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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第21章 滅亡シード千本ノック――世界の死に方を識別する

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誰も死なないシード

死なない世界は、理想郷に見えた。

でも、失敗が残らない世界では、誰も変われない。

コヨリ、珍しく少し黙ります。


 この町では、壊れた花瓶がすぐに戻った。

 転んだ子供の膝から血が出る前に、白い光が傷を消す。喧嘩していた大人たちは、次の瞬間には同じ言葉でまた言い争っていた。朝の鐘が鳴るたび、焼きかけのパンは焼く前に戻り、こぼれた水は桶へ戻り、誰も昨日の失敗を覚えていない。


「ログル。ここ、死なないの?」

「はい。このシードでは死亡ログが発生しません」

「じゃあ......いい世界なの?」


 その問いを口にした瞬間、コヨリは少しだけ恥ずかしくなった。死なない世界を、いい世界かもしれないと思ってしまったからだ。もう何百回も死んでいる。宝箱に噛まれ、罠に落ち、帰還ピンに額を打たれ、神様の仕様に押し潰されてきた。痛くないなら、怖くないなら、もしかしたらここにいた方が楽なのではないか。そんな考えが、ほんの一瞬だけ胸の奥をかすめた。


 広場では、さっき転んだ子供がまた同じ石につまずいた。膝に血がにじむ前に白い光が走り、子供は痛みを忘れた顔で立ち上がる。けれど三歩進むと、同じ石につまずいて、また同じように転ぶ。


 パン屋の窓からは、焼ける前の生地の匂いが何度も流れてきた。窯へ入れられたパンは、焼き色がつく寸前に白い光で戻される。おばちゃんは同じ量の粉を量り、同じところで首をかしげ、同じ失敗を繰り返していた。


「痛くないのに、ずっと痛そう」

 コヨリは小さく言った。

「はい」

「死なないのに、ぜんぜん生きてる感じがしない」


 言ったあとで、コヨリは自分の声が小さくなったことに気づいた。死なない。痛くない。失わない。帰りたいコヨリには、少しだけまぶしく見えた。


 けれど、広場の端で同じ子供が同じ場所に転び、同じ大人が同じ言葉で怒鳴り、パン屋の記録影は毎朝同じ粉の量を間違える。誰も死なない代わりに、誰も一ミリも進んでいなかった。


「失敗は、どこへ行くの」

「どこにも残りません。痛みも、反省も、学習も、朝ごとに戻ります」


 コヨリは拳を握った。

「死なないだけじゃ、救いじゃないんだ」


 その言葉に、町が反応した。白い光がコヨリを異物と判断し、空気が少し硬くなる。次の鐘が鳴る前に、コヨリの足元だけが黒く沈んだ。


【死亡ログ:575回目】

【死因:死なない世界に死亡ログを持ち込んだ】

【評価:記録は異物扱い】


 戻っても、町は同じ朝だった。コヨリだけが前の転倒を覚えている。二回目、子供を転ばないように抱き上げた。すると町は子供を元の場所へ戻し、コヨリを広場の外へはじき飛ばす。


【死亡ログ:579回目】

【死因:同じ失敗を止めようとして、同じ場所へ戻された】

【評価:変化拒否】


 何度やっても、町は戻る。花瓶を守れば水がこぼれ、パンを手伝えば粉が戻り、喧嘩を止めれば言葉が最初から始まった。コヨリはだんだん怒るより先に疲れ、最後には鐘の音を聞くだけで肩がびくっと跳ねるようになった。


