開けないと進めない宝箱
宝箱は信用できない。
でも、開けないと進めない。
神様の性格が、いよいよ悪い。
裏九十九階、五回目の挑戦。わたしは黒い階段の前で、両手を合わせた。
「宝箱が出ませんように。階段が踏んできませんように。床に歯が生えませんように。壁が呼吸しませんように。神様が褒めませんように」
「勇者様、祈りの対象がだいぶ具体的ですね」
「祈りってそういうものだよ。神様には届かなくていいけど」
「届いてるよー」
天井の白い窓に、アドミニスの顔が映った。
「帰れ!」
「神様に帰れって、なかなかいい台詞だね」
「メモするな! あと、わたしの祈りを盗み聞きしないで!」
「盗み聞きじゃないよ。観測だよ」
「言い換えれば許されると思うな!」
アドミニスは、わたしの反応を本当に楽しそうに見ている。昔はただ軽い神様だと思っていた。でも今は違う。この神様は、わたしが怒るのを待っている。死ぬのを待っている。それを見て、何かを数えている。
「勇者様。今回は、前回までの死亡地点を避けて進みましょう。床、壁、階段の呼吸確認を優先します」
「うん。宝箱が出たら帰る」
「帰路が閉じる可能性があります」
「出る前から分かる嫌な予感!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
二度目の裏九十九階は、細い通路から始まった。壁は白い。床も白い。前回と違って、階段は見えない。代わりに、通路の先に小さな部屋がある。部屋の中央には、宝箱があった。
わたしは入口で止まった。
「帰る」
「勇者様、早いです」
「宝箱がいる。帰る」
「今回は、扉が閉じました」
「閉じるな!」
後ろを見ると、通ってきたはずの通路が白い壁になっていた。神様の窓が、壁の高いところに浮かぶ。
「勇者ちゃん、今回は宝箱チュートリアルだよ」
「チュートリアルに宝箱を使うな!」
「だって、苦手でしょ?」
「苦手にしたのはそっち!」
部屋の中央の宝箱は、前回の階段横ミミックより小さい。金具はぴかぴかで、いかにも安全そうに見える。だからこそ、嫌だった。
「ログル。呼吸」
「しています。ただし、箱の中に地図片反応があります」
「敵なのに重要アイテム持ってる! こういう配置、ゲームでも一番嫌われるやつ!」
「裏九十九階らしい配置です」
「性格が悪い!」
宝箱の奥には扉がある。扉には文字が浮かんでいた。
【宝箱を開けると、次の扉が開きます】
「開けたら死ぬ。開けなかったら進めない。これ、勇者じゃなくて被害者じゃん!」
「そこで考えるんだよ、勇者ちゃん。百四十一回分、無駄じゃないって証明してね」
「神様に言われると腹立つ! あと百四十一回の命をテスト用紙みたいに扱うな!」
所持品を確認する。拠点から持ち込んだ小石袋改と身代わりぬいぐるみは名前が残っているけれど、裏九十九階で拾ったものは、全部そろって嫌な仮名になっていた。
【小石袋改:拠点登録品】
【身代わりぬいぐるみ:拠点登録品】
【未識別の杖:細い銀色/残り回数不明】
【未識別の玉:薄青/1個】
【未識別の巻物:白い紐つき】
【未識別の草:赤い葉】
【未識別の種:黒い星形】
「ログル、名前が消えてる。さっきまで場所替えっぽい杖だと思っていたものが、急に【未識別の杖】になってる。これ、振ったら場所替えじゃなくて自分が爆発する可能性もある?」
「可能性はあります。裏九十九階では、表と同じ形状の杖でも効果が違う場合があります」
「ローグライクゲーマーの勘が、赤い葉の草と黒い星形の種を全力で拒否してる。特に種。あれ絶対、超不幸の種とか、食べたらレベルだけじゃなくて気分まで下がるやつでしょ」
「否定できません。食べないことを推奨します」
「食べない! 帰りたい気持ちはあるけど、未識別の草で気持ちを強めるほど追い詰められてない!」
宝箱を直接開けるのは無理。まず身代わりぬいぐるみを置く。入口から一マス内側へ、そっと置いた。
一手。
宝箱が、ぴくりと動いた。次に小石を投げる。小石は宝箱の金具に当たり、かん、といい音を立てた。宝箱のふたが、ばくんと開く。中は真っ暗で、舌が出た。
「舌!」
「ミミック系です」
「分かってる!」
宝箱は、ぬいぐるみに向かって突進した。その瞬間、奥の扉が少しだけ開く。
「今!」
「勇者様、未識別の杖を使うなら対象はぬいぐるみです。場所替え効果でなければ、即座に別案へ移行してください」
「別案って言い方、失敗前提で怖い! でも、ここで使わないと噛まれる!」
「振る前に、杖を投げないでください」
