倒さない勇者と、生きている魔王
正しい勇者になれば、魔王を斬る。
帰りたい勇者なら、魔王を生かす。
最後の一手は、攻撃ではなく証明です
裏制御盤の前で、わたしたちはもう一度並んだ。
ベルさんの契約書は制御盤の左端へ広げられ、ゼルドさんは魔王印を手にしている。ログルは白紙ログ棚から持ち出した未送信ログを、宝石の光で浮かべていた。わたしの手には白銀の帰還ピン。指先は少し震えているけれど、もう聖剣は見ない。
討伐条件番人ジャッジメントは、剣を差し出したまま言う。
【勇者の勝利条件:魔王討伐】
【報酬:帰還門表層安定】
【称号:正しい勇者】
正しい勇者。
その文字は、思ったより胸に刺さった。わたしはずっと帰りたかった。家に帰るなら、正しい方を選んだ方がいいのかもしれない。神様が用意した道を通れば、楽になるのかもしれない。
ゼルドさんが、静かに口を開いた。
「勇者よ。神に正しいと言われたいなら、余を斬れ。余は魔王であり、そういう役を押しつけられてきた存在だ。だが、お前が帰りたいのは、神に褒められるためではなかろう」
「......うん。わたし、正しい勇者じゃなくていい。帰る勇者でいいし、ログルを置いていかない勇者でいいし、魔王様を倒さない勇者でもいい」
「肩書きは長いが、悪くない」
「履歴書には書きにくいです」
「帰ってから考えよ」
わたしは聖剣を蹴った。勢いが強すぎて、剣はベルさんの足元へ滑る。
「勇者様、蹴る方向」
「ごめんなさい!」
「謝罪は後で受領します。今は証明を優先してください」
ジャッジメントが動く。白い線が空中を走り、わたしのピンへ向かってくる。神様の判定線だ。見える。見えるけれど、長く見ていると視界が焼ける。
「ログル、位置」
「ベル様の契約書端、魔王印、未送信ログ、制御盤の黒い欠け。四点が重なる一マスがあります。ただし、神様判定線が先に触れると、ピンは聖剣化します」
「分かった。敵は狙わない。制御盤も狙わない」
「では、何を狙いますか」
「魔王を倒さないっていう、わたしたちの答え」
ベルさんが契約書を押さえる。ゼルドさんが魔王印を構える。ログルの宝石から、未送信ログが流れた。
【未送信ログ】
【魔王ゼルドは、神様運営の被害者である】
【魔王討伐は、帰還条件ではない可能性が高い】
【勇者様は、魔王を倒さない道を選んだ】
アドミニスの窓が開く。笑っている。でも、その声は少し低い。
「勇者ちゃん。そこまでやると、本当に管理画面へ近づくよ」
「近づくために来た」
「魔王を生かす勇者は、神様側ではかなり困る」
「じゃあ成功だね」
一度目、投げる直前に満腹度が切れて死んだ。二度目、証明点を一マス間違えた。三度目、契約書の端ではなくベルさんの袖を留めた。四度目、魔王印のインクが乾いておらず、証明がにじんだ。五度目、最後のピンを遠投しかけてログルに止められ、止まった反動で罠を踏んだ。六度目、勝利ログを拾う一手でジャッジメントに殴られた。
【死亡ログ】
【累計死亡回数:269回】
【死因:勝利ログを拾う一手で殴られた】
【評価:勝ってから拾いましょう】
白い拠点で、わたしは湯のみを握ったまま深く息を吐いた。
「ログル、次で決める」
「はい。遠投の腕輪は外れています。満腹度は補給済みです。ベル様の袖ではなく契約書端を狙います。魔王印のインクは乾いています」
「最後だけすごく現実的」
「前回の死因ですので」
七度目。
制御盤前の空気は、さっきより重かった。ジャッジメントの剣が白く光る。アドミニスの判定線が、ピンへ向かってくる。
わたしは【一フレームの神様】で、その白い線だけを見る。長く見ない。見るのは、貼られる直前。そこから目をそらし、反射しにくい小石袋で床を一度鳴らす。番人の剣先が半歩ずれた。
「今」
白銀の帰還ピンを投げた。狙いは、敵ではない。制御盤でもない。ベルさんの契約書の端、ゼルドさんの魔王印、ログルの未送信ログが重なる、一マスの証明点。
