七百回目、拠点が世界に近づく
滅亡シード群、第一次検証完了。
死亡回数は七百回へ。
持ち帰ったのは、死因だけではありません。
七百回目の直前、コヨリは黒い欠片を抱えて走っていた。
欠片は石のように硬いのに、抱えると布みたいに形を変えた。熱い部分と冷たい部分があり、耳を近づけると、いくつもの小さな音が重なって聞こえる。焼けなかったパンをこねる音。水車が止まる音。値札が床へ貼りつく音。誰かが名前を呼ぼうとして、途中で白いログに消される音。
背後では帰還門が空を吸い、横では倍速ヤマネコが値札を踏み倒しながら追ってくる。足元には罠が光り、手の中の保存壺は記憶を吸おうと震えていた。どれも今まで見てきた滅亡の残り香だ。
「ログル、あと何回で七百?」
「現在、六百九十九回目です」
「言わないでほしかったような、言ってほしかったような!」
黒い欠片には、いくつもの記録が混ざっていた。焼けなかったパンの粉。仮魔王札の灰。帰還門に吸われた屋根の欠片。保存壺からこぼれた記憶の粉。見えている罠の赤い印。小さな足跡。
「重い」
「物理重量以上に、記録密度が高いです」
「密度って言うな。神様みたいになる」
「失礼しました」
コヨリの腕は震えていた。レベルは毎回リセットされる。HPも、筋力も、シード内で手に入れた装備も、死ねばほとんど残らない。だから、こんな重いものを抱えて走る体は、いつものLv1でHP15の幼女勇者のままだ。強くなったから持てるのではない。何度も落とし、何度も潰され、何度も持ち帰りに失敗したから、どこを抱えれば少しだけ崩れにくいかを知っているだけだった。
「ログル、わたし、強くなった?」
「ステータス上は、開始時と大きく変わりません」
「うん。知ってる」
「ですが、持ち方は上手くなりました。逃げ道を見る目も、残すものを選ぶ判断も、かなり」
「そこだけでいい。今は、それで走る」
背後で帰還門が唸った。空が布のように引きつり、滅亡シードの地面に白い亀裂が走る。
最後の一手で、コヨリは白銀の帰還ピンを拠点側へ投げた。投げた瞬間、滅亡前兆の白い亀裂が視界いっぱいに広がる。敵の動きではない。罠の発動でもない。シードそのものが、もう耐えられない方向へ倒れる、その一瞬。
「見えた」
「勇者様、見すぎると危険です」
「でも、ここで見ないと、何が消えるのか分かんない!」
ピンが拠点の床へ届く。欠片が光へ包まれる。だが、帰還門の吸引がコヨリの体を引いた。ログルが叫ぶ。
「勇者様、手を離してください!」
「やだ! これは持って帰る!」
「あなたが消えます!」
「わたしは何回も消えてる! でも、これは初めて残せそうなの!」
コヨリは欠片を抱え込む。次の瞬間、世界が裏返った。
【死亡ログ:700回目】
【死因:滅亡シードの残影を抱えたまま、世界の崩落に巻き込まれた】
【評価:七百回目】
【補足:持ち帰り成功】
白い拠点に戻った時、床がいつもより広く見えた。
死因図鑑室の壁が、勝手に奥へ伸びていく。白紙ログ棚の横に、黒い棚が生えた。思い出ログ棚では、小さな光がいくつも灯り、消えたシードの断片が、蛍のようにゆっくり浮かんでいる。
【勇者死亡回数:700回到達】
【滅亡シード群:第一次検証完了】
【リセット外拠点:世界種化進行】
【消えたシードの残影:保存開始】
【新施設候補:滅亡シード棚】
白い床の端から、土の匂いがした。拠点は本来、真っ白で、どこまでも無機質な空間だったはずだ。それなのに今は、棚の奥から乾いた風が吹き、死因図鑑室の壁には黒い木目のような模様が浮かんでいる。思い出ログ棚に灯った光は、ただの記録ではなく、小さな窓みたいだった。覗けば、もう消えたはずの村の朝や、誰にも呼ばれなかった名前や、焼ける前に戻されたパンの白い生地が、ほんの一瞬だけ見える。
ネムは受付票を抱えたまま、ぽつりと言った。
「死後拠点というより、少し、世界に近づいていますね」
「怖い言い方しないで」
「怖いですが、悪い変化だけではありません」
「ネムさんが悪くないって言うなら、ちょっとだけ信じる」
コヨリは床にへたり込んだまま、天井を見た。
「待って。七百回でこれ? わたし、あと三百回も死ぬの? 神様、死亡回数の単位を軽く扱いすぎじゃない!?」
白い窓が開く。アドミニスは、少し疲れた顔をしていた。笑ってはいる。けれど、その笑顔は、管理画面で見た時よりも薄い。
「七百回。ここまで来た勇者は、ほとんどいなかった」
「ほとんど、って言った?」
「うん」
「他にもいたの?」
「いたよ。壊れた子も、帰れなかった子も、途中で役割になった子も」
