秒針回廊 ――帰る時間を一秒間違えるな
名前と座標の次は時間です。
早すぎても遅すぎても死にます。
時間にまで判定が厳しいです。
【秒針回廊】には、時計の音が満ちていた。
壁にも天井にも、針のある時計が浮いている。大きなもの、小さなもの、数字が逆回転しているもの、針が一本しかないもの。床のマス目は秒針みたいに細く、立っているだけで足首を刺されそうだった。
「一フレーム道場より時計が多い」
「帰還因子としての時間を扱う領域です」
「時間って、帰る日にちを決めるだけじゃないの?」
「どの世界の、どの瞬間へ帰るかです。召喚前、召喚中、召喚後。少しずれるだけで、家にいても勇者様が存在しない可能性があります」
「怖いことを淡々と言わないで!」
コヨリは一フレーム道場で使った札を握った。道場の畳の匂いはもうしない。代わりに、金属と古い時計の油の匂いがする。
最初の通路に、三つの扉が並んでいた。
【召喚前】
【召喚中】
【召喚後】
「召喚前に帰れば全部なし!」
「待ってください」
「待つ!」
待つつもりだった。だが、【召喚前】の扉から、家の玄関のような光が漏れた。つい一歩出た。床の秒針が、すっと前へ進む。
【一秒早い床】
扉が閉じる。コヨリは扉と壁の間に押し戻され、世界がぐにゃりと曲がった。
【死亡】
【死因:一秒早く帰ろうとして壁に戻された】
【評価:早退は認められません】
「一秒くらいおまけしてよおおおおおおおおお!」
二度目。コヨリは深呼吸した。リュシアのスープで温まった体が、少しだけ落ち着いている。早く帰りたい。けれど早く帰ればいいわけではない。
秒針ヤリ兵が通路の奥から現れた。細い針の槍を構え、一マス先を正確に刺してくる。見えてから避けたら遅い。一フレーム道場で散々死んだやつだ。
「ログル、札の震えは?」
「左壁の時計、針が刺す前に影が細くなります」
コヨリは影を見る。槍ではなく、時計の影。動くべき一瞬を選ぶ。早すぎると、足元の巻き戻し床に乗る。遅すぎると刺さる。
一手。コヨリは半歩ではなく、一マス横へ動いた。
槍が空を切る。
「できた!」
「次、早送りコウモリです」
「褒める時間短い!」
コウモリの羽音で敵ターンが早まる。巻き戻しネズミが背後に回り、コヨリの位置を三手前へ戻した。戻った先には、さっき避けた【一秒遅い穴】がある。
「戻すなら安全なところに戻して!」
落ちた。
【死亡】
【死因:巻き戻された先が一秒遅い穴だった】
【評価:過去も安全とは限りません】
三度目。コヨリは、死因研究室で分けた【神様送信用】ではなく【拠点保存用】の時間メモを開いた。そこには、帰還門へ届いた時の記録、一フレーム道場で羽根を使った記録、神様会議場で差し戻しゲートを止めた記録がまとめられている。
帰る時間は、ただ昔へ戻ることではない。
帰っても、自分が自分として続いている時間。
コヨリは三つの扉を見た。召喚前は魅力的だ。全部なかったことにできそうで、ひどく甘い。けれど、そこへ戻ったらログルとの記録も、ミーナのパンも、カイの木剣も、ピヨラの毛布も、ゼルドの苦情書も、なかったことになるかもしれない。
「ログル」
「はい」
「なかったことにする帰り方は、たぶん違う」
「記録します」
奥で、時計職人のような敵が現れた。
【時刻合わせ師クロノメ】
クロノメは笑わない。正確に、ちょうどよく攻撃してくる。早避けには罠、遅避けには直撃。なら、ちょうどを見つけるしかない。
コヨリは秒針の音を聞かない。音は多すぎる。床の影、時計の油の匂い、クロノメの指先、扉の隙間。その全部が重なる、一瞬だけ静かな場所。
「今」
動いた。クロノメの針が空を切り、扉のひとつが開く。そこには日付も時刻も書かれていない。ただ、コヨリの胸の奥で、帰還門の光が一度だけ強く脈打った。
【帰還因子:時間】
【欠片強化】
コヨリは時計だらけの天井を見上げ、げんなりした顔で言った。
「帰るのに、遅刻判定あるのほんとやだ」
「帰還は精密処理です」
「神様ァ! 精密にするところと雑にするところ、逆ううううううううう!」
【今回の勇者ステータス】
現在領域:特殊ダンジョン【秒針回廊】踏破
累計死亡回数:117回
今回の死亡回数:2回
クラス:【死因学者】/時読み適性:上昇中
現在HP:15/15
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
獲得済み主要スキル:【死因ログ参照 Lv.2】【死亡ログ改ざん Lv.1】【神様報告遅延 Lv.1】【総合盤面確認 Lv.1】【危険察知 Lv.4】【罠感知 Lv.3】【未識別警戒 Lv.4】【射線確認 Lv.3】【帰還門感知 Lv.1】【シード差分確認 Lv.2】【一フレームの神様 Lv.1】【仕様書要求 Lv.2】
今回の新規獲得・更新:【帰還時間仮押さえ Lv.1】【一秒おまけを期待しない Lv.1】【巻き戻し先確認 Lv.1】【帰還因子:時間】欠片強化
今回活用した拠点設備:【一フレーム道場】【死因研究室】【反省会テーブル】【思い出ログ棚】【仕様書保管棚】【成功ログ棚】
登場人物紹介:コヨリは一秒の厳しさにキレた幼女勇者。ログルは「早すぎても死ぬ」を冷静に告げる相棒。クロノメはちょうどよく殺しにくる時刻合わせ師です。
※表示は主要スキルのみです。時読み系の細かな下位感覚は【一フレームの神様】内部派生として保持されています。
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