魔王を倒すな
魔王を倒せば帰れる。そんな説明を信じていた時期もありました。
でも、神様の正解はだいたい疑った方がいい。
今回は、魔王を守る勇者です。
白紙ログ棚の上に、白い封筒が落ちていた。
落ちていた、というより、神様がわざと見える場所に置いた、という感じだった。封筒の角は妙にきれいで、紙なのに影がない。こういうものは、だいたい開けたら面倒が始まる。
「ログル」
「はい」
「開ける前から嫌な予感がする」
「かなり正しい予感です。封筒の表面に、主神アドミニスの監査印があります」
「じゃあ開けない」
「開けない場合、封筒が自動開封されます」
「神様ァ。選択肢の皮をかぶった一本道やめて」
コヨリが指先で封筒をつつくと、紙がひとりでにほどけた。中から出てきた文字は、白紙ログ棚の前で待っていたネムさん、リュシアさん、ゼルドさん、ベルさんの前にも浮かび上がる。
【次段階】
【魔王生存ルート検証】
【条件:魔王ゼルドを生存させたまま、裏魔王城へ接続してください】
わたしは三回読んだ。三回読んでも、意味が変わらなかった。
「ログル、これ、魔王を倒せじゃないよね。わたしの目が、宝箱死の後遺症でおかしくなったわけじゃないよね」
「はい。表示は、魔王ゼルドを生存させたまま、と読めます」
「勇者なのに?」
「勇者なのに、です」
ゼルドさんが、腕を組んだまま深くため息をついた。黒い外套の襟元には、いつも通り魔王らしい金糸の刺繍がある。本人は威厳を出そうとしているのに、肩に乗った苦労が重すぎて、拠点の相談窓口にいる管理職に見えた。
「余は魔王である。守られる対象ではない。勇者に護衛される魔王など、魔王史に残すにはあまりに気まずい」
「魔王様、神様側の条件により、今回は重要保護対象です。気まずさより生存判定を優先してください」
「ベルよ。そなたは時々、余の威厳を帳簿の余白に置いてくるな」
「必要なら、あとで回収します」
ベルさんは涼しい顔で書類を整えている。サキュバス秘書という肩書きなのに、今日の色気は法務部の圧に負けていた。いや、これはこれで強い。
リュシアさんは酒場のカウンターから大きな布袋を持ってきた。中には眠り玉、小石袋改、短弓、こども杖、魔界豆の小袋が入っている。
「ちび勇者ちゃん、魔王様を守るなら、遠くから止める手段は多い方がいいわよ。ただし、食べ物を投げる前には、食べた方がいい場面かも考えなさい。満腹度って、だいたいツッコミより先に尽きるから」
「リュシアさんの助言、やさしいのに死因の匂いがする」
「経験者っぽい顔をしているわね」
「わたし、食べ物をケチって死んだことも、投げて後悔したこともあります」
「立派ね。立派な方向がかわいそうだけど」
わたしは袋の中身を一つずつ反省会テーブルへ並べた。短弓を置くと、ゼルドさんが少し身を引く。眠り玉を置くと、ネムさんが受付票を一枚増やした。
「ネムさん、なんで今増やしたの」
「眠り玉は、味方に当たると死亡受付が増えやすいので」
「事務の未来予測が暗い!」
そのとき、拠点の天井に白い窓が開いた。アドミニスが、まるで見学授業の先生みたいに笑っている。
「やあ、勇者ちゃん。魔王を守れるかな」
「神様が楽しそうなのが一番嫌。魔王を倒す勇者は管理しやすいけど、魔王を守る勇者は困る、とか言うつもりでしょ」
「先に言われると、少しだけ言いにくいな。でも、だいたい正解だよ。魔王を倒す勇者は、物語の枠に収まる。魔王を守る勇者は、世界の定義を壊す」
「その定義を最初に雑に作ったの、神様でしょ」
「うん。だから、壊されるところまで見たいんだ」
軽い声だった。けれど、窓の向こうの目だけは、死亡ログを数えていた時と同じ冷たさを持っている。
わたしは短弓を持ち上げ、弦を軽く引いた。試し撃ちのつもりで壁際の的へ向ける。ログルが言うより早く、弓から木の矢が飛び、ゼルドさんのマントの端を縫い止めた。
「......勇者よ」
「ごめんなさい。今のは、魔王討伐じゃなくて布地討伐です」
「余のマントは魔王軍備品である」
「補給庫案件です」
「ベルさん、今すぐ法務にしないで!」
矢を抜こうとして、わたしはマントに足を取られた。あ、と思った時には、眠り玉の袋を踏み抜いている。
【死亡ログ】
【累計死亡回数:211回】
【死因:魔王護衛用に並べた眠り玉を踏んだ】
【評価:準備中もダンジョンです】
白い拠点に戻ると、ネムさんが何も言わずに受付票へ判を押した。
「ネムさん、無言がつらい」
「準備中死亡は、分類上かなりよくあります」
「分類されてるのがもっとつらい!」
その後も、魔王HPバーを見て固まり、ゼルドさんが保護対象なのに前へ出て、さらに【魔王を倒すな】と書かれた看板にぶつかって、わたしは合計四回、白い受付机の前に座ることになった。
【死亡ログ】
【累計死亡回数:214回】
【死因:魔王を倒すな看板にぶつかった】
【評価:看板も盤面です】
四回目の受付を終えたあと、わたしは反省会テーブルに大きく書いた。
【魔王は敵じゃない。今回だけじゃなく、たぶん本当に】
ゼルドさんはその文字をしばらく見てから、ふっと笑った。
「勇者よ。魔王を守る道は、勇者にとって恥ではない。神が用意した勝利条件を疑えるなら、それはもう立派な反逆だ」
「反逆って言葉、ちょっとかっこいいけど、わたしの身長で言うと反抗期くらいになりません?」
「神に対する反抗期なら、十分に歴史的であろう」
アドミニスの窓は、まだ開いていた。神様は笑っている。
でも、ほんの少しだけ、笑い方が薄くなっていた。
【今回の勇者ステータス】
現在領域:【白い拠点/魔王生存ルート準備】
領域状態:裏魔王城接続前
死亡回数:214回
クラス:帰還者
一時役割:魔王護衛兼帰還者
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因学習 Lv.3】
【足元確認 Lv.5】
【未識別警戒 Lv.5】
【ミミック警戒 Lv.2】
【総合盤面確認 Lv.2】
【帰還門感知 Lv.3】
【ログ管理 Lv.2】
【監査対策 Lv.1】
【相棒防衛 Lv.1】
【一フレームの神様 Lv.1】
※表示は主要スキルのみです。下位スキル、派生スキル、過去の細かい死因スキルは、統合済みまたは内部保持されています。
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【魔王保護対象確認 Lv.1】
新規獲得:【味方HPバー警戒 Lv.1】
新規獲得:【準備中も足元確認 Lv.1】
死亡ログ追加:【魔王護衛用に並べた眠り玉を踏んだ】ほか
【登場人物紹介】
コヨリ:魔王を守る勇者という肩書きに、早くも職業欄の破綻を感じている幼女勇者。
ログル:魔王護衛の盤面確認を担当する解析神獣。相変わらず正論が痛い。
ゼルド:守られることになった苦労人魔王。威厳と保護対象欄の間で揺れている。
ベル:魔王軍秘書。保護対象、契約、補給庫規則を淡々と整理する毒舌法務枠。
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