表帰還門番ノック
九十九階です。
扉番がいます。
かわいい名前でも通してくれません。
九十九階は、玄関だった。
ただし、普通の玄関ではない。床は白いマス目で、壁には拠点の白と、家の廊下の木目と、神様会議場の嫌な光が薄く重なっている。正面には一枚の扉があり、その前に、小さな門番が立っていた。
丸い体。真鍮色の帽子。胸には【ノック】と書かれた札。
「名前かわいい」
「表帰還門番ノックです」
「かわいいなら通して」
「通すとは言っていません」
ノックが小さな手で扉を叩いた。
こん、こん。
音が鳴るたび、床のマス目が一つずつずれる。名前、座標、時間、記憶、縁、扉。六つの因子が、扉の周囲を回り始めた。
【帰還門・表】
【最終認証】
【扉を選択してください】
扉は一枚しかない。だが、ノックが叩くたびに、見え方が変わる。学校の昇降口。魔王城の扉。神様会議場の入口。拠点の死因研究室。ミーナのパン屋。カイの村。ピヨラの巣。コヨリの家の玄関。
「一枚なのに多いじゃん!」
「帰還先候補を重ねています」
「重ねないで! 普通に一枚ずつ出して!」
ノックが首をかしげる。
「帰りたい場所、たくさんある?」
コヨリは言葉に詰まった。元の世界に帰りたい。家に帰りたい。それは本当だ。でも、拠点も消したくない。ログルも置いていきたくない。ミーナやカイやゼルドやベルやネムやリュシアやピヨラの記録も、なかったことにしたくない。
ノックはにこりと笑う。
「迷ったら、近い扉を開けてね」
「それ罠でしょ!」
床に、【近い扉】と書かれたマスが出る。踏めば楽そうだ。だが、罠訓練場の床と同じ匂いがする。
コヨリは踏まない。代わりに、死因図鑑メモを開く。宝箱に噛まれた。忘却壺に名前を食われた。魔王城に一マスずれた。帰りたい草を飲みかけた。偽ログルを見た。おかえりを識別した。全部が、ここへつながっている。
「ログル、施設接続」
「はい」
ログルの宝石が光る。死因図鑑室が過去の罠を映し、鑑定机が扉の呼吸を調べ、成功ログ棚が入口停止の手順を出す。拠点厨房はリュシアのスープの匂いを一瞬だけ送り、罠訓練場は近い扉マスを赤く照らした。
射線訓練場がノックの腕の角度を読み、魔物休憩所が偽ピヨラ反応を弾き、シード地図室が座標を固定する。人物レイヤーは縁を色分けし、反省会テーブルは情報を一枚にまとめ、思い出ログ棚は家とこの世界の記録を両方支えた。
死因研究室が神様送信用ではない本音を守り、魔王相談窓口が異議申し立ての札を置く。魔王軍資料室は外部証拠として黒い線を伸ばし、一フレーム道場はノックの手が動く前の空気を教え、仕様書保管棚は小さい文字を拡大した。
全部、ここにある。
コヨリは息を吸った。
「わたしは、天野こより」
名前の光が固定される。
「帰る場所は、元の世界の家」
座標の光が揺れ、魔王城の扉が薄くなる。
「帰る時間は、わたしがわたしのまま続く時間」
秒針の音が少し静かになる。
「覚えてる。机、ゲーム機、冷蔵庫、プリン」
「プリンも?」
ノックが不思議そうに言う。
「プリンも!」
記憶の光が、なぜか少し強くなる。ログルが小さくうなった。
「通りましたね」
「ほら!」
「納得はしていません」
「通ったから勝ち!」
コヨリは肩のログルに触れる。
「縁は、ここでできたものも持っていく。全部連れて行けなくても、忘れない」
縁の光が、赤い糸ではなく、細い道になる。
最後に、扉。
扉は呼吸していない。舌もない。ドアノブは冷たいが、噛まない。向こうから、母の声がする。はっきりしすぎない。少し怒っていて、少し心配している。
「こより」
コヨリは涙をこぼしそうになった。でも、まだ泣かない。
「開ける」
ノックが小さな手を上げる。ノックするつもりだ。叩かれたら、扉が変わる。コヨリはその一フレーム前に、手を伸ばした。
一手。
ドアノブを回す。
扉が開いた。
光があふれる。
【帰還門・表】
【仮起動】
【表座標:接続】
【六因子:仮認証】
玄関の匂い。夕飯の湯気。ゲーム機の起動音。冷蔵庫の低い音。そこに、確かに家があった。
コヨリは一歩出ようとした。
その足元で、黒い文字が浮かぶ。
【裏座標:未接続】
【帰還処理:失敗】
【裏九十九階への接続を確認】
光が閉じる。
扉の隙間から見えていた家が、細い線になって消えた。
コヨリは固まった。次に、息を吸った。
「ですよねえええええええっっ!!表があるなら裏があると思ったああああああああああああ!」
ノックは申し訳なさそうに帽子を脱いだ。
「裏も、ノックする?」
「したくない!」
「でも、帰るなら」
「行くけど! 行くけど! 神様ァ! 家に帰る道に裏面を作るなああああああああああああ!」
拠点に戻ると、壁の【帰る】の下に、新しい文字が浮かんでいた。
【帰る場所は、まだ消えていない】
コヨリはその文字を見て、今度こそ少し泣いた。
でも、泣きながら笑った。
「見えた」
「はい」
「見えたなら、行ける」
「はい。次は、裏です」
「言い方ああああああああ!」
拠点の全部の扉が、静かに光っていた。
死んで増えた場所が、帰るための道を照らしていた。
【今回の勇者ステータス】
現在領域:白い拠点/帰還門建設予定地
累計死亡回数:137回
表九十九階:踏破
クラス:【死因学者】/帰還者適性:強反応
帰還門状態:【表】仮起動/【裏座標】未接続
帰還因子:【名前】【座標】【時間】【記憶】【縁】【扉】仮認証
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
獲得済み主要スキル:【死因ログ参照 Lv.2】【死亡ログ改ざん Lv.1】【神様報告遅延 Lv.1】【総合盤面確認 Lv.1】【危険察知 Lv.4】【罠感知 Lv.3】【未識別警戒 Lv.4】【射線確認 Lv.3】【一フレームの神様 Lv.1】【仕様書要求 Lv.2】
今回の新規獲得・更新:新規獲得:【表九十九階踏破】/【帰還門・表 仮起動】/【裏九十九階 接続確認】/帰還者適性:強反応
今回活用した拠点設備:【椅子】【死因メモ】【死因図鑑室】【鑑定机】【成功ログ棚】【拠点厨房】【属性検証卓】
【罠訓練場】【射線訓練場】【魔物休憩所】【シード地図室】【人物レイヤー】【反省会テーブル】【思い出ログ棚】
【帰還門建設予定地】【死因研究室】【魔王相談窓口】【魔王軍資料室】【一フレーム道場】【仕様書保管棚】【神様会議議事録】
今までの拠点設備がすべて、表帰還門の最終認証に接続しました。帰還は失敗しましたが、失敗理由が【裏座標未接続】まで絞れています。
※表示は主要スキルのみです。過去に得た下位スキルは消失しておらず、統合済み・内部保持されています。
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