カーソルに選ばれるな
管理画面の敵は、剣を持っていません。
かわりに、選択して削除してきます。
矢印が人を狙うな。
戻るボタン地帯を抜けた先は、広い白い部屋だった。床には淡い格子が浮かんでいて、わたしが一歩進むたびに、足元のマスだけが青く光る。普通のダンジョンなら、こういう表示は便利だ。罠の位置や敵の射線が見えるかもしれない。
でも、ここは神様の管理画面だ。便利そうなものは、とりあえず疑う。
部屋の中央に、巨大な白い矢印が浮いていた。最初は看板かと思った。けれど、その矢印はゆっくり首を傾げるように向きを変え、先端をわたしへぴたりと合わせる。
「ログル、あれ、矢印?」
「はい。監査カーソルです」
「矢印が監査するな」
「勇者様を選択しようとしています」
「矢印が人を選ぶな!」
監査カーソルの後ろから、白い点線の四角が広がった。ドラッグ枠だ。さらに、床下から小さな白い小鬼が顔を出す。背中に【Delete】と書かれた札を背負っている。見た目は小鬼なのに、やることがパソコンのキーボードで、わたしはすでに帰りたい。
コヨリは小石袋改を取り出した。投げる前に腕輪確認。遠投は外れている。角、壁、ベルさんの契約書、ゼルドさんのマント、全部見る。十九章で何回も死んだ射線確認が、ここではカーソル相手にも必要だった。
「ログル、選択範囲はマス?」
「マスではありません。画面上の範囲です。通常の射線確認だけでは不十分です」
「ずるい。マス目世界で範囲選択してくるの、仕様の暴力だよ」
最初の一投は、見事に外れた。小石はカーソルの真横を抜けたが、ドラッグ枠が急に広がり、わたしとゼルドさんの影をまとめて選択した。次の瞬間、削除キー小鬼がジャンプする。
【死亡ログ】
【累計死亡回数:297回】
【死因:監査カーソルに選択されて削除された】
【評価:選ばれたくない選択】
そこから、しばらくひどかった。ドラッグ範囲に巻き込まれ、右クリックメニューから削除を選ばれ、選択解除を押す前に一手遅れた。白い拠点でネムさんが「今回はクリック死ですね」と言った時、わたしは湯のみを置いて叫んだ。
「クリックで人を殺すなああああああああああああああ!」
「コヨリさん、分類上は『押された』です」
「押したんじゃなくて押された!」
「では、押されたフォルダを作ります」
「フォルダ名が増えていく!」
六度目の挑戦で、わたしは【一フレームの神様】を使った。視界の端が白く焼け、額の奥がじりっと痛む。けれど、クリックが発生する直前、カーソルから細い白い線が伸びるのが見えた。あれは攻撃ではない。選択の前兆だ。
「ログル、見えた。矢印が動く前に、白い線が範囲を決めてる」
「通常解析では追えません。勇者様、長く見ないでください。足元確認が遅れます」
「分かってる。神様の手元ばっかり見てると、床が死ぬやつ」
わたしは小石をカーソルへ当てない。カーソルが選ぼうとしている範囲の端へ投げた。白い線が一瞬だけ小石を選択し、ドラッグ枠がずれる。ベルさんが契約書で枠の角を押さえ、ゼルドさんが影を踏ん張らせた。
「余の影を選択対象にするな、神の画面よ」
「魔王様、影も資産です。勝手に削除された場合、正式抗議します」
「ベルさん、抗議先が多すぎて忙しそう!」
最後は、ログルが白紙ログ棚の分類を使った。倒すのではなく、監査カーソルたちを【未選択棚】へ流し込む。削除キー小鬼は、ネムさんの死亡受付票の控えで動きを止められた。控え用紙は薄いが、事務の怨念は強い。
【分類成功】
【監査カーソル:未選択棚へ移動】
【削除キー小鬼:保留】
「勝った?」
「削除は保留されました」
「勝利の言い方が事務っぽい!」
部屋の奥に、新しい通路が開いた。わたしは一度だけ後ろを振り返る。白いカーソルは、棚の中でまだこちらを選びたそうに震えていた。
「選ばないでね」
「勇者様、それはかなり切実なお願いです」
【今回の勇者ステータス】
現在領域:【神様の管理画面・選択範囲部屋】
領域状態:神域固定ダンジョン/カーソル監査戦
死亡回数:310回
クラス:帰還者
一時役割:管理画面侵入者
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因学習 Lv.3】
【足元確認 Lv.5】
【未識別警戒 Lv.5】
【総合盤面確認 Lv.2】
【帰還門感知 Lv.3】
【ログ管理 Lv.2】
【監査対策 Lv.1】
【非討伐攻略 Lv.2】
【一フレームの神様 Lv.2】
※表示は主要スキルのみです。下位スキル、派生スキル、過去の細かい死因スキルは、統合済みまたは内部保持されています。
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【選択範囲警戒 Lv.1】
新規獲得:【クリック前兆確認 Lv.1】
派生兆候:【神様操作前兆 Lv.1】
【ローグライクあるあるネタ】
通常のマス目・射線確認では対応できない範囲攻撃。今回はドラッグ選択がモンスターハウス級の脅威になりました。
【登場人物紹介】
コヨリ:カーソルに選ばれて削除された。選ばれることがこんなに怖いとは思っていなかった。
ログル:通常解析では追えないクリック前兆を、コヨリの視界情報から記録した。
ゼルド:影まで選択対象にされて怒った魔王。影も資産らしい。
ベル:選択範囲を契約書で押さえた有能秘書。
ネム:押されたフォルダを作った死亡受付担当。事務処理がまた増えた。
監査カーソル:矢印型の敵。人を選択して削除しようとする、画面の暴力。
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