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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第18章 白紙ログの保管庫――支給品じゃない相棒

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ログル、報告書を白く塗る

表の出口でも、裏の出口でも、神様の目はついてくる。

ログルが初めて、報告書を白く塗った。

それは小さな反抗で、かなり大きな地雷だった。



 白い拠点の反省会テーブルに、十枚近い報告書が並んでいた。

 どの紙も、見た目だけはきれいだった。角はそろい、文字は読みやすく、神様側の書類らしく余白まで無駄に白い。けれど、書かれている内容はだいたいひどい。


【勇者コヨリ、裏九十九階にて死亡】

【主な死因:宝箱、階段、出口】

【補足:出口も呼吸していました】


 わたしは椅子の上で膝を抱え、しばらく紙をにらんでいた。

「ログル。神様に送る報告書、恥ずかしいところだけ残ってない?」

「はい。恥ずかしい情報は、神様側の興味をそらす効果が高いと判断しました」

「わたしの尊厳を煙幕に使わないで! 宝箱、階段、出口に噛まれた勇者です、以上、みたいな報告されたら、神様会議で変なあだ名がつくでしょ!」

「すでに、階段前欲張り勇者という非公式タグが観測されています」

「消して! そこを白く塗って!」


 ログルは前足で報告書の一部を押さえた。額の赤い宝石から細い光が伸び、文字の上をなぞる。すると、【本出口座標片:取得】【帰還意思:更新】【解析神獣ログル:帰還対象候補】という行が、雪をかぶったみたいに白く消えていった。

 消えた、というより、見えなくなった。紙の奥にはまだそこにある。そういう気配だけが、妙に残る。


「ログル、それ、改ざんじゃない?」

「保護処理です」

「言い方を変えても、やってることはたぶん改ざんだよ」

「勇者様を守るための改ざんですので、倫理的には複雑です」

「複雑って便利な言葉だね!」


 ネムさんは受付机から椅子を持ってきて、静かにお茶を置いた。黒いパーカーの袖が湯気をかすめる。

「死亡受付側としては、本人の同意なく死亡ログを世界種育成に使用するのは、事務的にかなり黒いです。改ざんの前に、そもそもの運用が雑です」

「ネムさん、もっと言って!」

「ただし、私の勤務評価に響くので小声で言います」

「死神さんの立場がつらい!」


 酒場の方からは、リュシアさんが帳簿を抱えてやってきた。赤みのある髪をゆるく結び、片手に小さな酒瓶、もう片手に古い棚板を持っている。酒神なのに、今日は職人みたいな顔をしていた。

「ちび勇者ちゃん。見られて困る書類は、棚の裏にもう一枚棚を作るのよ」

「その知恵、酒場経営のどこから出てきたの!?」

「大人には、表に出さない伝票があるの」

「教育に悪いけど、今だけ頼もしい!」


 さらに魔王ゼルドと秘書ベルまで現れた。ゼルドは黒いマントの裾を踏まないよう、妙に慎重に椅子へ座る。ベルはすでに契約書を三束持っていた。

「勇者よ、魔王軍にも監査はある。だが、監査を作る者もまた面倒を嫌う。つまり、抜け道はある」

「魔王さんが事務の抜け道を語るの、妙に説得力ある」

「余は魔王であって、書類処理の被害者でもある」

「魔王軍、思ったより会社っぽい!」


 その瞬間、天井に白い窓が開いた。

 にこにことした顔が、当然のようにこちらを見下ろしている。アドミニスだ。

「楽しそうだね。勇者ちゃんの死亡ログを囲んで、拠点のみんなで会議か。いいなあ、そういうの。拠点が育っている感じがする」

 その声は軽い。けれど、最近はその軽さの底に、冷たい石の床みたいなものが見える。


「神様、覗くな! あと、わたしの死因を成長観察日記にするな!」

「死亡ログは水路みたいなものなんだよ。勇者ちゃんが死んで、覚えて、怒って、帰りたいと願う。その流れが拠点に注がれて、世界種を育てる。だからログルが水路を勝手に白く塗ると、僕としては困る」

