幕間 死にまくった週のことは、あまり思い出したくない
第3章に入る前に、少し振り返ります。
振り返りたくないけど、振り返ります。
死因が多すぎるので。
死因図鑑室に、新しいカードが増えた。
増えた、なんてものじゃない。
壁が、埋まった。
わたしはその壁の前に立って、腕を組んで、しばらく黙っていた。
「......ログル」
「はい」
「これ、全部わたし?」
「はい」
「全部、死んだ?」
「はい」
「何回?」
「現在、死亡回数は十七回です」
十七。
じゅうしち。
一週間ちょっとで、十四回も死んだ。
「多くない?」
「平均よりやや多いです」
「平均って何回なの」
「神様の基準では、三十回未満は成長期に含まれます」
「三十回!? 成長期に三十回も死ぬの!? 育て方まちがえてるよ!」
ログルは淡々と、死因図鑑室のカードを前足で示した。
「整理しましょうか」
「したくない」
「勇者様が整理しないと、カードが床に落ちます」
「......する」
カードの四番目から十七番目まで。
見せるには地味すぎたり、情けなさすぎたり、神様への苦情だけで一話終わりそうだったりした死因たち。
これが、わたしの「死にまくった週」の全記録だ。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
四回目。
「毒キノコ、だいじょうぶそう! って食べたやつ」
ログルが静かに言う。「未識別のキノコは、食べないでください」
「だって形が普通のキノコだったんだもん!」
「普通に見えるものほど危険と、二話前に学んでいます」
「体感で学べなかった!」
「消化管から学べました」
「もっと優しく言って!」
【死因4:未識別キノコの経口摂取】
【評価:食べてから識別するのは本末転倒です】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
五回目。
「川を渡ろうとしたら、川が渡ってきた」
「川は動きません」とログル。
「動いたんだよ! 川に見えた巨大スライムが!」
「スライム型の川は、この世界では珍しくありません」
「珍しくないなら先に言って!」
「次のシードから言います」
「遅い! 死んでから言っても遅い!」
【死因5:川型スライムへの自主接近】
【評価:濡れた地面が動いている場合は川ではありません】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
六回目。
「空から落ちてきた魚」
これだけ言うと、ログルは少し間を置いた。
「......あれは、予測困難でした」
「ログルが謝ってる! 珍しい!」
「空中移動型のフライングフィッシュが、ちょうど勇者様の頭上を通過しました」
「魚に頭を踏まれて死ぬの!? 勇者として恥ずかしい!」
「死因図鑑のカード名は、『空からの魚』にしています」
「カッコよくしてくれ!」
【死因6:フライングフィッシュ通過時の落下衝撃】
【評価:空も、警戒範囲に含めてください】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
七回目。
「夜、村の外へ出た」
「なぜ出たのですか」とログルが聞く。
「トイレ」
「......」
「異世界にもトイレはあるよ!? 生理現象は仕様書の外!」
「夜間の村外には、夜行性の敵が出ます」
「知ってたら出なかった!」
「村の中にも、トイレに相当する設備はありました」
「え」
「井戸の裏です」
「井戸の裏!? 村長の家で聞けばよかった!?」
【死因7:夜間村外の夜行性モンスターとの遭遇】
【評価:次回は村長に設備確認を推奨します】
これが一番、後から考えたら防げた死だった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
八回目から十一回目は、まとめて言う。
「初心者向け訓練倉庫に四回連続で挑んで、四回全部途中で死んだ」
「倉庫の攻略ではなく、倉庫に慣れる練習と考えれば」とログル。
「四回も練習に使うな! ゲームで同じ中ボスに四回負けたら、攻略サイト見るやつ!」
「攻略サイトは、ありません」
「じゃあ死因図鑑室がそれになれ!」
「なっています。四回分、ちゃんとあります」
「そういうことじゃない!」
【死因8〜11:訓練倉庫内でのミミック・罠・舌型モンスター・出口手前での油断による死亡】
【評価:四回目は出口三歩手前でした。惜しかったです】
「惜しいって言うな! 悔しくなる!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
十二回目。
「倉庫をクリアした次のシードで、村の入口の看板に頭をぶつけた」
静寂。
「ログル、何か言って」
「......」
「何か言って」
「着地点は、常に確認してください」
