知識神ミネルは、答えを言えない
知識神ミネルが現れた。
けれど、答えは直接言えない。
神様の職場、権限が面倒くさい。
白紙ログの保管庫の奥には、図書室があった。
棚は白く、背表紙も白く、文字だけが黒い。普通なら知識の場所は安心できそうなのに、ここでは逆だった。入口の看板には、きれいな字でこう書かれている。
【逆識別図書室】
【読めば読むほど分からなくなります】
「入る前から嫌なこと書いてある!」
「勇者様、看板が正直な分、親切です」
「正直な罠は親切じゃなくて、開き直りだよ!」
床には本のしおりが落ちていた。もちろん未識別。棚の間を、小さなゴーレムが歩いている。体がしおりでできていて、腕の先は紙を挟むための細い金具だ。
わたしは本を読まないと決めた。決めたのに、入口横の本が勝手に開いた。文字が目に飛び込んでくる。
【死亡ログ】
【累計死亡回数:百八十一回】
【死因:本を読んで逆識別された】
【評価:目に入る罠もあります】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
戻ってきたわたしは、目を細めたまま図書室へ入った。今度は本を見ない。足元を見る。ところが、しおりゴーレムがわたしの影にしおりを差し込んできた。影ごと床に挟まれ、動けなくなった。
【死亡ログ】
【累計死亡回数:百八十二回】
【死因:しおりに影を挟まれた】
【評価:読書用品も敵になります】
三回目はツッコミを小声にした。図書室だから静かにしようと思ったのが間違いだった。静粛罠が発動し、声を封じられる。声が出ないと、わたしはかなり弱い。
【死亡ログ】
【累計死亡回数:百八十三回】
【死因:静粛罠でツッコミを封じられた】
【評価:静かな勇者は危険です】
四回目、棚の奥から女神が現れた。長い銀の髪を結い、眼鏡の奥に星みたいな光を宿している。知識神ミネル。以前も助け舟を出してくれた神様だが、今日は口元に指を当てていた。
「コヨリさん。答えは渡せません」
「挨拶より先に絶望を出さないで!」
「主神権限により、直接解答は制限されています。ですが、知識は渡せます。白い棚を見てはいけません。白くない棚の影を見てください」
「暗号! 知識神のヒントが暗号!」
白い窓が天井に浮かぶ。アドミニスが、にこにことこちらを見ていた。
「ミネル、優しいね」
「未同意実験の補助はしていません。私は知識の偏りを正しているだけです」
「言い方が神様会議向けだ」
「あなたの運用が会議向けに問題だらけだからです」
「知識神がけっこう刺す!」
わたしはミネルのヒントを噛みしめた。白い棚を見るな。白くない棚の影を見る。目の前の棚は全部白い。でも、影は違う。奥の一本だけ、影が薄墨色になっている。
「ログル、あそこ」
「はい。ぼくの解析では、白い棚が正規表示です。ただ、宝石にノイズがあります」
「神様側端末だから、正規表示に引っ張られてる?」
「可能性があります」
「じゃあ、今回はわたしの勘も使う。ミネルさんの暗号と、百八十三回死んだ勘!」
わたしは本を読まず、影をたどった。逆識別司書が横から本を開こうとする。わたしは小石を投げ、開いた本のページへ挟む。しおりゴーレムが小石を挟もうとして止まり、その一手分だけ通路が空いた。
薄墨色の影の棚に手を触れる。すると、棚が裏返り、白紙ではない黒い背表紙の本が現れた。
【逆識別対策メモ】
【答えをもらわない攻略】
「メモ! やっと読んでいい本!」
「勇者様、まず表紙だけにしてください」
「分かってる。読書で死ぬのはもう十分!」
だが、油断した。本棚の横から本棚ミミックが口を開けた。
【死亡ログ】
【累計死亡回数:百八十四回】
【死因:本棚ミミックに読まれた】
【評価:本棚も呼吸確認】
五回目、ミネルの暗号を深読みしすぎて白い棚に突撃した。
【死亡ログ】
【累計死亡回数:百八十五回】
【死因:暗号を勘違いして白い棚に突撃した】
【評価:知識は落ち着いて使いましょう】
六回目、ログルの宝石にノイズが走り、わたしは一瞬だけそちらを見た。その一手遅れで、しおりゴーレムに挟まれる。
【死亡ログ】
【累計死亡回数:百八十六回】
【死因:ログルのノイズに気を取られて一手遅れた】
【評価:心配も一手を使います】
拠点に戻ると、ミネルはもういなかった。ただ、反省会テーブルに小さな紙片が残っている。
【主神は、答えそのものより、選ぶ時のログを見ています】
わたしはそれを読んで、顔をしかめた。
「答えを選ぶ時の死亡ログって、なに」
「神様は、結果だけでなく、選択過程を観測しているようです」
「知識神の不穏な言い方、心臓に悪い!」
【今回の勇者ステータス】
現在領域:【白紙ログの保管庫】
領域状態:【逆識別図書室】攻略中
死亡回数:186回
クラス:帰還者
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因学習 Lv.3】
【足元確認 Lv.5】
【未識別警戒 Lv.5】
【記録保護戦闘 Lv.1】
【一手分の戦場視界 Lv.1】
【監査獣警戒 Lv.1】
【黒幕警戒 Lv.1】
【ツッコミ語彙保護 Lv.1】
※表示は主要スキルのみです。下位スキル、派生スキル、過去の細かい死因スキルは、統合済みまたは内部保持されています。
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【逆識別対策 Lv.1】
新規獲得:【答えをもらわない攻略 Lv.1】
新規獲得:【本棚呼吸確認 Lv.1】
不穏情報:【神様は選択過程のログを見ている】
【登場人物紹介】
ミネル:知識神。答えは言えないが、暗号みたいなヒントをくれる。神様側の会議で強そう。
逆識別司書:読ませて分からなくする司書型敵。司書なのに読書体験が最悪。
しおりゴーレム:影や足を挟む読書用品モンスター。便利グッズはだいたい敵。
アドミニス:神様同士のやりとりでも笑顔。やはり信用できない。
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