未識別の帰路アイテムは、名前からして悪い
低層の敵は弱めです。
未識別品は弱くありません。
帰りたい草、初登場です。
七階に降りたころ、コヨリは早くも家という言葉を疑い始めていた。
廊下の壁には、時々それっぽいものが現れる。小学校の靴箱に似た棚、冷蔵庫の白い角、母の声に似た遠い呼び声。けれど近づくと、棚は矢を吐き、冷蔵庫は歯を見せ、声は一手分だけ足を止めさせる。優しさの姿をした罠が多すぎる。
「家に帰る道、家の思い出を武器にしすぎじゃない?」
「帰還因子が記憶と連動しているため、似たものが多いようです」
「似せ方が悪質!」
小部屋の中央に、草が落ちていた。葉先が青く光っている。名前は黄色いままだ。
【未識別の草】
コヨリは拾う前に止まった。鑑定机で仮名づけしたリストを思い出す。青い草。葉先が湿っている。茎が少し家の形に曲がっている。嫌な一致が多い。
「ログル、これ、もしかして」
「仮名候補:【帰りたい草】」
「飲まない」
「賢明です」
「飲まないけど、識別したい」
「床に置いたまま鑑定メモをかざしてください。直接使用しないでください」
コヨリはしゃがみ、鑑定メモをかざした。草から、ふわっと温かい匂いがした。家で炊いたご飯みたいな匂い。コヨリの喉が鳴る。
その瞬間、曲がり角から【空腹ネズミ】が走ってきた。
「匂いで敵を呼ぶの!?」
「はい。かなり悪い草です」
コヨリは小石を投げる。外れた。心が一瞬、家の匂いに持っていかれていた。空腹ネズミが足に噛みつき、満腹度がごっそり減る。
「お腹まで盗むな!」
次の一手で、コヨリは杖を振った。吹き飛ばし。ネズミが壁にぶつかる。草は拾わない。拾わず、階段へ向かう。だが背中で、草が小さくささやいた。
「帰りたいなら」
コヨリは歯を食いしばる。
「帰りたいよ! だから飲まないの!」
十四階で、今度は壺が出た。
【未識別の壺】
丸い。口が広い。見た目だけなら保存壺だ。保存壺なら欲しい。白紙の巻物、帰路弁当の残り、名前メモを入れられる。持ち物欄はもう苦しい。
「ログル、呼吸は」
「壺本体は呼吸していません。ただし、中から小さなため息が聞こえます」
「ため息する壺もだめ!」
だが、敵が近い。通路の奥から、表札スライムと空腹ネズミが同時に来る。コヨリは焦った。保存できれば手が空く。手が空けば戦える。そう思って、名前メモを壺に入れた。
【忘却壺】
壺が、げふ、と音を立てた。
名前メモの文字が薄くなる。
「あっ」
次の瞬間、コヨリの頭の中から、一瞬だけ自分の名字が抜けた。
「わたし、こより。えっと、えっと......」
足が止まる。敵の一手が進む。空腹ネズミが飛びかかる。
世界が白く弾けた。
【死亡処理】
【死因:保存壺だと思ったら忘却壺だった】
【評価:ため息する壺に大事なものを入れないでください】
拠点の死因研究室で目を覚ましたコヨリは、開口一番、叫んだ。
「壺ォ! 保存する顔して記憶食べるなああああああああ!」
ネムが台帳に判を押す。
「今回、名前を一瞬忘れました」
「怖いことを事務的に言わないで!」
再挑戦では、鑑定机で作った仮名リストに新しい項目が増えた。
【ため息壺:忘却壺候補】
コヨリは壺を見つけても、すぐに入れない。まず小石を入れる。壺はげふ、と小石の名前を忘れたように黙った。
「小石の名前って何」
「小石です」
「小石、犠牲ありがとう」
今度は名前メモを守り、帰りたい草も飲まず、十九階の階段までたどり着いた。階段の横に白紙の巻物が落ちていたが、手は伸ばさない。伸ばしたら、たぶん床が何かをする。
「ログル、白紙だよ」
「階段です」
「白紙」
「階段です」
「......階段いく」
「えらいです」
「褒められるの、ちょっと悔しい!」
【今回の勇者ステータス】
現在シード:【帰還門・表九十九階】
到達階:20F
累計死亡回数:125回
死亡時レベル:Lv4
再挑戦後レベル:Lv5
現在HP:19/25
満腹度:63
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
獲得済み主要スキル:【死因ログ参照 Lv.2】【死亡ログ改ざん Lv.1】【神様報告遅延 Lv.1】【総合盤面確認 Lv.1】【危険察知 Lv.4】【罠感知 Lv.3】【未識別警戒 Lv.4】【射線確認 Lv.3】【一フレームの神様 Lv.1】【仕様書要求 Lv.2】
今回の新規獲得・更新:新規獲得:【帰還系未識別警戒 Lv.1】/更新:【壺に入れる前に考える Lv.2】→内部強化
今回活用した拠点設備:【鑑定机】【死因研究室】【死因図鑑室】【反省会テーブル】【拠点厨房】
【今回の死亡ログ】
死亡回数:125回
死因:【保存壺だと思ったら忘却壺だった】
拠点保存:名前メモ復旧成功/神様送信:詳細ぼかし処理
帰りたい草は未使用で突破。鑑定机の仮名づけと死因研究室の記録分離が役立ちました。
※表示は主要スキルのみです。過去に得た下位スキルは消失しておらず、統合済み・内部保持されています。
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