魔法が全部強すぎるシード
弱い魔法が強くなれば楽勝。
そう思った時期が、コヨリにも一秒だけありました。
一秒後、村ごと滑ります。
杖を握った瞬間、空気が震えた。
魔力が濃い。濃すぎる。コヨリの指先で、小さな【ころころ火球】が生まれただけなのに、火の玉はすでにリンゴほどの大きさになっていた。
「ログル。これ、いつもの火球?」
「名称は同じです。威力係数が十倍です」
「名前が同じで威力だけ十倍、詐欺では?」
試しに火球を空き地へ転がす。火球はころころ、というかわいい音を一瞬だけ立て、次の瞬間には道を一周して戻ってきた。後ろには焦げた草と逃げ惑う鶏、そして火を追いかける爆ぜ岩がいる。
【死亡ログ:631回目】
【死因:ころころ火球が町を一周して戻ってきた】
【評価:威力より範囲確認】
二回目、コヨリは【部屋鳴り雷】を唱えようとして、詠唱の途中で手を止めた。ログルの宝石に浮かんだ範囲表示が、おかしかったからだ。普通なら部屋の四隅で止まるはずの赤い線が、家の壁を抜け、井戸を越え、村の外れの鶏小屋まで届いている。
「ログル、部屋ってどこまで?」
「このシードでは、村全体が一つの部屋として認識されています」
「村全体に雷!? それもう天罰じゃん!」
「神様側の威力調整では、かなり天罰寄りです」
「撃たない! わたし、まだ天罰係じゃない!」
背後で、ルーメに似た記録影が堂々と杖を掲げていた。
「すごい魔法を思い出しました。詠唱は完璧です」
「効果は!?」
「忘れました」
「撃つなあああああああああああ!」
コヨリが止めるより早く、記録影の杖先から小さな光がこぼれた。次の瞬間、花壇の花が巨大化し、井戸のつるべが空へ伸び、鶏がなぜか勇者っぽいポーズで光り始める。
【死亡ログ:633回目】
【死因:効果不明の強化魔法で、鶏に突撃された】
【評価:詠唱が完璧でも効果確認】
二回目、雷を撃たない判断をした。偉い。かわりに【霜ふり床】で敵の足を止めようとする。床はきらきら凍り、敵も止まった。村人も止まった。ベルの契約書も滑った。コヨリも滑った。
「村ごとスケートリンク!」
【死亡ログ:635回目】
【死因:霜ふり床で村ごと滑った】
【評価:味方と生活導線も範囲内】
リュシアが、凍った井戸の横で腕を組む。
「ちび勇者ちゃん、強すぎる魔法は料理にも向かないわよ。火が強ければ肉が早く焼ける、なんて考える子は台所から追い出されるの」
「魔法の授業が料理教室になった!」
「火加減を知らない勇者は、だいたい焦がすのよ」
リュシアは焦げた草をつまみ上げ、指先でぱらぱらと崩した。
「火ってね、強ければ偉いわけじゃないの。弱火で待つ料理もあるし、余熱で仕上げる料理もある。魔法も同じよ。ちび勇者ちゃんが今覚えるべきなのは、敵を焼く火じゃなくて、焼かないための火加減」
「酒神なのに、めちゃくちゃ先生」
「あたしは酒場の神様よ。酒場ってのは、火と水と腹具合を間違えるとすぐ事故るの」
「この世界、料理も魔法もローグライクすぎる」
コヨリは杖を握り直した。撃ちたい。敵が目の前にいるなら、魔法でどかしたい。でも、ここで撃てば敵だけでなく、村人の鍋も、井戸も、花壇も、たぶんログルの毛も巻き込む。
「撃たない魔法って、勇者っぽくないね」
「しかし、生存率は上がります」
「じゃあ勇者っぽさより生存率。わたし、もうそれでいい」
コヨリは杖の先を地面へ向けた。火も雷も出さない。ただ、魔力を細い糸にして床へ流す。すると、見えないはずの威力調整線が、白い根っこのように浮き上がった。家の竈、井戸の水くみ、花壇の成長魔法、全部が同じ線で十倍へ引っ張られている。
「生活魔法まで、戦闘用にされてる」
「はい。強化対象の選別がありません」
「神様、便利を強くしたら便利になると思ってる。違うよ。包丁を十倍大きくしたら料理しにくいんだよ」
「リュシア様が喜びそうな例えです」
「あとで言う。きっと酒場で説教してくれる」
コヨリは線を切らず、写した。壊すにはまだ早い。何がどう強くされているのか、持ち帰らなければまた同じ事故になる。
十四回目、コヨリは魔法を撃つのをやめた。魔力を指先に集め、地面へほんの少しだけ流す。敵を倒すためではなく、床に隠れた白い威力調整線を浮かび上がらせるために。
「撃たない魔法」
「はい。出力を攻撃ではなく観測へ回しています」
「地味だけど、村が燃えない。えらい」
白い線が見えた。神様側の調整が、すべての生活魔法まで戦闘用へ引き上げている。水を出す魔法は洪水になり、火をつける魔法は火事になる。便利を強くした結果、生活が壊れていた。
コヨリは線を封筒へ写した。持ち帰ろうとした瞬間、背後で小さな回復魔法が暴走する。庭の花が一気に成長し、コヨリをつるで巻いた。
【死亡ログ:644回目】
【死因:回復魔法が強すぎて花に捕まった】
【評価:回復も範囲確認】
拠点で、コヨリは黒板に書く。
【強い=えらい、ではない】
「これ、神様に百回読ませたい」
「一回で理解していただきたいです」
「神様に期待しすぎ!」
【登場人物紹介】
コヨリ:魔法が全部強すぎる世界で、撃たない魔法を覚えた幼女勇者。
ログル:威力係数と調整線を解析した相棒。
リュシア:火加減の大事さを料理目線で教えた酒神。
【今回の勇者ステータス】
現在領域:【滅亡シード群】
領域状態:神域固定ダンジョン/破棄シード検証領域
死亡回数:644回
クラス:帰還者
一時役割:滅亡シード検証者
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因学習 Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別警戒 Lv.5】【ミミック警戒 Lv.2】【総合盤面確認 Lv.2】【帰還門感知 Lv.3】【ログ管理 Lv.2】【一フレームの神様 Lv.2】
※表示は主要スキルのみです。下位・派生・細かな死因スキルは統合済み、または内部保持されています。
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【強すぎる魔法警戒 Lv.1】【撃たない魔法判断 Lv.1】【威力より範囲確認 Lv.1】
【ローグライクあるあるネタ】
強アイテムや強魔法を雑に使って味方や地形ごと壊す事故です。威力より範囲、攻撃より観測という方向へ変換しました。
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