「落下地点に看板があるの、完全に神様のせいでしょ!」
【死因12:初期着地点への看板の不法設置による衝突死】
【評価:神様への抗議を受理しました(対応未定)】
「対応未定!? 一生対応しない意味じゃん!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
十三回目から十六回目は、食べ物だった。
「毒草、爆発草、苦い実、匂いが怪しい肉」
「すべて未識別品です」とログル。
「お腹が空いてたんだよ! 食料がなかったから!」
「食料不足は、このシードの特性です」
「特性!? 飢えさせる世界の設計者、誰!?」
「神様です」
「神様ァ! 満腹度くらい最初から管理させて!」
「管理する機能は、まだ解放されていません」
「解放されてないのに腹は減るの!? バグじゃん!」
【死因13〜16:食料不足シードにおける未識別食材の連続誤食】
【評価:識別前に食べると死にます。一回で学んでください】
「一回で学べなかったから四回死んだんだよ!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
そして、十七回目。
わたしは、このカードだけ見ると、少し黙る。
【死因17:森の中で、ひとりで泣いていたら暗くなっていた】
「......これ、死因と言えるか微妙だよ」
「該当シードで、暗くなった後に夜行性モンスターに遭遇したため、死亡扱いにしています」
「でも、泣いてた理由は」
「聞きませんか?」
わたしはちょっと迷って、それから言った。
「カイが、そのシードでわたしのこと覚えてなかった。当たり前なのに。ずっと覚えてないのに。なんか、その日だけ、すごく嫌だった」
ログルは何も言わなかった。
ただ、わたしの足元に、静かに座った。
「......ログルだけが、覚えてくれてるんだよね」
「はい。わたしは、勇者様が経験したことを、すべて記録しています」
「それって、覚えてるってこと?」
「記録と記憶は、少し違います。でも」
ログルの額の宝石が、薄く光った。
「勇者様が笑ったことも、泣いたことも、叫んだことも。全部、データとして残っています。消えません」
わたしは鼻をすすった。
泣かない。もう泣かない。十七回死んで、泣いたのはあの一回だけだから、そこは守る。
「よし」
壁の【帰る】を見る。
「十七回分、学んだ。毒キノコは食べない。川が動いたらスライム。空も見る。夜は出ない。お腹が空いても未識別は食べない。看板に頭をぶつけない」
「看板だけ、やや特殊です」
「特殊な死因が増えるのがこの世界の標準なんだよ!」
わたしは死因図鑑室を出た。
椅子に座る。壁の【帰る】を見る。成功ログ棚の、まだ少ない札を見る。
「次のシード。食料が足りないやつ、また来る?」
「高確率で来ます。このあたりのシードは食料管理が課題です」
「じゃあ、次は食料を先に確保する。採取より前に、食べられるものを鑑定する」
「賢明です」
「勇者じゃなくてサバイバーになってる気がするけど」
「生き延びることが、攻略の基本です」
そうだ。生き延びる。
帰るために、生き延びる。
十七回死んで、ようやくそれが、頭じゃなくて体でわかってきた。
「ログル、次のシードの食料状況、事前に読める?」
「ある程度は。シード差分から、植生と食料密度を推測できます」
「じゃあ、次に行く前に教えて。死ぬ前に、準備する」
「了解しました」
ログルの尻尾が、一回だけ揺れた。
「勇者様。少し、強くなりましたね」
「十七回死んで、やっと?」
「十七回で気づける人は、意外と少ないです」
「神様の基準、やっぱりおかしい!」
でも、わたしは少しだけ笑っていた。
【今回の勇者ステータス】
クラス:勇者(罠師適性:発現)
保有スキル:【恐怖耐性 Lv.1】【黒狼の爪筋回避 Lv.1】【死ぬ前に一言ツッコむ】【足元確認 Lv.1】【小型敵警戒 Lv.1】【転び慣れ Lv.1】【ミミック警戒 Lv.1】【罠の匂い Lv.1】【未識別仮名づけ】【投げ識別】【床ぺた確認】【夜間警戒 Lv.1】【空中警戒 Lv.1】【食材識別(仮)】
死亡回数:17
拠点施設:【椅子】【死因メモ】【死因図鑑室】【鑑定机】【成功ログ棚】
【登場人物紹介】
・勇者コヨリ……十七回死にました。うち一回は看板です。成長しています。たぶん。
・解析神獣ログル……全記録保存中。「記録と記憶は少し違う」と言いながら、ちゃんと覚えています。そういうところが、ずるいです。
・死因図鑑室……壁が埋まりました。次の壁、そろそろ必要かもしれません。
コヨリの十七回分の死に覚えを見届けてくださった方、ありがとうございます!
ブックマーク登録・評価・コメント・レビューで応援いただけると、次の死因を考える励みになります!(コヨリが死ぬたびに更新します)




