帰る。でも、置いていかない
本出口番ミミックから、座標片を奪う。
死んでも、持ち帰れば勝ち。
でも、保存したいのは命だった。
出口番ミミック攻略会議。
反省会テーブルの中央に、出口番ミミックの絵が置かれていた。わたしが描いた。扉に歯が生えている絵だ。かなり上手い。上手くなりたくなかった。
「ログル、確認。出口番ミミックは、本出口に擬態する。扉、階段、宝箱、帰還門、たぶん全部に化ける。呼吸する。識別済みの吹き飛ばしの杖・裏で跳ね返る。ノックしてもだめ。触る前に噛みに来る。ここまで合ってる?」
「はい。かなり正確です。付け加えるなら、口の奥に本出口座標片の反応があります」
「なんで大事なもの全部口の中にあるの!」
ネムさんが、お茶を置いてくれた。
「出口に噛まれた方用のお茶です」
「専用茶があるの!?」
「今作りました」
「わたし専用じゃん!」
白い窓は開いていない。でも、アドミニスが見ている気配はある。わたしは、わざと天井を見上げた。
「神様、聞いてる? わたし、次は座標片を取るから。あと、できれば噛まれないから。さらに言うと、ログルを置いていく気もないから」
返事はない。けれど、どこかで笑った気がした。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
裏九十九階の奥。本出口の部屋。
前回と同じ扉が、中央に立っていた。木の扉。銀色のノブ。元の世界の家に似た形。そして、呼吸している。
「確認」
「呼吸しています」
「敵」
「はい」
「よし」
今回は、いきなり近づかない。まず、部屋の入口に身代わりぬいぐるみを置く。次に、扉の前へ小石を転がす。扉が口を開く前に、眠り玉を投げる。
一手。
眠り玉が扉の足元で割れる。白い煙が広がった。扉は動かない。
「眠った?」
「いえ、扉なので睡眠判定がありません」
「扉なのに口はあるの!? 判定が都合悪い!」
扉が開く。中の口が、ゆっくり笑った。
部屋の壁に、白い窓が開く。アドミニスがいる。
「さあ、どうする?」
「実況するな!」
「今回は、かなりいい手持ちだね」
「神様が褒めると罠に見える!」
「罠だよ」
「言うな!」
出口番ミミックの舌が伸びる。わたしは、吹き飛ばしの杖を構えた。ただし、扉には撃たない。狙うのは、横の壁。
一手。
杖の光が壁に当たる。壁が一マスだけ押し出され、出口番ミミックの舌がその壁に絡まった。
「よし!」
「舌、固定されました」
「扉なのに舌があるの納得いかない!」
次に、保存壺を置く。空きは一つ。中に入れたいのは、本出口の座標片。
「ログル、見える?」
「扉の奥、白い光があります。座標片の可能性が高いです。ただし、口の中です」
「嫌すぎる!」
出口番ミミックが舌を引き抜こうとする。壁がぎしぎし鳴った。次の一手で、たぶん舌が外れる。その前に、座標片を取る。
わたしは小石袋改から、白銀の帰還ピンを取り出した。表九十九階で持ち帰った、小さなピン。投げると、帰還因子に反応する。
「投げる」
「遠投の腕輪は装備していません。なお、裏で拾った腕輪はすべて未識別なので、今回は装備しない判断が正解です。投擲先は口の奥です」
「確認ありがとう! 口の奥って言われると心が折れそうだけど!」
一手。
白銀の帰還ピンが、出口番ミミックの口の中へ飛ぶ。白い光に触れた瞬間、細い糸のようなものがピンに絡んだ。
「引く!」
「はい!」
出口番ミミックが暴れる。舌を固定していた壁が砕ける。
「来る!」
「右へ」
「右、罠!」
「左へ」
「左、舌!」
「後ろへ」
「身代わりぬいぐるみ!」
わたしは後ろへ跳んだ。出口番ミミックの口が迫る。その瞬間、身代わりぬいぐるみがぱくりと噛まれた。
「ごめん、ぬいぐるみ!」
「役目を果たしました」
「あとで供養する!」
白銀の帰還ピンが、口の中から飛び出す。そこに、小さな光の欠片が絡んでいた。
【本出口座標片:取得】
「取れた!」
「取れました!」
「噛まれてない!」
「まだです」
出口番ミミックが、今度は扉ごと走ってきた。
「出口が走るなああああああああ!」
わたしは保存壺を開けた。座標片を放り込む。
一手。
保存壺が光る。座標片が登録される。その直後、出口番ミミックがわたしを噛んだ。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
【死亡ログ】
【累計死亡回数:百五十七回】
【死因:座標片を保存壺に入れた直後、出口番ミミックに噛まれた】
【評価:保存したいのは命でした】
【持ち帰り成功:本出口座標片】
【新規獲得:座標片は先に保存 Lv.1】
【死亡ログ】
【累計死亡回数:百五十八回】
【死因:二個目の座標片を欲張って、保存壺ごと噛まれた】
【評価:一個持ち帰れば勝ちです】
【新規獲得:一個で帰ろう Lv.1】
【死亡ログ】
【累計死亡回数:百五十九回】
【死因:ぬいぐるみを供養する前に再挑戦して、罪悪感で一手遅れた】
【評価:供養は大事です】
【死亡ログ】
【累計死亡回数:百六十回】
【死因:出口番ミミックに噛まれながら、本出口座標片を拠点登録した】