ピンは、角にも、壁にも、神様判定にも弾かれなかった。
白い線が触れる直前、ベルさんの契約書がぴんと張り、ゼルドさんの魔王印が黒く光り、ログルの未送信ログが制御盤へ流れ込む。
【魔王ゼルド:生存】
【勇者コヨリ:非討伐】
【帰還ピン:証明点へ到達】
【魔王生存ルート:確定】
【帰還門裏制御盤:接続】
ジャッジメントの鎧に、ひびが入った。剣は床に落ち、称号の文字が薄れていく。
【正しい勇者】
その表示が消える前に、わたしは小さく言った。
「いらない」
代わりに、制御盤へ新しい文字が浮かぶ。
【新領域候補】
【神様の管理画面】
【接続条件:勇者・魔王・解析神獣の三者合意】
「三者合意って、急に会議っぽい!」
「契約としては前進です」
「余、ついに帰還門の合意者になったのか」
「魔王様の扱いが、かなり重要になりました」
「魔王を倒す話、どこ行ったの!?」
アドミニスの窓が、静かに開いた。神様は笑っている。
「そっか。魔王を生かしたんだ」
「うん」
「やっぱり、勇者と魔王を会わせすぎたかな」
「神様の後悔、ちょっと気持ちいい」
「でも、ここから先はもっと見えるよ。僕の管理画面も、君たちの間違いも」
「見に行くよ。間違いなら、自分で直す」
窓が消えたあと、ゼルドさんがわたしを見下ろした。
「勇者よ。余は生きている」
「はい」
「倒さなかったな」
「はい。だって、倒したら帰れないし、魔王様も普通に困ってるし」
「普通に困っている魔王という表現は、やや威厳を損なう」
「でも本当です」
「否定しにくい」
ログルが、わたしの肩に乗る。
「勇者様。死亡回数は270回です」
「まだ千回まで遠いね」
「はい。ですが、神様の正解をひとつ、確実に外しました」
わたしは制御盤の黒い光を見た。正しい勇者じゃなくていい。帰るための道を、自分で選ぶ。魔王を倒さない一手は、白い神様の線を一つだけ切った。
【今回の勇者ステータス】
現在領域:【裏魔王城・生存監査区】
領域状態:神域固定ダンジョン/魔王生存ルート確定
死亡回数:270回
クラス:帰還者
一時役割:魔王護衛兼帰還者
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因学習 Lv.3】
【足元確認 Lv.5】
【未識別警戒 Lv.5】
【ミミック警戒 Lv.2】
【総合盤面確認 Lv.2】
【帰還門感知 Lv.3】
【ログ管理 Lv.2】
【監査対策 Lv.1】
【相棒防衛 Lv.1】
【一フレームの神様 Lv.2】
※表示は主要スキルのみです。下位スキル、派生スキル、過去の細かい死因スキルは、統合済みまたは内部保持されています。
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【証明点投擲 Lv.1】
新規獲得:【魔王生存証明 Lv.1】
新規獲得:【護衛投擲術 Lv.1】
新規獲得:【護衛魔法術 Lv.1】
更新:【非討伐攻略 Lv.1】→【非討伐攻略 Lv.2】
統合:【神様判定線視認】【攻撃しない魔法】【当てない投擲】→【非討伐攻略 Lv.2】
【帰還門情報】
魔王討伐条件:帰還条件から除外
魔王生存ルート:確定
裏魔王城制御盤:接続成功
新領域候補:【神様の管理画面】
【協力者情報】
魔王ゼルド:共同攻略者化
ベル:帰還門法務担当候補
ログル:未送信ログ使用/定期報告拒否継続
【登場人物紹介】
コヨリ:正しい勇者の称号を蹴り、倒さない証明点へ帰還ピンを投げた。
ログル:未送信ログで魔王生存証明を支えた相棒。神様側への報告拒否は継続中。
ゼルド:生きている魔王として、帰還門の合意者になった苦労人。
ベル:契約書と魔王印で、神様側の討伐条件を上書きした法務担当。
アドミニス:魔王生存ルート確定を見届け、管理画面への侵入リスクを認識した主神。
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