利用規約モンスターハウスだ!
アイテムが多い部屋は危険。
静かな部屋も危険。
文字が小さい部屋は、もっと危険です。
カーソル部屋の先にあったのは、白くて広い部屋だった。天井は高く、床はきれいで、中央にはいくつものアイテムが落ちている。甘いパンらしきもの、回復草っぽい草、未識別の壺、白紙っぽい巻物、そして小さな銀色のピン。
普通なら、うれしい。けれど、わたしは部屋の入口でぴたりと止まった。
「ログル、部屋が広い。アイテムが多い。床が妙にきれい。敵が見えない。これ、何?」
「かなり嫌な予測ですが、特殊モンスターハウスの可能性があります」
「やっぱり! 神様の管理画面だから、敵じゃなくて書類が出るやつだよね。いや、出ないでほしいけど、絶対出る顔してる!」
ゼルドさんが部屋を見回す。魔王城の広間を見慣れている彼でも、この白さは気持ち悪いらしい。
「敵の気配が薄い。だが、余の経験上、こういう場所はだいたい裏に何かいる」
「魔王さんの経験、今回は信じる。ラスボス部屋の住人の言葉、重い」
「余を住人扱いするな」
小石を一つ投げる。床に落ちた瞬間、部屋の壁がびっしりと文字で埋まった。
【利用規約モンスターハウスだ!】
「やっぱり出たああああああああああ!」
壁から【第1条】が這い出し、床から【同意床】が浮き上がり、天井から【小さい文字】が細い雨のように降ってくる。奥では【自動更新条項】が長い蛇みたいにとぐろを巻き、【例外規定】がにやにやしながら穴を開けていた。
「勇者様、退路が規約で塞がれました」
「規約が物理で塞ぐな! 紙で通路ふさぐのは図書室だけにして!」
最初の死亡は、小さい文字だった。読める気がしたのが悪い。目を細めた瞬間、文字が一斉に拡大し、わたしの顔面へ飛んできた。
【死亡ログ】
【累計死亡回数:311回】
【死因:小さい文字を読もうとして目を回した】
【評価:読ませる気のない文字です】
二回目は自動更新条項に巻かれた。三回目は例外規定の例外に落ちた。四回目は同意床を避けた先が同意床で、五回目は未読警告に胸を張って「あとで読む」と言ったら、あとでが来る前に殴られた。
白い拠点で、わたしは反省会テーブルに頭をつける。
「ログル、規約モンスターハウス、普通のモンスターハウスより腹立つ」
「敵の顔がありませんので、怒りを向ける対象が分散します」
「そう! 全部むかつく!」
ベルさんが規約文を数枚拾い、魔王軍契約書と重ねた。リュシアさんが差し入れてくれた甘いパンを、わたしの前に置く。
「ちび勇者ちゃん、規約を読むなら先に食べなさい。怒りで満腹度が減るタイプの子は、甘いものを切らしちゃだめよ」
「怒りで満腹度が減るって、そんなステータスある!?」
「勇者様の場合、観測されています」
「ログルまで!」
六度目の挑戦で、ベルさんが契約書を床へ広げた。
「勇者様、規約を読む必要はありますが、すべてを読む必要はありません。読むべきは、相手が隠したい箇所です」
「隠したい箇所って、小さい文字?」
「はい。そして、例外規定の例外です。契約で最も危ないのは、本文ではなく但し書きの後ろにいる小さい魔物です」
「法律の魔物、怖い!」
ベルさんの契約書が【未同意保留】の小さな安全地帯を作る。わたしはそこに立ち、投擲ではなく、規約文の端を小石でめくった。ログルが読み上げるのではなく、危険な単語だけを宝石に浮かべる。
【死亡ログ利用】
【拠点成長率】
【ログル本来機能】
【1000回閾値】
その文字を見た瞬間、アドミニスの白い窓が開きかけた。けれど、ベルさんが契約書をぱんと叩くと、窓は半分だけ閉じる。
「主神様、未同意保留中です。横から口を出す場合、発言も記録対象となります」
「ベル、君は本当に魔王軍に置いておくのが惜しいね」
「引き抜きはお断りします。福利厚生と上司の胃痛管理が魔王軍の方が明確ですので」
「神様が秘書に負けてる!」
規約モンスターは倒さなかった。倒すと別の条項が増えるからだ。わたしたちは【第1条】を【読んだ棚】へ、【同意床】を【踏まない棚】へ、【自動更新条項】を【勝手に増えるな棚】へ分類した。
「勝手に増えるな棚、名前が強いです」
「だって勝手に増えるから!」
最後に、部屋中央の甘いパンだけを拾う。回復草っぽい草は、未識別なので放置した。欲しかったけど、いまは欲に負ける場面ではない。わたしはパンをかじりながら、壁の小さい文字をにらむ。
「神様、規約で勝とうとするの、ほんとにずるい」
アイテムが多い部屋は危険。
静かな部屋も危険。
文字が小さい部屋は、もっと危険です。




