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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第15章 帰るために必要なもの

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秒針回廊 ――帰る時間を一秒間違えるな

名前と座標の次は時間です。

早すぎても遅すぎても死にます。

時間にまで判定が厳しいです。



 【秒針回廊(びょうしんかいろう)】には、時計の音が満ちていた。


 壁にも天井にも、針のある時計が浮いている。大きなもの、小さなもの、数字が逆回転しているもの、針が一本しかないもの。床のマス目は秒針みたいに細く、立っているだけで足首を刺されそうだった。


一フレーム道場ひとフレームどうじょうより時計が多い」

帰還因子(きかんいんし)としての時間を扱う領域です」

「時間って、帰る日にちを決めるだけじゃないの?」

「どの世界の、どの瞬間へ帰るかです。召喚前、召喚中、召喚後。少しずれるだけで、家にいても勇者様が存在しない可能性があります」

「怖いことを淡々と言わないで!」


 コヨリは一フレーム道場ひとフレームどうじょうで使った札を握った。道場の畳の匂いはもうしない。代わりに、金属と古い時計の油の匂いがする。


 最初の通路に、三つの扉が並んでいた。


【召喚前】

【召喚中】

【召喚後】


「召喚前に帰れば全部なし!」

「待ってください」

「待つ!」


 待つつもりだった。だが、【召喚前】の扉から、家の玄関のような光が漏れた。つい一歩出た。床の秒針が、すっと前へ進む。


【一秒早い床】


 扉が閉じる。コヨリは扉と壁の間に押し戻され、世界がぐにゃりと曲がった。


【死亡】

【死因:一秒早く帰ろうとして壁に戻された】

【評価:早退は認められません】


「一秒くらいおまけしてよおおおおおおおおお!」


 二度目。コヨリは深呼吸した。リュシアのスープで温まった体が、少しだけ落ち着いている。早く帰りたい。けれど早く帰ればいいわけではない。


 秒針ヤリ兵が通路の奥から現れた。細い針の槍を構え、一マス先を正確に刺してくる。見えてから避けたら遅い。一フレーム道場で散々死んだやつだ。


「ログル、札の震えは?」

「左壁の時計、針が刺す前に影が細くなります」


 コヨリは影を見る。槍ではなく、時計の影。動くべき一瞬を選ぶ。早すぎると、足元の巻き戻し床に乗る。遅すぎると刺さる。


 一手。コヨリは半歩ではなく、一マス横へ動いた。


 槍が空を切る。


「できた!」

「次、早送りコウモリです」

「褒める時間短い!」


 コウモリの羽音で敵ターンが早まる。巻き戻しネズミが背後に回り、コヨリの位置を三手前へ戻した。戻った先には、さっき避けた【一秒遅い穴】がある。


「戻すなら安全なところに戻して!」


 落ちた。


【死亡】

【死因:巻き戻された先が一秒遅い穴だった】

【評価:過去も安全とは限りません】


 三度目。コヨリは、死因研究室(しいんけんきゅうしつ)で分けた【神様送信用】ではなく【拠点保存用】の時間メモを開いた。そこには、帰還門(きかんもん)へ届いた時の記録、一フレーム道場ひとフレームどうじょうで羽根を使った記録、神様会議場で差し戻しゲートを止めた記録がまとめられている。


 帰る時間は、ただ昔へ戻ることではない。


 帰っても、自分が自分として続いている時間。


 コヨリは三つの扉を見た。召喚前は魅力的だ。全部なかったことにできそうで、ひどく甘い。けれど、そこへ戻ったらログルとの記録も、ミーナのパンも、カイの木剣も、ピヨラの毛布も、ゼルドの苦情書も、なかったことになるかもしれない。


「ログル」

「はい」

「なかったことにする帰り方は、たぶん違う」

「記録します」


 奥で、時計職人のような敵が現れた。


【時刻合わせ師クロノメ】


 クロノメは笑わない。正確に、ちょうどよく攻撃してくる。早避けには罠、遅避けには直撃。なら、ちょうどを見つけるしかない。


 コヨリは秒針の音を聞かない。音は多すぎる。床の影、時計の油の匂い、クロノメの指先、扉の隙間。その全部が重なる、一瞬だけ静かな場所。


「今」


 動いた。クロノメの針が空を切り、扉のひとつが開く。そこには日付も時刻も書かれていない。ただ、コヨリの胸の奥で、帰還門(きかんもん)の光が一度だけ強く脈打った。


帰還因子(きかんいんし):時間】

【欠片強化】


 コヨリは時計だらけの天井を見上げ、げんなりした顔で言った。


「帰るのに、遅刻判定あるのほんとやだ」

「帰還は精密処理です」

「神様ァ! 精密にするところと雑にするところ、逆ううううううううう!」



【今回の勇者ステータス】

現在領域:特殊ダンジョン【秒針回廊(びょうしんかいろう)】踏破

累計死亡回数:117回

今回の死亡回数:2回

クラス:【死因学者】/時読み適性:上昇中

現在HP:15/15

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション

獲得済み主要スキル:【死因ログ参照 Lv.2】【死亡ログ改ざん Lv.1】【神様報告遅延 Lv.1】【総合盤面確認 Lv.1】【危険察知 Lv.4】【罠感知 Lv.3】【未識別警戒 Lv.4】【射線確認 Lv.3】【帰還門(きかんもん)感知 Lv.1】【シード差分確認 Lv.2】【一フレームの神様 Lv.1】【仕様書要求 Lv.2】

今回の新規獲得・更新:【帰還時間仮押さえ Lv.1】【一秒おまけを期待しない Lv.1】【巻き戻し先確認 Lv.1】【帰還因子(きかんいんし):時間】欠片強化

今回活用した拠点設備:【一フレーム道場ひとフレームどうじょう】【死因研究室(しいんけんきゅうしつ)】【反省会テーブル】【思い出ログ棚】【仕様書保管棚(しようしょほかんだな)】【成功ログ棚】

登場人物紹介:コヨリは一秒の厳しさにキレた幼女勇者。ログルは「早すぎても死ぬ」を冷静に告げる相棒。クロノメはちょうどよく殺しにくる時刻合わせ師です。

※表示は主要スキルのみです。時読み系の細かな下位感覚は【一フレームの神様】内部派生として保持されています。

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