戦神バルガ、監査獣にキレる
保管庫に重装の監査兵が現れた。
それは戦いというより、記録の処分だった。
戦神バルガは、そのやり方が気に入らない。
白紙ログの保管庫の空気が、急に重くなった。
棚と棚の間に、白い鎧を着た巨人が立っている。肩から下がる紙の鎖には、削除済みの札が何枚も吊られていた。盾は分厚く、表面には【同意】の文字が刻まれている。見た瞬間、わたしは後ずさった。
「ログル。あの盾、絶対ろくでもない」
「はい。接触した対象に、同意判定を付与する可能性があります」
「盾で殴られて同意したことにされるの!? 暴力と契約を混ぜるな!」
【監査重装兵】
【特性:未送信ログの強制削除】
【装備:同意盾】
監査重装兵は、わたしではなく白紙ログ棚の材料へ向かっていた。足元の紙片が踏まれるたび、文字が薄くなる。ログルの宝石が低く鳴った。
「勇者様、あれは戦闘用ではなく、処分用の監査獣です」
「処分用って言い方がもう嫌!」
盾が振られる。棚板が軋み、未送信ログの束が宙に散った。わたしは小石を投げたが、盾に当たった小石は倍の速度で跳ね返ってきた。
【死亡ログ】
【累計死亡回数:百七十五回】
【死因:同意盾の反射で自分の小石が戻った】
【評価:盾の文字を読んでから投げましょう】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
二回目、わたしは正面から行かず、棚の影を回った。ところが監査重装兵は棚ごと押してきた。白い棚板がずずずと動き、わたしはログ棚と壁の間でぺたんと挟まれた。
【死亡ログ】
【累計死亡回数:百七十六回】
【死因:ログ棚ごと押しつぶされた】
【評価:敵が大きい時は家具も敵】
三回目、わたしはバルガにもらったわけでもないのに気合いで突撃した。結果、盾の裏に隠れていた削除小鬼に足を刺され、一手遅れた。
【死亡ログ】
【累計死亡回数:百七十七回】
【死因:盾の裏の削除小鬼に刺された】
【評価:大きい敵の裏も確認】
戻ってきたわたしが「正面突破だめ、裏もだめ、じゃあ神様の顔を殴る?」とつぶやいた時、保管庫の天井が低く鳴った。
赤黒い光が落ちて、太い腕を組んだ大男が現れる。獣の皮を肩にかけ、傷だらけの槍を背負った神様。戦神バルガだ。
「小さい勇者。殴る相手を間違えるな。あれは戦いではない。弱い者の記録を消す処分だ」
「バルガさん! 戦える!?」
「余が直接潰せば、主神権限が動く。ゆえに、一手だけ貸す」
白い窓に、アドミニスが現れた。
「戦神が情に流されるのは珍しいね」
「情ではない。戦場の形をしていないものを、戦いと呼ぶなと言っている」
「厳しいなあ」
「貴様の白い獣は、敵を倒すのではなく記録を消す。剣を持つ者として、つまらん」
バルガの目がこちらへ向く。次の瞬間、わたしの視界が広がった。床のマス、盾の向き、削除小鬼の位置、罠の赤い影が一枚の戦場図みたいに重なる。
【一時付与】
【一手分の戦場視界】
「一手だけ!?」
「戦とは、一手で死ぬものだ」
「わたしの人生に刺さりすぎる!」
わたしは深呼吸した。小石は投げない。盾に当てれば戻る。なら、盾の向きを変える。床の罠は未識別。けれど、監査重装兵の足元にある赤い影は、押し出し系だ。
「ログル、左の棚板を倒す。重装兵の盾を罠へ向ける」
「はい。ただし、棚板を倒すと未送信ログが三枚落ちます」
「落ちるだけなら拾う。消えるよりまし!」
一手。
わたしは棚板を蹴った。棚が倒れ、重装兵の盾に当たる。盾の角度がずれ、足元の罠が開いた。押し出しの風が盾を横へ押し、重装兵の体勢が崩れる。
そこへログルが叫んだ。
「右後方、削除小鬼!」
「見えてる!」
わたしは小石ではなく、床の未識別ログを蹴った。ログは滑り、削除小鬼の足元で開く。中から過去の階段が飛び出し、小鬼を踏んだ。
「階段が味方になった!」
「記録の再利用です」
「普段わたしを踏むくせに!」
監査重装兵は罠に押され、白い棚の一角へはまった。棚札には【保留】と書かれている。
巨体がびくんと止まる。
【監査重装兵:保留棚へ分類】
バルガは少しだけ口角を上げた。
「弱いなりに、盤面を見た。悪くない」
「褒め方が戦神!」
「ただし、熱くなりすぎるな。熱血で突っ込めば死ぬ」
「もう死にました!」
その直後、まだ残っていた同意盾の破片を踏んだ。足元から【同意】が浮かび、監査穴が開く。
【死亡ログ】
【累計死亡回数:百七十八回】
【死因:同意盾の破片を踏んだ】
【評価:勝った後の足元確認】
【死亡ログ】
【累計死亡回数:百七十九回】
【死因:戦場視界を使う前に足元罠を踏んだ】
【評価:見る前に死なない】
【死亡ログ】
【累計死亡回数:百八十回】
【死因:熱血解釈で突撃した】
【評価:戦神の助言は冷静に聞きましょう】
拠点に戻ると、バルガはもういなかった。ただ、反省会テーブルの端に短い文字が焼きついている。
【一手で見る】
わたしはその文字を指でなぞった。
「ログル。わたし、戦神さんに弱いって言われた」
「はい」
「でも、悪くないって言われた」
「はい」
「じゃあ、ちょっとだけ悪くなくなる」
「かなり良い方針です」
【今回の勇者ステータス】
現在領域:【白紙ログの保管庫】
領域状態:監査重装兵出現区画
死亡回数:180回
クラス:帰還者
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因学習 Lv.3】
【足元確認 Lv.5】
【未識別警戒 Lv.5】
【総合盤面確認 Lv.2】
【記録保護戦闘 Lv.1】
【監査獣警戒 Lv.1】
【黒幕警戒 Lv.1】
【神様の都合では死なない Lv.1】
※表示は主要スキルのみです。下位スキル、派生スキル、過去の細かい死因スキルは、統合済みまたは内部保持されています。
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【一手分の戦場視界 Lv.1】
新規獲得:【盾の裏確認 Lv.1】
新規獲得:【勝った後の足元確認 Lv.1】
分類成功:【監査重装兵】→【保留棚】
【登場人物紹介】
バルガ:戦神。戦いではなく処分を嫌う、かなりまっとうな神様。一手だけ視界を貸してくれた。
監査重装兵:同意盾を持つ白い監査獣。盾で殴って同意扱いにしてくる悪質仕様。
削除小鬼:盾の裏に隠れる小型敵。小さいが刺さる場所が嫌。
アドミニス:バルガの介入を笑って見ていた主神。止めないあたりがまた怖い。
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