「そこまで信用ない!?」
「過去ログがあります」
「あるのがつらい!」
未識別の杖を振る。白い光が走り、わたしとぬいぐるみの位置が入れ替わった。
【識別完了:場所替えの杖・裏】
宝箱の口は入口側で空振りした。わたしは奥の扉へ走る。床のマス目が青く光り、宝箱が振り向く前に、扉の隙間へ体を滑り込ませた。
その瞬間、扉の横から小さな白い手が出た。わたしのポケットから【未識別の巻物】を抜き取る。
「スリ!?」
「保存壺荒らし系の亜種です」
「宝箱部屋にスリまで置くな!」
白い小鬼は、未識別の巻物を開いた。
【大部屋の巻物】
部屋の壁が全部消えた。宝箱が三つ増えた。
「増えたああああああああああああ!」
「大部屋化事故です」
「巻物を読んだのわたしじゃない!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
【死亡ログ】
【累計死亡回数:百四十二回】
【死因:宝箱を起動したら、未識別巻物で大部屋化された】
【評価:開け方は良かったです。巻物管理が甘かったです】
【新規獲得:拾われる前に持ち物確認 Lv.1】
【死亡ログ】
【累計死亡回数:百四十三回】
【死因:巻物を盗まれないよう握りしめたら、杖を振れなかった】
【評価:大事な物を持つ手は二本ありません】
【新規獲得:手に持つ物確認 Lv.1】
【死亡ログ】
【累計死亡回数:百四十四回】
【死因:宝箱を開けずに押したら、箱ごと押し返された】
【評価:ミミックにも踏ん張りがあります】
白い拠点に戻ったわたしは、床に突っ伏した。
「わたし、宝箱は攻略したよね。起動までは成功したよね。なのに、なんで毎回別のところから事故が生えてくるの」
「主神アドミニスが、複合死因を重視している可能性があります」
「複合死因って言い方、急に研究っぽくて嫌!」
天井から、アドミニスの声が降ってきた。
「いいね。失敗が複合してきた」
「いいねじゃない!」
「単純な死因より、複数の判断、欲、焦り、学習、裏切られた正解が重なる死亡ログの方が、世界種にはよく効くんだ」
「また変なこと言った!」
わたしが顔を上げると、ログルが天井をじっと見ていた。
「今の発言、記録しました。ただし、神様への報告には載せません」
「ログル?」
「勇者様。主神アドミニスは、死亡回数だけでなく、死因の質を見ています」
ぞわりとした。宝箱で死んだことも、階段に踏まれたことも、巻物を盗まれたことも、全部笑い話みたいな死因だった。でも、神様はそれを笑いながら集めている。
「ログル。わたし、何に使われてるの」
「......まだ、確定できません」
アドミニスは、もう返事をしなかった。それが、逆に怖かった。
【登場人物紹介】
コヨリ:宝箱を開けずに起動する作戦を試す勇者。成功しかけた直後に別事故が生えるせいで、神様への不信感がさらに育つ。
ログル:宝箱の起動手順、持ち物確認、場所替えの杖を冷静に補助する解析神獣。アドミニスの発言を神様へ送らず、拠点へ保存し始める。
アドミニス:宝箱部屋の複合死因を楽しむ主神。死亡回数だけでなく、死因の質を見ていることをにおわせる。
宝箱ミミック:呼吸する宝箱。開けても危険、開けなくても進めないという、裏九十九階らしい嫌な配置の敵。
白い小鬼:未識別巻物を盗み、大部屋化事故を起こす厄介な小鬼。宝箱攻略直後の隙をきっちり刺してくる。
【今回の勇者ステータス】
現在領域:【帰還門・裏九十九階】
領域状態:神域固定ダンジョン/宝箱起動部屋
死亡回数:144回
クラス:帰還者
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因学習 Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別警戒 Lv.5】【ミミック警戒 Lv.2】【総合盤面確認 Lv.2】【帰還門感知 Lv.3】【逃げる階段警戒 Lv.1】【壁呼吸確認 Lv.1】
※表示は主要スキルのみです。下位スキル、派生スキル、過去の細かい死因スキルは、統合済みまたは内部保持されています。
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【拾われる前に持ち物確認 Lv.1】【手に持つ物確認 Lv.1】
死亡回数:141回→144回
不穏情報:【アドミニスは死因の質を見ている】
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