裏九十九階は、正解を裏切る
表で覚えた正解が、裏では罠になる。
階段も、床も、宝箱も、信用してはいけない。
アドミニスは、それを楽しそうに見ていた。
黒い階段を降りる前に、わたしは拠点の反省会テーブルで作戦会議を開いた。参加者は、わたし、ログル、ネムさん。それから、なぜか神様が空中に半透明で浮いていた。
「なんでいるの。呼んでないよね。むしろ、呼びたくない神様ランキング一位なんだけど」
「観戦だよ。勇者ちゃんの裏九十九階初挑戦は、運営としても見逃せないからね」
「運営が見てると、だいたいろくなことにならない! せめて干渉しないで。あと拍手しないで。あと死亡ログを褒めないで」
「注文が多いなあ。でも、死亡ログを褒めるのは約束できない。良いログは、良いログだから」
アドミニスは、白い羽根ペンを持っていた。半透明のくせに、羽根ペンだけは妙にはっきりしている。絶対に何か記録している。
テーブルの上には、表九十九階で使った攻略メモが広がっていた。階段を見つけたら降りる。宝箱は開けない。未識別品は安全地帯で確認。敵は倒せる時に倒す。出口を見つけたら即接触。どれも、何度も死んで覚えた当たり前だった。
アドミニスが、空中から手を伸ばす。白い指がメモの上をなぞると、文字のいくつかが黒く反転した。
【階段を見つけたら降りる】
【裏では、階段が戻り罠の場合があります】
【宝箱は開けない】
【裏では、宝箱を起動しないと進めない場合があります】
【敵は倒せる時に倒す】
【裏では、敵を倒すと出口座標が遠ざかる場合があります】
「勝手に赤ペン入れるな!」
「黒ペンだよ」
「そういう問題じゃない! わたしが命で書いた攻略メモを、神様が軽いノリで裏切らないで!」
「裏切るんじゃないよ。表の正解を、裏の問題に置き換えているだけ」
「それを裏切るって言うんだよ!」
ログルの宝石が、黒い光を受けて小さく鳴った。
「勇者様。裏九十九階では、表側の攻略知識がそのまま罠になる可能性があります。階段、宝箱、出口、未識別品、敵撃破。すべて再確認が必要です」
【裏九十九階・追加ルール】
【裏領域内で拾得した全アイテム:未識別】
【表側識別情報:参照不可】
【裏固有レアアイテム:出現】
【裏固有マイナスアイテム:出現】
「全アイテム未識別!? 薬草っぽい草も、巻物っぽい巻物も、表で見た壺っぽい壺も、ぜんぶ名前が消えるの!?」
「はい。拠点から持ち込んだ登録済み道具を除き、裏九十九階で拾ったアイテムはすべて仮名表示になります。表で識別した【薬草】でも、裏では【なにかの草】です」
「ローグライクゲーマーの勘が、すごく嫌な音を鳴らしてる。裏ダンジョンって、表に出なかった便利アイテムと、表に出したら怒られるマイナスアイテムを、同じ顔で混ぜてくるやつだよね」
「例として、反応だけ確認できるものがあります。【超天使の種】【白紙の巻物・裏】【合成壺・裏】などの高価値品と、【超不幸の種】【逆識別の巻物】【呪いの腕輪】【割れる保存壺】【吸い出される壺】などの危険品です」
「やっぱり! 超天使と超不幸を同じ【なにかの種】で置くな! 種の見た目で人生を賭けさせないで!」
「さらに、裏では見た目が表と一致しない場合があります」
「つまり、表で緑だった薬草が、裏では緑の超不幸かもしれない?」
「はい」
「神様ァ! 色違い詐欺をダンジョン仕様にするな!」
「学んだことを疑うの、教育に悪くない? しかも百三十七回死んで覚えたことだよ。もうちょっと知識を大事にして」
「神様の教育方針です」
「アドミニス!」
アドミニスは悪びれずに笑った。
「学習が固定化すると、検証精度が落ちるからね。勇者ちゃんが正解を覚えた次の瞬間、その正解を反転させた時にどう動くか。そこに、かなり大事な情報が出るんだ」
「わたし、検証されてる?」
「うん」
「隠す気もなくなってきた!」
ネムさんが、受付票の束をめくりながらぽつりと言った。
「百三十七回目以降の死亡受付用紙、追加しておきますね。主神様から多めにと言われています」
「何枚?」
「ひとまず、二十枚です」
「今日だけで使う量じゃん!」
「今回は百六十回到達想定だそうです」
「アドミニスうううううううう!」
神様は、楽しそうに拍手した。
「準備がいいね、ネム」
「事務ですので」
「本人の前で死ぬ準備するな!」
それでも、行かないわけにはいかなかった。帰るために表九十九階を攻略した。その先に裏があるなら、裏へ行くしかない。腹は立つ。怖い。正直、宝箱もしばらく見たくないし、階段もあまり信用したくない。
でも、帰りたい。
わたしは、反省会テーブルの端に新しく書いた。
【裏では、表の正解を疑う】
「よし。ログル、行こう。神様はついてこないで。ついてきたら、次の死亡ログの死因欄に『神様の顔がうるさかった』って書くから」
「それは死因として通りにくいです」
「通して!」
「死亡受付側では、精神的騒音として検討します」
「ネムさん、味方!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