 ログルは、いつもより近くに寄った。


「勇者様。ここは、死なないように調整された結果、選択の記録が消えています。死がないのではなく、変化が許可されていません」

「死亡ログ、嫌いだけどさ。死んだって残るから、次に進める時もあるんだね」

「はい。ぼくは、勇者様が死ぬ前提で話したくありません。ですが、あなたの失敗が残っていることは、あなたが変われた理由でもあります」



 ログルはそこで言葉を切った。いつものように即座に解析結果を続けない。コヨリが町を見ている間、黙って隣に座る。彼の額の宝石には死亡ログの一覧が薄く浮かんでいた。宝箱、黒狼、階段、壺、帰還門。数だけ見ればひどい記録だ。けれど、その一つ一つが、次に同じ失敗をしないための小さな印でもあった。


「ログル」

「はい」

「わたし、死ぬのは嫌だよ。慣れたみたいに言ってる時あるけど、本当は全然嫌」

「知っています」

「でも、死んだことまでなかったことにされるのも、嫌だ。怖かったのに、痛かったのに、次に気をつけようって思ったのに、それが全部白く戻るの、なんか......すごく失礼」

「失敗に対して、ですか」

「うん。失敗したわたしに対しても、失敗して変わるかもしれなかった人たちに対しても」


 ログルはゆっくりうなずいた。


「では、ここから持ち帰るものは、死亡ログではありません」

「うん。死因じゃない。転ばないための場所」


 コヨリはしばらく黙り、広場の石畳へ白銀の帰還ピンを立てた。ピンは町を変えない。ただ、朝が戻る直前の一瞬に、子供が転ぶ前の足跡だけを写し取る。


「全部は救えない。でも、同じ場所で転ぶって分かったことは、持って帰れる」



 コヨリは子供の足元を見た。石畳の欠けた場所に、靴の先が毎回引っかかっている。町は傷を戻すのに、その石の欠け方は直さない。痛みだけを消して、原因を残している。だから子供はまた転ぶ。


「ここ、優しいふりして、めちゃくちゃ雑」

「はい。痛みの消去と問題の解決を混同しています」

「神様の自動修正と似てる。痛くなくなったから直った、じゃないんだ」


 コヨリは白銀の帰還ピンを、石畳の欠けた場所の横へそっと立てた。ピンは光らない。ただ、足跡の影だけを薄く写す。死因ログほど派手ではなく、スキル獲得の音もしない。それでも、今のコヨリには必要な記録だった。


 鐘が鳴る。町が白く戻る。けれど今度は、コヨリの手に小さな足跡の欠片が残った。


【死亡ログ:588回目】

【死因:変わらない朝から足跡を持ち帰ろうとして押し戻された】

【評価:記録は変化の種】


 拠点で、コヨリは足跡の欠片を棚へ置いた。死因図鑑室ではなく、思い出ログ棚の方へ。


「これは死因じゃない」

「では、何ですか」

「失敗の場所。次に転ばないための印」


 ログルは静かにうなずいた。

【登場人物紹介】

コヨリ:死なないけれど変われない世界で、死亡ログの意味を少しだけ見直した幼女勇者。

ログル:死ぬ前提を嫌がりつつ、失敗が残ることの意味を言葉にした相棒。

変わらない町:誰も死なないが、誰も昨日と違う選択を残せない滅亡シード。


【今回の勇者ステータス】

現在領域:【滅亡シード群】

領域状態:神域固定ダンジョン/破棄シード検証領域

死亡回数:588回

クラス:帰還者

一時役割:滅亡シード検証者

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション


【獲得済み主要スキル】

【死因学習 Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別警戒 Lv.5】【ミミック警戒 Lv.2】【総合盤面確認 Lv.2】【帰還門感知 Lv.3】【ログ管理 Lv.2】【一フレームの神様 Lv.2】

※表示は主要スキルのみです。下位・派生・細かな死因スキルは統合済み、または内部保持されています。


【今回の新規獲得・更新】

新規獲得:【失敗を残す意味 Lv.1】【死なないだけでは救いじゃない Lv.1】


【ローグライクあるあるネタ】

パーマデスの逆転ネタです。死なない代わりに記録も学習も残らない世界にして、死に覚えの意味を少しシリアスに扱いました。


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