階段前で欲張るシード
階段は見えている。
でも横には宝箱、壺、巻物、種、腕輪。
欲を捨てても、欲の方から近づいてきます。
階段があった。
石造りの小さな階段で、下りるだけなら三歩で届く。その横には宝箱が二つ、白紙っぽい巻物、丸い保存壺、金色の腕輪、ぷっくりした未識別の種が、まるでお供え物のように並んでいた。
コヨリは深呼吸した。
「ログル。これは何」
「階段前欲張り試験です」
「試験って言えば、何してもいいと思うなよ神様ァ!」
宝箱は、こちらを見ていた。目はない。口も閉じている。けれど、蓋の金具がわずかに動くたびに、コヨリには「開けないの?」と聞こえる気がした。金色の腕輪は光を拾ってきらりと鳴り、保存壺は階段へ向かう道の真ん中へ、ほんの少しだけ転がってくる。
「ログル、布。宝箱に布かける」
「視界遮断ですか」
「そう。見なければ欲は発生しない」
「前回、見なくても階段が宝箱を抱えて近づいてきました」
「言わないで! 対策前から心を折らないで!」
ログルは宝箱の上に布をかけた。すると布の下から、こほん、と小さな咳払いが聞こえる。コヨリは両耳をふさいだ。
「咳払いする宝箱、初めて見た!」
「見てはいません。聞いています」
「揚げ足取らないで! 聴覚にも欲が来る!」
階段は三歩先にある。たった三歩なのに、床の上には欲が多すぎる。コヨリは自分の膝を軽く叩き、声に出して確認した。
「一歩目、まっすぐ。二歩目、白線確認。三歩目、階段。宝箱は見ない。壺は拾わない。腕輪は光っても無視。種はぷるぷるしても無視」
「勇者様、最後の二つはかなり誘惑を見ています」
「無視するために把握してるの!」
一回目、宝箱を見た。見ただけだった。見ただけなのに、宝箱の蓋が少し開き、白い歯がのぞいた。
【死亡ログ:533回目】
【死因:階段前で宝箱を見た】
【評価:視線にも欲があります】
「見るだけで死ぬの、もう恋じゃん!」
「かなり悪質な片思いです」
二回目、巻物だけ拾って階段へ行こうとした。巻物は床に貼りついており、はがすのに一手使う。その一手で階段が一段ぶん遠ざかった。
「階段が逃げた!」
「欲張り検知で距離が変動しています」
「距離に感情を持たせるな!」
三回目、全部無視して階段へ走った。偉い。かなり偉い。ところが階段が、横の宝箱を抱えてこちらへにじり寄ってきた。
「階段まで欲張りを持ってくるなあああああ!」
【死亡ログ:539回目】
【死因:階段が宝箱を抱えて近づいてきた】
【評価:誘惑の出前】
ネムの受付では、死因票に【欲張り】【欲張らないつもり】【欲が追ってきた】の三つが並んでいた。
「ネムさん、三つ目おかしくない?」
「今回のシードでは正確です」
「正確なのが嫌!」
ネムは眠そうな顔で、さらに一枚の受付票をめくった。そこには【欲を捨てたつもり死亡】と書かれている。
「増えてる!」
「欲を捨てたあと、捨てた欲につまずいています」
「比喩じゃなくて物理だったのが最悪!」
「受付としては、比喩死より物理死の方が処理しやすいです」
「死神の事務目線、ありがたくない!」
コヨリは受付カウンターへ両手を置き、真顔で言った。
「ネムさん。わたし、次は欲を見ない。宝箱も見ない。階段だけ見る」
「それで死んだ場合は」
「まだ死んでないのに分類しないで!」
「予約票だけ作ります」
「予約するなあああああああああああ!」
十三回目、コヨリは階段を見なかった。宝箱も見ない。壺も、腕輪も、種も見ない。足元だけを見る。階段へ進む三歩のうち、二歩目にだけ薄い白線がある。欲を捨てた者を転ばせるための、最後の嫌がらせだった。
「ログル、白線」
「はい。欲を捨てた足元確認が必要です」
「スキル名が人生訓みたい!」
コヨリは小石を二歩目へ置き、白線を起動させた。床から黒い手が出て、小石を宝箱の方へ引っ張る。手が小石を持っていく間に、コヨリは階段へ一歩進んだ。
あと一歩。横で未識別の種がぷるぷる震える。どう見ても超天使っぽい。拾えば、次が楽になるかもしれない。そんな考えが頭をかすめた瞬間、ログルが言った。
「勇者様。次が楽になるかもしれません」
「言わないで!」
「ですが、今は下りれば生きます」
「その言い方、ずるい。すごく効く」
コヨリは唇を尖らせた。次が楽になる、という言葉は強い。これまで何度も、その一手に助けられてきた。拾った壺、投げた杖、未識別の草。使い方を間違えて死んだものも多いが、拾わなければ進めなかった瞬間もある。
「ログル、今拾わないと、後で困るかもしれない」
「はい」
「でも、今拾うと死ぬかもしれない」
「はい」
「両方はいって言うのやめて」
「どちらも事実です」
「事実が階段前でケンカしてる!」
ログルは少し間を置いてから言った。
「勇者様。後で困る可能性は、後で考えられます。今死ぬと、今は終わります」
「......それ、すごく当たり前なのに、階段前だと忘れる」
コヨリは種を見ずに階段を踏んだ。世界が切り替わる直前、宝箱が名残惜しそうに「ちっ」と鳴いた。
「舌打ちする宝箱、嫌い!」
成功したと思ったが、階段の最下段に小さな宝箱ミミックがいた。最後まで性格が悪い。
【死亡ログ:546回目】
【死因:階段を降りた先の小さい宝箱に噛まれた】
【評価:欲を捨てても確認は必要】
拠点で、コヨリは壁へ書く。
【階段を見たら下りる】
【ただし下りた先も見る】
「人生が階段に支配されてる......」
「かなりローグライクです」
【登場人物紹介】
コヨリ:階段前欲張りシードで、見ただけ欲張り死まで経験した幼女勇者。
ログル:誘惑に負けそうなコヨリへ、次より今の生存を優先させた相棒。
ネム:欲が追ってきた死亡票を正確に分類した死亡受付。
宝箱ミミック:視線だけで噛みに来る、ひどい誘惑担当。
【今回の勇者ステータス】
現在領域:【滅亡シード群】
領域状態:神域固定ダンジョン/破棄シード検証領域
死亡回数:546回
クラス:帰還者
一時役割:滅亡シード検証者
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因学習 Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別警戒 Lv.5】【ミミック警戒 Lv.2】【総合盤面確認 Lv.2】【帰還門感知 Lv.3】【ログ管理 Lv.2】【一フレームの神様 Lv.2】
※表示は主要スキルのみです。下位・派生・細かな死因スキルは統合済み、または内部保持されています。
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【階段前欲張り警戒 Lv.3】【拾う前に階段を見る Lv.1】【欲を捨てた足元確認 Lv.1】
【ローグライクあるあるネタ】
階段横の宝箱、白紙っぽい巻物、レア腕輪を拾いたくなる欲張り事故です。下りれば助かるのに一手使って死ぬ、王道あるあるです。
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