裏魔王城は、正門から入ると負ける
正面玄関が親切な時ほど、だいたい罠です。
魔王城の正門が、なぜか勇者向けに改装されていました。
神様の営業努力が怖い。
裏魔王城は、遠くから見るとゼルドさんの城だった。
黒い尖塔、赤黒い旗、巨大な門。そこまでは魔王城らしい。けれど、近づくにつれて、ところどころに白い神様の飾りが混ざっているのが分かる。門柱には天使っぽい羽根の意匠が貼られ、赤い絨毯の上には、やけにきれいな矢印が描かれていた。
【勇者はこちら】
【魔王討伐ボーナスあり】
【聖剣貸出中】
わたしは矢印の前で止まった。
「ログル、地図に赤い×を書いて」
「はい。正門、勇者誘導門、聖剣貸出カウンターに危険印を付けます」
「あと、看板に『親切すぎる』って書いて」
「分類は罠ですか」
「罠の上位種。営業スマイル罠」
ゼルドさんが、門を見上げて額を押さえた。
「余の城の正門が、完全に神様側の観光案内所になっておる。魔王城の威厳が、聖剣貸出中の一文でだいぶ削られたぞ」
「魔王様、苦情窓口を設置しますか」
「相手が神では、苦情の宛先が面倒だ。そもそも、神は苦情を仕様確認に分類するであろう」
「かなり理解が深いですね」
「理解したくなかった」
ベルさんの書類が、風もないのにぱらりとめくれる。そこには、裏魔王城の簡易地図があった。正門から入るルートはまっすぐで、いかにも簡単そうに見える。その簡単さがもう怖い。
わたしは小石袋改から小石を一つ取り出し、正門前の白い柱へ投げた。罠確認用の、いつもの手順だった。小石は柱に当たり、乾いた音を立てる。そこまではよかった。
次の瞬間、小石はなぜかゼルドさんの角に当たり、きれいな角度で跳ね返ってきた。
「え、角で反射するの!?」
「勇者様、頭を下げてください」
ログルの声を聞いてしゃがんだつもりだった。けれど、小石はわたしの額に軽く当たり、その衝撃で一歩下がった先に白い矢印床があった。
【勇者誘導門、起動】
「あ」
【死亡ログ】
【累計死亡回数:215回】
【死因:小石が魔王の角で跳ね返り、勇者誘導門を起動した】
【評価:投げる前に角を見る】
白い拠点で目を覚ましたわたしは、ゼルドさんを見た。
「魔王様の角、地形?」
「余は地形ではない」
「でも反射判定ありました」
「ログルまで言うな」
二回目は、角を避ける軌道で小石を投げた。今度は柱に当たった小石が床へ転がり、聖剣貸出カウンターのベルを鳴らした。
【貸出処理を開始します】
カウンターから白い聖剣が飛び出し、わたしの手に収まろうとする。受け取ったら、たぶん魔王討伐行動にされる。わたしは必死で手を後ろに組んだ。
「ログル、手を使わない方法!」
「避けるなら左へ一マスです。ただし、ベル様の契約書壁があります」
「ベルさん、壁しまって!」
「契約書は一度展開すると、最低一ターンは壁として有効です」
「有効が邪魔!」
左へ避けようとして契約書壁にぶつかり、そのまま聖剣の鞘に足を取られた。
【死亡ログ】
【累計死亡回数:216回】
【死因:聖剣貸出カウンターで足を取られた】
【評価:無料貸出ほど危険です】
その後も、正門の勝利ファンファーレに気を取られて白聖騎士に刺され、補給搬入口へ逃げようとして番犬ゴーレムに勇者臭で噛まれ、射線を読んだのにゼルドさんの角で敵弓兵が見えず、合計六回死んだ。
六回目の受付を終えて戻ると、反省会テーブルにはかなり汚い地図が広がっていた。正門には赤い×、聖剣カウンターには黒いドクロ、ゼルドさんの角が邪魔をした場所には、ログルが勝手に小さな角マークを描いている。
「ログル、この角マーク、便利だけど失礼じゃない?」
「実用性を優先しました」
「余の角を地図記号にするな」
「魔王様、かなり再現性の高い障害物です」
「ベルまで実用性で殴るな」
結局、正門は捨てた。ベルさんが地図の裏側を指でなぞると、補給搬入口の横に細い作業通路が見つかる。床は汚れていて、壁には魔王軍の古い荷物札が残っていた。神様の白い装飾が届いていない、いかにも魔王城らしい隙間だ。
「ここなら、神様の勇者誘導が薄いかもしれません」
「薄いってことは、ゼロじゃないんだよね」
「ゼロではありません。床に小さな【正しい勇者はこちら】の矢印があります」
「神様の営業、しつこい」
わたしは地図の端に、少し小さく書いた。
【親切すぎる正門は行かない】
【小石を投げる前に、魔王の角を見る】
ゼルドさんはその文字を見てから、ため息をついた。
「勇者に守られるだけでも複雑なのに、角まで攻略情報にされた。余の魔王としての尊厳は、どこへ行けばよい」
「たぶん、神様への苦情窓口です」
「やはり宛先が面倒ではないか」
白い窓が空に開いた。アドミニスが、楽しそうにわたしたちの地図を見下ろしている。
「いいね。正門を疑えた。勇者ちゃん、また少し神様の正解から外れたよ」
「褒め方が黒幕のそれ!」
わたしは地図を丸めて、小脇に抱えた。正しい勇者の道は、通らない。汚れた作業通路から入る勇者がいたっていい。
【今回の勇者ステータス】
現在領域:【裏魔王城・外縁】
領域状態:神域固定ダンジョン/魔王生存ルート
死亡回数:220回
クラス:帰還者
一時役割:魔王護衛兼帰還者
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因学習 Lv.3】
【足元確認 Lv.5】
【未識別警戒 Lv.5】
【ミミック警戒 Lv.2】
【総合盤面確認 Lv.2】
【帰還門感知 Lv.3】
【ログ管理 Lv.2】
【監査対策 Lv.1】
【一フレームの神様 Lv.1】
※表示は主要スキルのみです。下位スキル、派生スキル、過去の細かい死因スキルは、統合済みまたは内部保持されています。
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【勇者誘導警戒 Lv.1】
新規獲得:【投げる前に角を見る Lv.1】
新規獲得:【契約書壁警戒 Lv.1】
新規獲得:【魔王の角越し射線確認 Lv.1】
【登場人物紹介】
コヨリ:正門の親切さを見て即座に疑えるようになった。成長方向は正しいが、死亡回数も正しく増える。
ゼルド:自分の城で、自分の角を地図記号にされた魔王。苦情先が神様なので詰んでいる。
ベル:契約書を壁にできる有能秘書。便利だが、コヨリの進路もふさぐ。
アドミニス:正しい勇者ルートを用意し、外れるコヨリを観測して笑っている主神。
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