベルは、今回ちゃんと来ていた。黒いスーツ風の魔族衣装に、いつもの眼鏡。墓場の湿った空気の中でも、書類だけはぴんとしている。


「勇者様。名前は、物品ではありません」

「分かってる。壺に詰めて持って帰るの禁止」

「はい。特に、この区画では、善意の保管が横領になります」

「善意で罪名つくの怖い」


 コヨリは保存壺を一つだけ持ってきていた。だが、腰の紐から外さない。壺は便利だ。便利すぎる。便利なものは、墓場ではだいたい罠になる。入れれば守れると思った瞬間、入れたものの名前が消えるかもしれない。


 壺の山の奥で、小さな残影が座っていた。顔はぼやけている。髪の色も、服の形も、見るたびに少しずつ違う。ただ、膝を抱えた姿勢だけは変わらない。


「女の子?」

「残影です。本人ではありません」

「分かってる」

「勇者様」

「分かってるってば」


 強めに返したあと、コヨリは唇をかんだ。分かっている、という言葉は、自分に向けて言っていた。残影を本人として抱きしめたら、記録が崩れる。名前のない子へ、勝手にミーナやアリアの名前を当てはめてもいけない。それは優しさではなく、別の誰かを上から貼る行為だ。


 ベルが一枚の紙を差し出す。


【仮保存票】

【本人名:不明】

【役割:未登録】

【消去:保留】


「名前を書けないのに、票にしていいの?」

「空欄であることを記録します」

「空欄を残す......」

「はい。空欄を埋めるより、空欄を奪わないことが必要な場合があります」


 難しい。けれど、分かる気がした。


 ログルの宝石が床に細い線を引く。灰色の砂は踏むと一手で散る。散った砂は近くの壺割り小僧に吸われ、別の墓標へ運ばれてしまう。つまり、名前がさらに迷子になる。


「初手は?」

「壺を直さないでください」

「直したらだめなの?」

「器だけ作ると、中身が勝手に入りたがります」

「怖い。空き容量みたいに人名を吸わないで」


 コヨリは壺の破片を避け、青いマスへ一歩進んだ。世界が動く。奥の壺割り小僧が、槌を引きずって一マス寄る。小鬼の顔には、職人みたいな誇りがあった。壺を割ることに生きがいを見出すな。いや、墓場だから生きてはいないのか。余計に嫌だ。


 次の一手で、コヨリは白銀の帰還ピンを床へ刺した。刺す場所は、残影の近くではなく、砂が流れ落ちる溝の手前。ピンに結んだ紙は、ベルの文面を少しだけコヨリ風にしてある。


【この砂は、まだ誰のものか分からない。だから持っていかない】


 灰色の砂が止まった。


 残影の子が顔を上げる。目は見えない。それでも、こちらを見た気配だけがあった。


「......名前、呼べない」

「呼べないことを、記録できました」

「ログル。これ、助けたって言える?」

「今は言えません。でも、消されにくくなりました」

「そっか。じゃあ、今はそれで我慢する」


 その時、壺割り小僧が槌を振った。狙いはコヨリではない。帰還ピンの紙だ。紙が破れれば、砂はまた流れる。攻撃すれば一手。避けても一手。残影に指示を出しても一手。コヨリはアイテム欄を頭の中で開き、持ってきた道具を数えた。


 小石袋改。白紙巻物の切れ端。眠り玉。保存壺。帰還巻物。


 保存壺は使わない。これは決めた。なら、眠り玉だ。


「ログル、投げた先」

「二マス先の壺割り小僧。外すと砂溝へ落ちます」

「外したら?」

「眠った名前砂が流れます」

「絶対外せないやつ!」


 コヨリは息を止め、眠り玉を投げた。玉は一マス、二マスと跳ね、小鬼の足元で割れる。白い煙が広がり、壺割り小僧が槌を抱えたまま動きを止めた。


「当たった!」

「はい。叫ばないでください」

「心の中で胴上げしてる!」


 だが、壺の破片は眠らない。コヨリが踏まなかった赤いマスの隣で、破片がくるりと回転し、床を滑る刃になった。墓場は一手の結果を、遅れて請求する。壺割り小僧を眠らせた瞬間、足元の破片が別の罠として起きたのだ。


