ショップしかないシード
床にも階段にも空気にも値札。
息をしたら呼吸料未払い。
ベル、法務担当として本気で怒ります。
町に入った瞬間、コヨリは口を押さえた。
道端の石には【3G】、井戸の水には【一口50G】、遠くに見える階段には【踏み降り料金・時価】と書かれている。空中には薄い札が浮かび、そこには【呼吸料】という信じたくない文字が揺れていた。
「ログル、息したら盗み?」
「呼吸料未払いの可能性があります」
「息止める!」
「勇者様、それは法務以前に身体が負けます」
ベルが眼鏡を押し上げた。いつも冷静な秘書の眉が、少しだけ低い。
「これは契約ではありません。生活に値札を貼り、拒否できない状態で支払い義務を発生させています。魔王軍法務でも、ここまで雑な徴収は却下です」
「ベルさんが怒ってる。これはだいぶ悪い」
ゼルドは階段の値札を見て、深く眉間にしわを寄せた。
「魔王軍でも、呼吸に料金は取らぬ」
「魔王軍の倫理ラインが、神様側より上!」
「当然だ。部下が息をするたびに請求していたら、会議が始まる前に全員倒れる。そもそも、拒否不能な生活行為を課金対象にするなど、支配ですらない。雑な嫌がらせだ」
「魔王さんがまともなこと言ってる時、ほんと神様の株が下がる」
「余の株で神の損失を補填するな」
コヨリは試しに息を止めた。十秒もしないうちに頬が赤くなり、ログルが前足でコヨリの手を軽く叩く。
「勇者様、呼吸を再開してください」
「でも未払い」
「死亡すると、呼吸料以前の問題です」
「命って、法務より強い」
「はい。かなり強いです」
ベルは札の一枚をつまみ上げた。薄い紙なのに、指先で曲げると金属のような音がする。
「値札に見せていますが、これは契約書ではありません。契約には説明、同意、解除条件、対価の妥当性が必要です。このシードにあるのは、値段の形をした命令だけです」
「ベルさん、長くしゃべると怖い」
「怒っておりますので」
一回目、コヨリは階段へ向かった。踏んだ瞬間、足元から会計ゴーレムが生えた。
【階段利用料:未払い】
「階段、商品だった!」
【死亡ログ:589回目】
【死因:階段を踏んだら購入扱いになった】
【評価:床と階段の値札確認】
二回目、コヨリは値札のない床だけを選んで歩いた。三歩目で床が裏返り、裏面に【隠し価格】が表示される。
「裏面商法!」
【死亡ログ:592回目】
【死因:商品ではないと思った床が裏面商品だった】
【評価:床の裏まで見るのは困難】
ネムの受付で、コヨリはぐったりと椅子に沈んだ。カウンターの上には【金欠死】、【未払い死】、【裏面価格死】という三つの札が並んでいる。
「ネムさん、金欠で死ぬ勇者ってどう思う?」
「珍しくはありません」
「珍しくないんだ!?」
「装備更新、宿代、識別代、回復代。冒険者は常に金欠です」
「そこだけ現実的にしないで!」
「ただ、呼吸料未払いは初めて見ました」
「初めてを取りたくなかった!」
ネムは眠そうな目で、呼吸料の控えをめくった。
「この請求、死亡後にも継続しています」
「死んでも息してないのに!?」
「死亡処理中のため、呼吸停止扱いがまだ確定していないようです」
「請求だけターン制無視するなあああああ!」
その後、場所替えで店外扱いになり、呼吸料未払いで番犬会計ゴーレムに追われ、財布を守ろうとして財布ミミックに噛まれた。ネムの受付では、死因票に【金欠死】という新しい分類ができる。
「わたし、お金で死ぬタイプの勇者だった?」
「今回は世界側の課金設定が悪質です」
「世界側の課金設定! 言葉がもう最悪!」
ベルは地面へ契約書を広げた。風で飛ばないよう、ゼルドが魔王印で端を押さえる。契約書の文字は床の値札へゆっくり伸び、【呼吸料】の札を囲んだ。
「生活に必要な行為へ、事前同意なく対価を設定することは無効です。勇者様、三歩だけ無料にします。その間に、あの中央会計石を取ってください」
「三歩! 幼女の歩幅で三歩!」
「文句は後で受け付けます」
ベルは契約書の端を指で叩いた。
「一歩目は無料通行権。二歩目は請求猶予。三歩目は異議申立て処理中です。四歩目からは、まだ争えません」
「四歩目から死ぬの!?」
「かなり可能性があります」
「法務の安全地帯、短い!」
ゼルドが魔王印をもう一つ押した。
「余の保証を追加する。これで半歩くらい伸びぬか」
「半歩!? 魔王印の効果が半歩!?」
「神様側の課金設定が強すぎます」
「魔王の威厳を値引き交渉に使うな!」
コヨリは三歩半ぶんの距離を見た。幼女の足では微妙に届かない。だから、最後の半歩は小石を投げるしかない。
コヨリは走らなかった。一歩目で小石を投げ、二歩目で会計ゴーレムの向きを変え、三歩目で中央の石へ白銀の帰還ピンを刺す。
【生活課金設定:保留】
「保留じゃなくて返金して!」
石は割れたが、同時に大量の値札が雪崩のように降ってくる。
【死亡ログ:602回目】
【死因:呼吸料不服申し立て中、値札雪崩に埋もれた】
【評価:法務勝利と物理安全は別】
拠点へ戻ったコヨリは、値札の欠片をベルに渡した。ベルはそれを見て、にっこり笑う。怖い笑顔だった。
「勇者様、このシードの記録は私が預かります。神様側へ、かなり丁寧な抗議文を作ります」
「丁寧な抗議文って、ベルさんが言うと攻撃魔法みたい」
【登場人物紹介】
コヨリ:ショップしかない世界で、呼吸料未払いまで経験した幼女勇者。
ログル:課金床と階段利用料を解析しながら、息止めを止めた相棒。
ベル:生活に値札を貼るシードへ法務で本気の怒りを見せた秘書。
ゼルド:魔王印で契約書を押さえる、地味だが重要な役目を果たした魔王。
【今回の勇者ステータス】
現在領域:【滅亡シード群】
領域状態:神域固定ダンジョン/破棄シード検証領域
死亡回数:602回
クラス:帰還者
一時役割:滅亡シード検証者
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因学習 Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別警戒 Lv.5】【ミミック警戒 Lv.2】【総合盤面確認 Lv.2】【帰還門感知 Lv.3】【ログ管理 Lv.2】【一フレームの神様 Lv.2】
※表示は主要スキルのみです。下位・派生・細かな死因スキルは統合済み、または内部保持されています。
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【床の値札確認 Lv.1】【呼吸料不服申し立て Lv.1】【店しかない時はベルを見る Lv.1】
【ローグライクあるあるネタ】
ダンジョンショップの盗み判定・商品境界事故を、世界全体が店になったシードへ変換しました。床や階段まで商品扱いだと、歩くだけで事故ります。
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