黒い階段を降りた先は、白いダンジョンだった。白いというより、白すぎた。床も、壁も、天井も、全部がきれいすぎる。汚れがない。影も薄い。神様が作ったサンプルマップを、そのまま置いたみたいだった。
「嫌な白さ。ログル、床のマス目は見えるけど、見えてるから逆に信用できない」
「勇者様。右前方三マスに、床ミミック反応があります。ただし、反応が弱いです。見た目は安全床に偽装されています」
「床までミミック!? 家に帰る道に歯を生やすな!」
わたしは小石を投げた。小石が安全そうな白い床に落ちる。次の瞬間、床が口を開け、小石をぱくりと食べた。
「食べた! 床が小石食べた!」
「雑食ですね」
「感想が冷静!」
床ミミックを避けて進むと、奥に階段が見えた。白い階段。下へ続く階段。表なら、見つけたら降りる。それが正解だった。わたしは足を止め、じっと階段を見た。
「ログル。あの階段、こっち見てない?」
「はい。一段目に目があります」
「階段が見るな!」
小石を投げた。階段は、ぴょんと横へ逃げた。
「逃げたああああああ! 階段が逃げた!」
「追わないでください。逃げた先に赤い罠反応があります」
「分かってる。追わない。追わないけど、階段に逃げられると本能が追いたがる!」
わたしが足を止めた瞬間、背後の床ミミックが、床のまま一マス近づいた。
「床が歩いた!」
「後退してください。いえ、後退先も罠です。右へ一マス、ただし右の壁が呼吸しています」
「盤面の性格が悪すぎる!」
一手。
わたしは右へ飛んだ。壁が口を開ける前に、ぎりぎりで通路へ滑り込む。次の瞬間、逃げたはずの階段が戻ってきた。しかも、わたしの方へ跳ねてくる。
「階段、近づいてきてる!」
「分類不能です。階段型敵性地形か、敵性階段型地形です」
「どっちでも嫌!」
階段が、ぴょんと跳ねた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
【死亡ログ】
【累計死亡回数:百三十八回】
【死因:逃げる階段に踏まれた】
【評価:階段にも当たり判定があります】
【新規獲得:逃げる階段警戒 Lv.1】
【死亡ログ】
【累計死亡回数:百三十九回】
【死因:安全そうな床を避けた先の壁に噛まれた】
【評価:裏では、壁も床も信用しないでください】
【新規獲得:壁呼吸確認 Lv.1】
【死亡ログ】
【累計死亡回数:百四十回】
【死因:階段を追わないで偉かったのに、階段の方から来た】
【評価:偉さと生存は別です】
【新規獲得:向こうから来る階段警戒 Lv.1】
【死亡ログ】
【累計死亡回数:百四十一回】
【死因:床ミミック、壁ミミック、階段ミミックの三面待ち】
【評価:裏九十九階へようこそ】
白い拠点に戻ったわたしは、床を拳で叩いた。
「歓迎のしかたが最悪! 裏九十九階、床と壁と階段が全部敵なんだけど!」
「勇者様。四回の死亡で、床、壁、階段の基本警戒がそろいました」
「そんなビンゴ嫌だ!」
天井から、アドミニスの声が降ってきた。
「おかえり、勇者ちゃん。百四十一回目まで、いい感じだね」
「いい感じじゃない! 床と壁と階段に殺された!」
「裏側の正解を、体で覚え始めた。やっぱり、きみのログは伸びがいい」
「死亡回数を成績みたいに言うなあああああああ!」
【登場人物紹介】
コヨリ:裏九十九階へ初突入した幼女勇者。表で覚えた攻略知識を裏切られ、床、壁、階段にまで疑いの目を向け始める。
ログル:裏側では表の正解が罠になると整理する解析神獣。死亡回数が増えるほど、コヨリの一手を現実的に支える相棒になっている。
ネム:死亡受付票を追加で用意する死神。事務的に冷静だが、コヨリの死に慣れすぎているのが少し怖い。
アドミニス:裏九十九階の反転ルールを楽しそうに提示する主神。観戦者の顔をしながら、死亡ログの積み上がりを待っている。
逃げる階段:階段なのに逃げ、階段なのに踏んでくる裏九十九階の理不尽ギミック。
【今回の勇者ステータス】
現在領域:【帰還門・裏九十九階】
領域状態:神域固定ダンジョン/表九十九階クリア後解放
死亡回数:141回
クラス:帰還者
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因学習 Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別警戒 Lv.5】【ミミック警戒 Lv.2】【総合盤面確認 Lv.2】【帰還門感知 Lv.3】【一フレームの神様 Lv.1】【死ぬ前に一言ツッコむ Lv.2】
※表示は主要スキルのみです。下位スキル、派生スキル、過去の細かい死因スキルは、統合済みまたは内部保持されています。
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【逃げる階段警戒 Lv.1】【壁呼吸確認 Lv.1】【向こうから来る階段警戒 Lv.1】
死亡回数:137回→141回
裏ルール追加:【床】【壁】【階段】は安全とは限らない
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