出口まで呼吸するな
本当の出口が見えた。
ただし、呼吸していた。
コヨリ、出口にも噛まれます。
裏帰還路の地図が完成した瞬間、拠点の空気が変わった。白い床の下を、細い光の線が走る。死因図鑑室、鑑定机、思い出ログ棚、帰還門建設予定地。その全部が、黒い地図の一点へ向かって細くつながっていく。
【本出口:表示】
【現在位置:裏九十九階深層】
【条件:帰還意思、現在座標、記憶濃度、縁接続により変動】
「出口が変動してる。ログル、出口って普通、動かないよね」
「はい。通常の出口は、移動しません」
「階段も普通は逃げないし、床も普通は食べない。普通が恋しい!」
地図の中央に、小さな光点があった。それは、じっとしていない。ゆっくり動いている。
「勇者様。本出口は、勇者様の帰還意思に反応しているようです」
「わたしのせい?」
「正確には、帰りたい場所が一つに定まっていないため、座標が揺れています」
「帰りたい場所は元の世界だよ。でも、拠点も消したくない。ログルも置いていきたくない。ネムさんも、リュシアさんも、魔王さんも、ベルさんも、思い出ログも、死因図鑑室も、白紙ログ棚も......そっか」
わたしは地図を見た。帰りたい。それは嘘じゃない。でも、帰るという言葉の中身が、最初と変わってしまった。最初は、元の世界に戻ることだけだった。今は、置いていきたくないものが増えている。
「勇者様。それは、帰還意思が弱くなったわけではありません」
「そうなの?」
「帰る場所が増えたのだと思います」
ログルの声は静かだった。
そのとき、白い窓が開いた。
「いいね。その迷いは大事だよ、勇者ちゃん」
「覗くな」
「帰還座標は、帰りたい場所だけじゃ決まらない。置いていけないものでも揺れる」
「知ってたなら最初から言って!」
「最初に言ったら、きみは拠点を育てようとしなかった」
「またそれ!」
アドミニスは地図を見下ろした。
「本出口が動いている。いい兆候だ。固定された出口は、ただの脱出路だ。でも、揺れる出口は世界を選べる」
「分かりにくい! つまり、ログルを連れて帰る出口もある?」
「可能性はあるよ」
「保証は?」
「してないね」
「神様ァ! そろそろ保証を覚えて!」
アドミニスは、にこりと笑った。
「勇者ちゃん。僕はね、きみが何を選ぶか知りたいんだ。元の世界だけを選ぶのか。拠点も選ぶのか。ログルも選ぶのか。選んだ結果、どんな死亡ログになるのか」
「最後が最悪!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
本出口は、裏九十九階の奥にあった。そこは小さな部屋だった。壁も床も、今までより少し暗い。白と黒が混ざったような色で、足音がやけに遠くへ響く。
部屋の中央に、扉がある。
木の扉だった。わたしの元の世界の家にあるような、何でもない扉。銀色のノブ。少しだけ擦れた下の角。手を伸ばせば、開けられそうな高さ。
心臓が、跳ねた。
「......家の扉」
「勇者様」
「ログル、これ」
「呼吸しています」
わたしは止まった。
扉が、ほんの少し上下している。木目の隙間から、白い息が漏れている。
「出口まで呼吸してるうううううううう!」
「擬態の可能性が高いです」
「可能性じゃなくて敵じゃん!」
扉の上に、文字が浮かんだ。
【本出口】
【触れてください】
「触れない!」
「勇者様、正しいです」
「でも、触れないと進めない!」
「裏九十九階ですので」
「神様ァ!」
部屋の奥に、アドミニスの声が響いた。
「触れてみなよ、勇者ちゃん。本物かもしれないよ」
「神様がそう言う時は偽物!」
「成長したね」
わたしは小石を握った。小石を投げる。一手。小石は扉の前に落ちた。扉は動かない。もう一つ投げる。一手。小石がノブに当たった。
次の瞬間、扉が開いた。中は、口だった。
「やっぱりいいいいいいいいいい!」
扉の口が長い舌を伸ばす。わたしは横へ跳んだ。床に赤いマス目が走る。
「右!」
「罠です!」
「左!」
「舌の射程です!」
「後ろ!」
「入口が閉じました!」
「選択肢がない!」
アドミニスの声が、楽しそうに響く。
「さあ、勇者ちゃん。出口を疑えた。じゃあ次は、疑った出口をどう攻略する?」
「見てないでヒント出せ!」
「ヒントは出しているよ。百五十三回分の死亡ログに」
扉の口が迫る。わたしは吹き飛ばしの杖を構えた。
一手。
杖の光が扉に当たる。扉は後ろへ吹き飛ばされる。しかし、壁に当たった瞬間、扉が跳ね返った。
「扉が跳ね返るな!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
【死亡ログ】
【累計死亡回数:百五十四回】
【死因:出口だと思って触る前に、出口から噛みに来た】
【評価:本出口にも呼吸確認】
【新規獲得:出口呼吸確認 Lv.1】
【死亡ログ】
【累計死亡回数:百五十五回】
【死因:出口番ミミックを吹き飛ばしたら、壁で跳ね返って戻ってきた】
【評価:扉にも跳ね返りがあります】
【新規獲得:扉跳ね返り警戒 Lv.1】
【死亡ログ】
【累計死亡回数:百五十六回】
【死因:本物の扉か確認するためにノックしたら、返事の代わりに噛まれた】
【評価:ノック確認は無効です】
白い拠点に戻ったわたしは、しばらく黙っていた。ログルも黙っていた。
「ネムさん。出口に噛まれた人、前にいた?」
「記録上、コヨリさんが初です」
「初称号いらない」
天井から、アドミニスの声が降ってくる。
「おめでとう、勇者ちゃん。本出口の番人を確認したね」
「噛まれたんだけど!」
「確認できた」
「噛まれたんだけど!」
「次は、噛まれずに触れればいい」
「簡単に言うな!」
わたしは反省会テーブルに大きく書いた。
【出口も呼吸確認】
「帰る道、信用できないもの多すぎ」
「それでも、進みますか」
「進む。だって、帰りたい。でも、もう一人では帰りたくない」
【登場人物紹介】
コヨリ:本出口に似た扉を見つけるが、呼吸確認で敵だと見抜く勇者。出口に噛まれても、帰る意思は折れない。
ログル:本出口の呼吸確認、床罠、舌の射程を解析する相棒。コヨリが一人では帰りたくないと気づく場面を支える。
ネム:出口に噛まれた前例がないことを告げる死神。コヨリの死因は、受付側にも新規ケースを増やしている。
アドミニス:本出口番の確認を成果として扱う主神。噛まれた事実より、確認できたログを重視する。
出口番ミミック:本出口に擬態する扉型の番人。呼吸し、舌を伸ばし、跳ね返り、ノックにも噛みつく。
【今回の勇者ステータス】
現在領域:【帰還門・裏九十九階】
領域状態:神域固定ダンジョン/本出口番確認
死亡回数:156回
クラス:帰還者
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因学習 Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別警戒 Lv.5】【ミミック警戒 Lv.2】【総合盤面確認 Lv.2】【帰還門感知 Lv.3】【倒さない判断 Lv.1】【黒幕警戒 Lv.1】
※表示は主要スキルのみです。下位スキル、派生スキル、過去の細かい死因スキルは、統合済みまたは内部保持されています。
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【出口呼吸確認 Lv.1】【扉跳ね返り警戒 Lv.1】
新規情報:【本出口番:出口番ミミック】
死亡回数:153回→156回
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