食料が足りないシード
二つ目の滅亡シードは、鍋の底までからっぽだった。
満腹度は、勇者にも村にも平等に厳しい。
リュシア、ちょっと本気で怒ります。
次のシードに足を下ろした瞬間、コヨリの腹が鳴った。
いつもの空腹ではない。体の中から、すとん、と温度が落ちるような感覚があった。村の入口に立っている木の柵は半分倒れ、井戸の滑車には縄だけが揺れている。風が吹くたび、畑の土がさらさらと舞い、鼻の奥に乾いた匂いが残った。
「ログル、わたしの満腹度、何か変じゃない?」
「初期満腹度は通常値です。ただし、このシードでは食料湧きが極端に低く、行動するたびに心理的な空腹補正が入っています」
「心理的な空腹補正って何!? お腹すいた気分でお腹が減るの、だいぶ理不尽!」
村の台所には、大鍋があった。中身は空で、底に焦げた麦の粉だけがこびりついている。窓辺には、見覚えのある少女の記録影が立っていた。ミーナに似たその子は、粉の入っていない袋を抱えたまま、炉の前で困った顔をしている。
「今日は、焼けません」
たったそれだけの言葉なのに、コヨリの足が止まった。
「......パンを焼けないミーナ顔、つらい」
「同一人物ではありません。ですが、記録影として、過去の接触ログが混ざっています」
「分かってる。でも、分かってるって言えば平気になる仕様じゃないんだよ」
拠点側から、リュシアが現れた。酒神なのに手に持っているのは酒瓶ではなく、湯気の立つスープ鍋だった。彼女は村の土を指でつまみ、舌打ちする。
「ちび勇者ちゃん、これは食料不足じゃなくて、食料を出さないように絞られてる世界ね。飢えを試練と勘違いした神様の自動調整が、いちばんやっちゃいけない方向へ働いてる」
「神様ァ! 飢えは難易度じゃない! ごはんは基本的人権!」
コヨリはリュシアのスープを村人に渡そうとした。しかし、鍋を持って三歩進んだところで、床から白い数字が立ち上がる。
【満腹度:急速減少】
「え、わたしじゃなくて鍋持ってるだけで減るの!?」
「勇者様、食料運搬に重量補正が入っています」
「幼女の腕力を見てから補正して!」
四歩目で目の前が白くなった。
【死亡ログ:435回目】
【死因:スープを村へ運ぶ途中で満腹度が切れた】
【評価:善意にも行動コストがあります】
二回目、コヨリはスープを小分けにした。軽くなった鍋を持ち、今度こそ台所へ進む。途中で【未識別の草】を見つける。葉はぷっくりしていて、どう見ても満腹草っぽい。
「ログル、これ満腹草に見える」
「見た目は似ています」
「食べる?」
「聞く前に口へ運ばないでください」
「まだ運んでない! 口の近くで相談してるだけ!」
相談している間に、草の根元から小さなネズミが顔を出した。丸々している。非常食みたいな丸さだった。
「......ネズミって食べられる?」
「勇者様、倫理と衛生と敵判定の三方向からおすすめしません」
ネズミは鳴いた。次の瞬間、コヨリの満腹度がごっそり吸われた。
【死亡ログ:436回目】
【死因:満腹度吸いネズミを非常食だと思った】
【評価:丸い敵を食べ物扱いしない】
その後も死んだ。満腹草だと思った草は【空腹草】で、腐ったパンを焼き直したら【爆裂パン】になり、村人へ渡すか自分で食べるか迷っている間に腹が鳴り、鍋を守って転んだら中身を頭からかぶった。
ネムの受付では、死因票に【食べる前に死んだ】【食べたから死んだ】【食べなかったから死んだ】の三種類が並んだ。
「ネムさん、食事まわりの死因がひどい」
「はい。今回は食事分類が充実しています」
「充実してほしくない!」
十四回目、コヨリは村人へスープを配るのをやめた。代わりに、台所の壁へ小さな帰還ピンを打ち、空の大鍋の底を見つめる。底の焦げ跡はただの焦げではない。白い修正線が混ざっていて、食料が湧く場所だけを丁寧に縫い潰していた。
「ここだ。食べ物がないんじゃなくて、出ないように塞がれてる」
「食料湧きポイント、確認しました」
リュシアは鍋を置き、低い声で言った。
「主神様に伝えておきなさい。飢えは、人を強くする前に、人を人でいられなくするわ。試練という言葉で飾っていいものじゃない」
白い窓は開かなかった。アドミニスは出てこない。その沈黙が、かえって腹立たしかった。
コヨリは焦げた鍋底を小さく削り、白紙ログ棚へ持ち帰った。帰還直前、満腹度吸いネズミが最後の一口を狙って飛びついてくる。
【死亡ログ:448回目】
【死因:鍋底の焦げを持ち帰る直前、満腹度吸いネズミに吸われた】
【評価:最後まで食料事故】
拠点で目を覚ましたコヨリは、リュシアにもらった甘いパンを両手で持ち、真顔で言った。
「ログル。次から、滅亡シードへ入る前におやつ持つ」
「かなり重要な作戦です」
「勇者の作戦名が、おやつ持つ、でいいのかな」
「今回に限れば、かなり強いです」
【登場人物紹介】
コヨリ:食料不足シードで、食べる・渡す・運ぶ全部に殺された幼女勇者。おやつの重要性を深く理解した。
ログル:満腹度と食料湧きの異常を解析した相棒。丸い敵を食べ物扱いしないよう止めた。
リュシア:飢えを試練扱いする神様側調整に本気で怒った酒神。今回はスープ担当。
ミーナの記録影:パンを焼けなかった村の残影。本人ではないが、コヨリには刺さった。
【今回の勇者ステータス】
現在領域:【滅亡シード群】
領域状態:神域固定ダンジョン/破棄シード検証領域
死亡回数:448回
クラス:帰還者
一時役割:滅亡シード検証者
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因学習 Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別警戒 Lv.5】【ミミック警戒 Lv.2】【総合盤面確認 Lv.2】【帰還門感知 Lv.3】【ログ管理 Lv.2】【一フレームの神様 Lv.2】
※表示は主要スキルのみです。下位・派生・細かな死因スキルは統合済み、または内部保持されています。
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【自分も食べよう Lv.1】【空腹草警戒 Lv.1】【食料を渡す前にルート確認 Lv.1】
【ローグライクあるあるネタ】
満腹度管理、食料の使い惜しみ、危険な草を食べてしまう事故を滅亡シード化しました。食べるか投げるか渡すかで迷って一手遅れるのも、かなりあるあるです。
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