思い出ログ棚、偽物の家に怒る
記憶階層です。
部屋も声も似ています。
でも、本物はもう少し生活感があります。
四十一階から、廊下の壁に写真立てが増えた。
写真の中には、はっきり映らない人影がいる。母かもしれない。学校の友だちかもしれない。元の世界で、朝に見たはずの台所かもしれない。近づけば分かる気がして、近づくと床が薄くなる。
「記憶で釣ってくる階層、いや」
「帰還因子【記憶】の認証が始まっています」
「認証方法が心に悪い!」
四十五階に、子供部屋があった。机、ベッド、本棚、ゲーム機。かなり似ている。いや、似すぎている。コヨリは入口で止まった。
「入らないのですか」
「似すぎてる部屋は、だいたい罠」
「成長しています」
「褒める場所が悲しい」
部屋の中で、ゲーム機が起動音を鳴らした。胸がぎゅっとなる。棚の位置は少し違う。机の横の傷も違う。けれど、音だけはやけに本物に近かった。
ログルの宝石が淡く光る。思い出ログ棚から細い線が伸び、コヨリの手元のメモに文字が浮いた。
【照合:机の位置、不一致】
【照合:棚の高さ、不一致】
【照合:冷蔵庫のプリン、未確認】
「最後の項目!」
「勇者様が登録しました」
「大事だから!」
部屋の奥に、冷蔵庫があった。子供部屋に冷蔵庫はない。ないはずだ。でも白い扉の向こうから、プリンの気配がする。
「ログル」
「罠です」
「まだ何も言ってない!」
「顔に書いてあります」
コヨリは小石を投げた。冷蔵庫の扉に当たる。扉が開く。中からプリンではなく、宿題の束が雪崩のように落ちてきた。
【宿題雪崩】
「宿題いいいいいい! 異世界まで追ってくるなああああああ!」
紙の束が床を埋める。踏むと硬直するタイプだ。罠訓練場で見た粘着床に近い。コヨリは机の脚へ小石を当て、倒れた机を橋にした。宿題の上を直接踏まない。ゲーム機の起動音はまだ鳴っている。敵を呼ぶ音だ。
部屋の中央に、【母の声スピーカー】があった。
「こより」
優しい声だった。優しいだけで、涙が出そうになる。けれど、本物の母なら、たぶん最初に「何してるの」とか「宿題は」とか、もっと現実的なことを言う気がした。
「ログル」
「はい」
「本物のママ、わたしを呼ぶとき、もうちょっと怒る」
「記録します」
「怒るのが本物判定なの、ちょっと悲しいけど」
声に近づかない。コヨリは入口から、思い出ログ棚のメモを読み上げた。
「天野こより。机は窓の横。ゲーム機は棚の下。冷蔵庫は子供部屋じゃなくて台所。プリンは、たぶんわたしの」
「最後だけ根拠が弱いです」
「でも大事!」
母の声スピーカーがぐにゃりと歪み、【忘却母音】という敵に変わった。母音だけを引き抜く敵だ。声が「あ、あ、あ」みたいに崩れ、コヨリの名前から音を奪おうとする。
コヨリは耳をふさがない。ふさぐと両手が使えない。代わりに、ログルが死因研究室へ保存した本名メモを読み上げる。
「勇者様は、天野こよりです」
「うん。天野こより!」
言葉を口にした瞬間、声の敵が少しだけ薄くなる。コヨリは小石ではなく、名前メモを床に置いた。置くのは怖い。だが、死因研究室に複製がある。拠点に残してあるから、使える。
メモが光り、母音の敵を縛った。
階段が現れる。
階段へ向かう途中、ゲーム機の音が小さく鳴った。今度は敵を呼ぶ音ではなく、少しだけ懐かしい起動音だった。
コヨリは振り返らなかった。
「帰ったら、ほんとの音を聞く」
「はい」
「あとプリンも確認する」
「それも記録しますか」
「もちろん!」
【今回の勇者ステータス】
現在シード:【帰還門・表九十九階】
到達階:50F
累計死亡回数:126回
現在レベル:Lv12
現在HP:34/42
満腹度:39
帰還因子:【記憶】反応強化
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
獲得済み主要スキル:【死因ログ参照 Lv.2】【死亡ログ改ざん Lv.1】【神様報告遅延 Lv.1】【総合盤面確認 Lv.1】【危険察知 Lv.4】【罠感知 Lv.3】【未識別警戒 Lv.4】【射線確認 Lv.3】【一フレームの神様 Lv.1】【仕様書要求 Lv.2】
今回の新規獲得・更新:更新:【記憶を書き留める Lv.1】→【帰還記憶保持 Lv.1】候補/【おかえり識別 Lv.1】内部強化
今回活用した拠点設備:【思い出ログ棚】【死因研究室】【死因図鑑室】【罠訓練場】【反省会テーブル】
思い出ログ棚により、偽物の部屋と本物の生活感を照合できました。プリンは正式因子ではありませんが、生活感メモとして仮登録継続です。
※表示は主要スキルのみです。過去に得た下位スキルは消失しておらず、統合済み・内部保持されています。
少しでも楽しんでいただけたら、ブックマーク登録・評価・コメント・レビューなどで応援いただけると、とても励みになります!




