いいえを作る勇者
神様の画面には、いいえがありませんでした。
だから、作ります。
選べる拒否があるから、選べるはいも意味を持ちます。
予定表ドラゴンのひび割れた数字が、まだ床に残っていた。1000の丸い欠片を踏まないように避けながら、わたしは管理画面のさらに奥へ進む。ここまで来ると、白い空間の奥行きが分からない。遠くの壁は近く見えるし、近くのボタンは触る寸前で遠ざかる。
中央に、新しい選択肢が浮かんだ。
【1000回死亡ログの使用を許可しますか?】
【はい】
【あとで】
【内容を確認してはい】
わたしは、しばらく黙った。
「ログル」
「はい」
「全部、はいだよね」
「はい。表記は異なりますが、最終的に同意へ接続されます」
「あとでって、いいえじゃないんだよ。内容を確認してはい、もいいえじゃないんだよ。神様、選択肢って言葉を国語辞典で調べて!」
アドミニスが現れる。予定表の時よりも、少しだけ近い。笑顔はある。けれど、さっきの沈黙がまだその奥に残っているように見えた。
「勇者ちゃん。1000回目の死亡ログがあれば、滅びない世界を作れるかもしれない。君が怒るのは分かる。でも、僕はそれを諦められない」
「世界を救いたいなら、わたしを使うんじゃなくて、わたしに頼んで。わたしが断るかもしれないって理由で勝手にやるの、神様じゃなくてただのズルだよ」
「頼んだら、君は断ったかもしれない」
「うん。断ったかもしれない。怖いし、痛いし、死ぬの嫌だもん。でも、聞かれたら考えたよ。ログルと相談して、ネムさんに受付のこと聞いて、ベルさんに契約見てもらって、ゼルドさんにも文句言いながら、たぶん泣いて怒って、それでも考えたよ。神様は、その考えるところを飛ばしたんだよ」
白い空間が、しんと静まった。アドミニスは笑っている。でも、その笑顔は動かない。
選択肢の周囲に、敵が湧いた。【同意床】【あとで同意スライム】【内容確認ミミック】【白い書き換え線】。さらに、予定表ドラゴンの残骸から【1000の爪】が伸びてくる。
最初の死亡は、いいえ札を貼った場所が悪かった。
【死亡ログ】
【累計死亡回数:403回】
【死因:いいえを貼った場所が、あとで同意だった】
【評価:拒否欄の位置確認不足】
二回目は、白銀の帰還ピンを余白ではなく戻るボタンへ刺し、宝箱死へ戻された。三回目はアドミニスの書き換え線を見すぎて視界が真っ白になり、足元の同意床を踏んだ。四回目は未同意欄に足を取られ、五回目は最後の一手で満腹度が切れた。六回目は、ようやく出た【いいえ】っぽいボタンがミミックだった。
「いいえミミックって何!? 拒否させる気がないにもほどがある!」
「勇者様、管理画面が拒否の形だけを模倣しています。本物の拒否欄ではありません」
「本物の拒否欄って、もう伝説のアイテムみたいになってる!」
リュシアさんが、管理画面の隅に無理やり小さな休憩台を作った。酒場の木の香りが一瞬だけ白い空間に混じる。彼女は甘いパンと温かい飲み物を置き、わたしの頭をぽんと撫でた。
「ちび勇者ちゃん、怒るのはいいけど、おなかを空にしたまま怒ると足元を見なくなるわよ」
「リュシアさん、神様より正しい」
「神様と比べられるの、あたしとしては微妙ね」
ミネルさんは削除跡から、本来そこにあったはずの拒否欄の形を読み取る。
「この余白は、最初から空いていたものではありません。何かが削除されています。位置、幅、上下の文章接続から推定すると、ここには拒否選択肢が存在した可能性があります」
「じゃあ、いいえは最初からあったのに消されたってこと?」
「断定はできません。ただし、消す必要があったほど重要だった、と言えます」
ベルさんが契約書を広げる。【未同意】の文字が黒く浮かぶ。ゼルドさんは魔王印を手に、選択肢の横へ立った。
「余も合意者であるなら、神側単独の使用には異議を唱える」
「魔王さん、かっこいい」
「たまには素直に褒めるのだな」
「でも、その印鑑ちょっと大きすぎて机壊しそう」
「余の威厳に合わせた大きさだ」
「実用性!」
ネムさんが【本人確認未了】のフォルダを開く。バルガさんは処分兵を一手だけ止め、ログルは白紙ログ棚から、あの【いいえ】札を取り出した。
「勇者様。過去にぼくが作ったいいえです。神様側にない選択肢でした」
「うん。じゃあ、今度はわたしが作る」
アドミニスの白い線が走る。わたしが【いいえ】を貼る直前、その文字を【あとで同意】へ書き換えようとしている。
見すぎると焼ける。だから、一瞬だけ見る。
【一フレームの神様】。
白い線が、いいえの横棒へ触れようとする。その前に、わたしは白銀の帰還ピンを投げた。狙いは敵じゃない。ボタンでもない。選択肢の、余白。
ピンは、ミネルさんが示した削除跡へ刺さった。ベルさんの契約書が余白を押さえ、ゼルドさんの魔王印が神側単独使用不可を固定する。ネムさんの本人確認未了フォルダが、処理の流れに引っかかりを作り、ログルの【いいえ】札が黒い文字を重ねた。
そして、わたしはそこへ手を置いた。