 コヨリは帰還巻物へ手を伸ばす。読む前に、残影の子が小さく口を動かした。


 音はない。ただ、砂が一粒だけ浮かび、文字になりかける。


「ログル、あれ」

「見てはいけません。今はまだ読めません」

「でも、名前かも」

「読めません」

「......分かった」


 分かった。今度は、本当に分かった。コヨリはその一粒を見ず、帰還巻物を開いた。声を出そうとする。その直前、破片の刃が靴底をさらう。滑った体が半回転し、巻物が上下逆さまになる。


「文字が! 逆!」

「勇者様、読み直しは一手です」

「壺の破片んんんんんんん!」


【死亡ログ】

【死因:名前を守ったあと、壺の破片で滑った】

【評価:保存したいのは命も同じです】


 白い椅子に戻ったコヨリは、頭を抱えて丸まった。ベルは反省会テーブルに仮保存票を置き、ネムは死亡票へ【壺破片】を追加している。


「壺、便利なのに怖い」

「便利な道具ほど、扱いを間違えると被害が大きくなります」

「ログル、それ人生の教訓みたいに言わないで」

「墓場では特に事実です」


 仮保存票の空欄は、空欄のまま残っていた。そこが大事だった。コヨリは空欄を指でなぞり、小さく頷く。


「名前をつけるんじゃなくて、名前が戻る場所を作る」

「はい」

「それなら、わたしにもできるかも」


 新しいスキル札が、死因図鑑室の横へ差し込まれる。


【消えた名前を呼ぶ Lv.1】

【名前灰採取 Lv.1】


 コヨリは札を見て、すぐに補足を書き足した。


【勝手に名付けない】


「これ、大事」

「とても大事です」

「あと、壺の破片を踏まない」

「それも同じくらい大事です」

ベルは空欄の仮保存票を、透明な薄い板に挟んで棚へ入れた。名前がない紙は、風が吹くとすぐ飛びそうで、見ているだけで心細い。コヨリはその前に、勝手に花を置こうとして、手を止めた。


「花ならいい?」

「意味を決めすぎなければ」

「じゃあ、ただの目印」

「それなら許容範囲です」


 コヨリは白い小石を一つ、票の前に置いた。名前ではない。慰めでもない。ただ、ここに空欄があると分かるための石だ。名前が戻った時に、間違えず見つけられるように。


「空欄って、何もないわけじゃないんだね」

「はい。何かが失われた形です」

「じゃあ、形だけでも守る」

その夜、コヨリは空欄の票を何度も見に行った。名前がない紙を見るだけなのに、なぜか落ち着かない。空欄は「何も書くな」と言っているようにも、「忘れないで」と言っているようにも見える。


「ログル。名前が戻る時って、どう分かるの」

「音が戻るか、文字の輪郭が出ます」

「じゃあ、聞こえるようにしておかないと」

「はい。だから棚の前を騒がしくしすぎないでください」

「わたし、騒がしい扱い?」

「かなり」

「否定がない!」


 コヨリは空欄票の前に小さな鐘を置いた。鳴らさない鐘だ。名前が戻った時だけ鳴るように、ログルが弱い記録属性を通してくれた。便利な罠ではない。静かな約束みたいな道具だった。

【登場人物紹介】

コヨリ:名前を助けたいが、勝手に呼んではいけないと学ぶ。

ログル:保存と横取りの境目を冷静に止める相棒。

ベル:契約と存在証明の違いを整理する有能秘書。神様より事務が強い。


【今回の勇者ステータス】

死亡回数:717回 → 726回

クラス:帰還者候補/死因学者系統

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション


【獲得済み主要スキル】

【死因学習 Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別警戒 Lv.5】【ミミック警戒 Lv.2】

【総合盤面確認 Lv.2】【帰還門感知 Lv.3】【ログ管理 Lv.2】【一フレームの神様 Lv.2】

【神様操作前兆 Lv.1】【滅亡前兆視認 Lv.1】【滅亡原因分類 Lv.2】【消えたシード保存 Lv.1】

【世界の死因学習 Lv.1】


【今回の新規獲得・更新】

新規獲得:【消えた名前を呼ぶ Lv.1】【名前灰採取 Lv.1】


【ローグライクあるあるネタ】

保存壺に入れる前に死ぬ事故、壺割り事故、所有者不明アイテム問題を名前の保存失敗へ変換。


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