白い窓の奥で、いくつかの影が揺れた。はっきりした姿ではない。剣を持った小さな影、杖を抱えた影、誰かをかばうように腕を広げた影。名前は出ない。顔も分からない。ただ、その影たちが一度はここまで近づき、どこかで止まったのだと、コヨリには分かってしまった。
「その子たち、覚えてるの」
「ログとしては」
「ログとしてじゃなくて」
「......それが、僕には難しかった」
アドミニスの声が、初めて少しだけ軽さを失った。コヨリは拳を握る。怒っている。すごく怒っている。けれど、目の前の神様が何も感じていなかったわけではないことも、ほんの少しだけ分かってしまう。それがまた、腹立たしかった。
「難しかったなら、誰かに聞いてよ。ログじゃない覚え方、ネムさんだって、ログルだって、リュシアさんだって知ってる。神様が一人でできないなら、一人でやったらだめなんだよ」
拠点が静かになった。ネムは受付票をめくる手を止め、ゼルドは眉間にしわを寄せ、ベルは何も書かない契約書を閉じた。ログルだけが、コヨリの横へそっと寄る。
コヨリは立ち上がった。膝は震えていたが、声は思ったより出た。
「じゃあ、わたしがその子たちの分まで神様を叱る」
「叱る?」
「そう。殴るより長いし、逃げにくいから。世界を救いたかったのは本当かもしれない。でも、言わずに死なせて、壊れたら次、帰れなかったら次ってやったなら、それはちゃんと怒られることだよ」
アドミニスは答えなかった。今回は、笑ってごまかす言葉も出てこない。
ログルが小さく言う。
「勇者様らしい攻撃です」
「でしょ。神様、正座させる」
「神様が正座するかは不明です」
「じゃあ正座ボタンを作る」
その時、死因図鑑室の奥に黒い通路が開いた。通路の両側には、墓標のようなログが並んでいる。
【墓標:階段前で宝箱を見た】
【墓標:保存壺に入れる前に死んだ】
【墓標:魔王役にされた】
【墓標:帰還門に世界ごと吸われた】
【墓標:誰も死なず、誰も変われなかった】
「墓場って、名前がもう重い!」
「はい。ですが、勇者様が持ち帰ったものがなければ、開かなかった領域です」
「わたし、また変な扉を開けた?」
「かなり重要な扉です」
「重要な扉って、だいたい噛むんだよなあ......」
通路の奥から、誰かの足音が聞こえた。生きている足音ではない。消えた世界が、まだ覚えてほしくて立てる音だった。
コヨリはログルを抱え直し、黒い通路をにらむ。
「行くよ。消えたシードの墓場」
「はい。ぼくも行きます」
「置いていかないからね」
「知っています」
その返事が、少しだけ誇らしそうだった。
【登場人物紹介】
コヨリ:七百回目の死亡で滅亡シードの残影を持ち帰った幼女勇者。神様を叱ると決めた。
ログル:滅亡前兆視認の負荷を心配しつつ、コヨリの隣にいることを選ぶ相棒。
アドミニス:過去の勇者たちの存在を口にした主神。笑顔の奥に疲れが見え始めた。
ネム:七百回目の死亡受付を静かに処理した死神。
ゼルドとベル:神様側の過去を聞き、言葉を失った共同攻略者たち。
【今回の勇者ステータス】
現在領域:【滅亡シード群】
領域状態:神域固定ダンジョン/破棄シード検証領域
死亡回数:700回
クラス:帰還者
一時役割:滅亡シード検証者
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因学習 Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別警戒 Lv.5】【ミミック警戒 Lv.2】【総合盤面確認 Lv.2】【帰還門感知 Lv.3】【ログ管理 Lv.2】【一フレームの神様 Lv.2】
※表示は主要スキルのみです。下位・派生・細かな死因スキルは統合済み、または内部保持されています。
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【滅亡原因分類 Lv.2】【消えたシード保存 Lv.1】【世界の死因学習 Lv.1】【七百回でも怒れる Lv.1】
派生獲得:【滅亡前兆視認 Lv.1】
※【一フレームの神様 Lv.2】は継続。直接Lv3にはせず、シードそのものが滅びへ傾く一瞬を見る派生として扱います。
【ローグライクあるあるネタ】
複数シードで集めた死因と残影を拠点へ持ち帰る総決算回です。死に覚えの結果が、ただのスキルではなく拠点の世界種化へつながります。
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