【評価:死亡しましたが、攻略は進行しました】
【拠点登録:本出口座標片】
白い拠点に戻ったわたしは、保存壺を抱きしめた。
「百六十回......百六十回まで来た......。ログル、取れた?」
「はい。本出口座標片、拠点登録済みです」
「死んだけど勝った?」
「はい。かなり死にましたが、勝ちです」
「その言い方、今回は好き!」
保存壺から取り出した座標片は、小さな白い光の欠片だった。手のひらに乗るくらいの大きさで、触ると少しだけ温かい。光の中に、見覚えのあるものが映る。机。カーテン。窓。床に置きっぱなしのゲーム機。元の世界の、わたしの部屋。
「......ログル。見える」
「はい。帰還座標の一部だと思われます」
胸の奥が、ぎゅっとなった。
帰りたい。何回死んでも、どれだけ拠点が育っても、神様が黒幕っぽくても、出口が噛んできても、それだけは変わらない。
でも、わたしはログルを見た。死因図鑑室を見た。反省会テーブルを見た。ネムさんの受付机を見た。最初は椅子だけだった。今は、こんなに増えた。
「ログル。わたし、帰りたい。でも、ここも消したくない。ログルも置いていきたくない」
「......はい」
白い窓が開いた。アドミニスが現れる。今回は、拍手しなかった。
「本出口座標片、取得おめでとう。百六十回でここまで来た。やっぱり、きみは想定を少しずつ外してくる」
「褒めなくていい。神様、ログルも連れて帰る方法はある?」
「可能性はあるよ。ただし、ログルは神様側の端末ではいられない」
「じゃあ、やめればいい」
「簡単に言うね」
「簡単じゃないのは分かってる。でも、やる」
アドミニスは、しばらく黙った。そして、空中に文字を出した。
【警告】
【解析神獣ログル:帰還対象候補化】
【神様側支給端末規約に違反】
【監査段階:上昇】
「規約! ログルを規約で縛るな!」
「縛っていたんだよ、最初から」
ログルの体が、わたしの腕の中で少し固くなる。
「勇者ちゃん。百六十回は、まだ入口だよ。千回まで、きみの願いが変わらないか楽しみにしている」
「楽しみにするな」
「無理だよ。僕は神様だからね」
窓が消えた。
わたしは炭を持ち、いつもの壁の前に立った。
【帰る】
その下に、大きく書き足す。
【でも、置いていかない】
書き終わった瞬間、拠点の床が淡く光った。
【帰還意思:更新】
【本出口座標:再計算】
【拠点接続:維持】
【解析神獣ログル:帰還対象候補】
「ログル、候補だって。候補から確定にしよう」
「勇者様。かなり難しいと思います。かなり死ぬと思います。神様に、かなり怒られると思います」
「それでも」
わたしはログルを抱き上げた。
「帰る。でも、置いていかない」
ログルは、額の宝石をわたしの頬にそっと当てた。
「はい。ぼくの勇者」
「それ、急に言うのずるい!」
「表示ではなく、口で言いました」
「余計ずるい!」
拠点は、もう椅子だけじゃない。帰る場所は、一つじゃなくなった。だから、出口は揺れている。でも、揺れていてもいい。わたしが、決める。
【登場人物紹介】
コヨリ:出口番ミミックから本出口座標片を奪い、百六十回目の死亡まで到達した勇者。帰るだけでなく、置いていかないと決める。
ログル:本出口座標片の取得と拠点登録を支える解析神獣。ついに帰還対象候補として表示され、コヨリの相棒として一歩踏み込む。
ネム:出口に噛まれた方用のお茶を作る死亡受付担当。増え続ける変な死因にも、事務と気遣いで対応する。
アドミニス:ログルを神様側の端末規約で縛っていたと明かす主神。百六十回を入口と言い、千回まで願いが変わらないか見ている。
出口番ミミック:本出口座標片を口の奥に隠す番人。噛まれても座標片を登録できれば、今回はコヨリの半勝利。
【今回の勇者ステータス】
現在領域:【帰還門・裏九十九階】
領域状態:神域固定ダンジョン/本出口座標片登録済み
死亡回数:160回
クラス:帰還者
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因学習 Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別警戒 Lv.5】【ミミック警戒 Lv.2】【総合盤面確認 Lv.2】【帰還門感知 Lv.3】【黒幕警戒 Lv.1】【神様の都合では死なない Lv.1】
※表示は主要スキルのみです。下位スキル、派生スキル、過去の細かい死因スキルは、統合済みまたは内部保持されています。
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【座標片は先に保存 Lv.1】【一個で帰ろう Lv.1】【置いていかない帰還意思 Lv.1】
拠点登録:【本出口座標片】
ログル状態:【帰還対象候補】
死亡回数:156回→160回
【帰還門情報】
表九十九階:攻略済み
裏九十九階:接続中
本出口:存在確認済み
本出口座標片:一部取得
次の目的:ログルを含む帰還対象の確定
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