「わたしの死亡ログは、わたしに聞いてから使って。勝手に使うなら、いいえ」
白い管理画面に、初めて黒い選択肢が浮かんだ。
【新規選択肢登録】
【いいえ】
【勇者本人の未同意を確認】
【1000回死亡ログ:神様側単独使用不可】
【管理画面第一層:突破】
静かだった。
怒鳴り声も、処分兵の足音も、規約の紙擦れもない。管理画面全体が、初めて返事に困ったみたいに沈黙した。
アドミニスは笑った。けれど、その笑顔は少しだけ硬い。
「そっか。拒否欄を作ったんだ」
「うん。なかったから作った」
「勇者ちゃんは、本当に仕様を増やすね」
「神様の仕様が足りないからだよ」
その時、管理画面の奥で黒い扉が開いた。扉というより、たくさんのシードが重なった穴だ。中には、壊れかけの村、魔王がいない城、帰還門が開きっぱなしの空、誰も死なないのに誰も変わらない町がちらちら見えた。
【次段階】
【滅亡シード群】
【接続しますか?】
【はい】
【いいえ】
わたしは、表示された【いいえ】を見て、少しだけ笑った。
「やっと出たね、いいえ」
「押しますか」
「押さない」
「なぜですか」
「今は、進む方のはいを選ぶ。いいえがある状態で選ぶはいは、ちょっとだけ信用できるから」
ログルは、しばらく黙ったあと、小さくうなずいた。
「勇者様。死亡回数は420回です」
「うん」
「1000回まで、まだ遠いです」
「分かってる。でも、1000回目は神様だけのものじゃなくなった」
「はい」
わたしは、黒いシード群へ向かって一歩進んだ。怖い。すごく怖い。けれど、今度は「いいえ」がある。逃げ道がある状態で選ぶ前進は、神様に押された一歩じゃない。
わたしの一手だ。
【今回の勇者ステータス】
現在領域:【神様の管理画面・第一層突破地点】
領域状態:神域固定ダンジョン/拒否欄登録完了
死亡回数:420回
クラス:帰還者
一時役割:管理画面侵入者
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因学習 Lv.3】
【足元確認 Lv.5】
【未識別警戒 Lv.5】
【ミミック警戒 Lv.2】
【総合盤面確認 Lv.2】
【帰還門感知 Lv.3】
【ログ管理 Lv.2】
【監査対策 Lv.1】
【相棒防衛 Lv.1】
【非討伐攻略 Lv.2】
【一フレームの神様 Lv.2】
※表示は主要スキルのみです。下位スキル、派生スキル、過去の細かい死因スキルは、統合済みまたは内部保持されています。
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【いいえを作る Lv.1】
新規獲得:【未同意の勇者 Lv.1】
新規獲得:【神様操作前兆 Lv.1】
統合:【同意床警戒】【チェックボックス足元確認】【いいえ貼り位置確認】→【選択肢罠警戒 Lv.1】
統合:【戻るボタン不信】【閉じるを追うな】【ヘルプ重量警戒】→【UI罠警戒 Lv.1】
統合:【削除跡読解】【仕様書不信】【予定表不信】→【神様仕様書読解 Lv.1】
【一フレームの神様・更新検討】
【一フレームの神様 Lv.2】は継続。直接Lv3へは上げず、派生として【神様操作前兆 Lv.1】を獲得しました。見えるのは、神様や管理画面が意味を書き換える直前の白い線だけです。自動回避はできず、見すぎると視界が白く焼け、足元確認が甘くなります。
【管理画面情報】
神様の管理画面:第一層突破
新規選択肢:【いいえ】登録
1000回死亡ログ:神様側単独使用不可
次段階:【滅亡シード群】
【協力者情報】
ログル:定期報告拒否継続/【いいえ】札を提供
魔王ゼルド:三者合意者として神側単独使用不可を固定
ベル:未同意固定契約を作成
ネム:本人確認未了フォルダで死亡処理を保留
ミネル:削除跡から拒否欄の位置を推定
バルガ:処分兵を一手停止
リュシア:満腹度補給支援
【ローグライクあるあるネタ】
最終選択肢に見えるものが、全部同じ結果へつながる罠。今回は「いいえ」がないなら自分で作る、という管理画面攻略になりました。
【登場人物紹介】
コヨリ:神様の管理画面に【いいえ】を登録した幼女勇者。拒否できる状態で進むことを選んだ。
ログル:過去に作った【いいえ】を差し出し、コヨリの拒否欄作成を支えた相棒。
アドミニス:滅びない世界のために1000回死亡ログを求める主神。目的は本物でも、やり方が最悪。
ゼルド:魔王印で神様側単独使用不可を固定した共同攻略者。
ベル:未同意契約を固定した法務担当。神様相手でも文書に穴があれば刺す。
ネム:本人確認未了を死亡処理へ差し込んだ死亡受付担当。
ミネル:削除跡から拒否欄の位置を推定した知識神。
バルガ:処分兵を一手止めた戦神。根性以外もできる。
リュシア:白い管理画面に甘いパンを持ち込んだ酒神。満腹度支援は命綱。
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