「わたしを水やり装置にするなああああああああああ!」


 ログルがわたしの前へ出た。

「主神アドミニス。本出口座標片と勇者様の帰還意思更新は、現時点で報告すれば妨害対象になります」

「妨害じゃないよ。管理だよ」

「勇者様に同意を取っていません」

「最初から全部説明したら、勇者ちゃんは来なかっただろう?」

「来ないよ! 千回死ぬ予定の検証に参加しますか、なんて言われて、はいって言う子供がいたら心配するよ!」


 アドミニスは、少しだけ目を細めた。

「だから、言わなかった。説明不足は悪いことだけど、世界が滅びる可能性よりは軽い」

 その一言で、テーブルの周りが静かになった。

 ネムさんの指が湯のみのふちで止まり、ベルの契約書をめくる音も消える。ゼルドは眉を寄せ、リュシアさんは酒瓶をテーブルに置いた。


「神様。世界を救いたいなら、ちゃんと頼んで」

「頼んだら、きみは断る」

「断るよ。わたしの命だもん」

「だから、勇者ちゃんはいい勇者なんだ」

「その褒め方、本当に嫌い!」


 アドミニスの窓から白いしずくが落ちた。修正液みたいなそれは、報告書の端に触れ、文字をじわじわ溶かしながらテーブルを這う。

「勇者様、離れてください。神様側の修正液です」

「修正液に神様側とかあるの!?」


 逃げようとした時、白い液がわたしの名前に触れた。紙の上の【コヨリ】が薄くなり、次の瞬間、胸の奥がすうっと空っぽになる。


【死亡ログ】

【累計死亡回数:百六十一回】

【死因:修正液に名前を白く塗られた】

【評価:書類作業でも死にます】


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 戻ってきたわたしは、泣きそうな顔で自分の名前を三回書いた。

「天野こより。コヨリ。勇者コヨリ。よし、戻った。ログル、名前が消えるの、宝箱より怖い」

「はい。存在識別の消去に近い処理でした」

「さらっと怖い説明を足さないで」


 今度は【復元の巻物】っぽい未識別巻物を読んだ。結果は【削除の巻物】で、報告書だけでなく椅子の脚まで消えた。椅子が傾き、わたしは床へ落ちた先で、待ち構えていた監査椅子ミミックに座られた。


【死亡ログ】

【累計死亡回数:百六十二回】

【死因:復元だと思って削除を読んだ】

【評価:未識別巻物を事務作業で読むな】


【死亡ログ】

【累計死亡回数:百六十三回】

【死因:拠点の椅子を信用した】

【評価:初心を忘れない死亡】


 ネムさんが淡々と判を押す。リュシアさんは椅子を遠くへ片づけ、ゼルドは「余も座る前に確認しよう」と真顔で言った。

 そして白く塗られた報告書の下から、黒い扉のようなものが浮かび上がる。


【新領域解放】

【白紙ログの保管庫】

【未送信ログを回収してください】


「神様に送らなかったログを取りに行く入口を、神様側の罠で出してくるの怖すぎない?」

「罠の可能性は高いです」

 天井から、アドミニスが笑った。

「罠だよ」

「せめて隠せええええええええええ!」

【今回の勇者ステータス】

現在領域:【白紙ログの保管庫】入口解放

領域状態:神域固定ダンジョン/裏九十九階派生領域

死亡回数:163回

クラス:帰還者

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション


【獲得済み主要スキル】

【死因学習 Lv.3】

【足元確認 Lv.5】

【未識別警戒 Lv.5】

【ミミック警戒 Lv.2】

【総合盤面確認 Lv.2】

【帰還門感知 Lv.3】

【黒幕警戒 Lv.1】

【神様の都合では死なない Lv.1】


※表示は主要スキルのみです。下位スキル、派生スキル、過去の細かい死因スキルは、統合済みまたは内部保持されています。


【今回の新規獲得・更新】

新規獲得:【書類も罠 Lv.1】

新規獲得:【未識別巻物は事務でも敵 Lv.1】

新規獲得:【椅子確認 Lv.1】

新領域解放:【白紙ログの保管庫】


【登場人物紹介】

コヨリ:百六十回を超えても、まだ書類と椅子で死ぬ幼女勇者。事務作業に安全地帯はない。

ログル:報告書を白く塗った解析神獣。本人は保護処理と言い張るが、神様から見るとかなり改ざん。

アドミニス:笑顔で死亡ログを水路扱いする主神。黒幕感がだいぶ表に出てきた。

ネム:死亡受付の死神。事務的に神様へ刺すが、勤務評価は気にしている。

リュシア:酒神。見られたくない棚の知識が妙に実用的。

ゼルド&ベル:魔王と秘書。神様監査に対抗する事務の抜け道担当。


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