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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第15章 帰るために必要なもの

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名前記入迷宮 ――勇者コヨリでは帰れない

最初の因子は名前です。

勇者名ではなく、本名が必要です。

赤ペンと承認印が襲ってきます。

 【名前記入迷宮なまえきにゅうめいきゅう】の中は、役所と学校の職員室と神様会議場の受付をまとめて煮詰めたような場所だった。


 壁一面に紙が貼られ、床にはマス目ごとに【氏名欄】【フリガナ欄】【署名欄】【保護者欄】【召喚者欄】が並んでいる。空気は紙とインクの匂いが強い。コヨリは鼻を押さえた。


「家に帰る最初のダンジョンが書類なの、いやすぎる」

「名前は帰還因子(きかんいんし)の基礎です。誰が帰るのかを確定させます」

「わたしだよ!」

「神様側登録では【勇者コヨリ(ゆうしゃコヨリ)】です」

「仕事名!」


 入口の机に、一枚の申請用紙が置かれていた。太い字で【帰還因子(きかんいんし):名前 登録申請】と書いてある。その下に、氏名欄。コヨリは羽ペンを持ち、少し迷ってから【勇者コヨリ(ゆうしゃコヨリ)】と書いた。


 次の瞬間、床が動いた。


【登録名:勇者コヨリ(ゆうしゃコヨリ)

【勇者用試練ルートへ転送】


「ちがう! 家に帰るルート!」


 叫ぶ前に、壁から肩書き札が飛んできた。【救世主】【検証対象】【神様の勇者】【小さいけど頑張る枠】。最後の札だけ腹が立つ。札が体中に貼りつき、コヨリの足を引っ張った。


 奥から、巨大な赤ペンを持った監査官が走ってくる。


【未記入監査官】

【能力:空欄と誤登録を赤字で処理】


「赤ペン先生じゃなくて赤ペン殺し屋!」


 コヨリは逃げようとしたが、足の札が重い。一歩遅れた。赤ペンの先が、署名欄ごとコヨリをぐさりと突く。


【死亡】

【死因:名前欄に勇者コヨリ(ゆうしゃコヨリ)と書いたら家から遠ざかった】

【評価:肩書きでは帰れません】


 白い拠点(きょてん)ではなく、迷宮入口の受付に戻された。ネムの出張死亡受付端末が、机の上で小さく判を押す。


「名前死です」

「言い方!」


 再挑戦。コヨリは羽ペンを握り直した。今度は最初から本名を書く。そう決めたはずなのに、手が少し止まる。


 天野こより(あまのこより)


 元の世界の名前。学校で呼ばれる名前。家で母に呼ばれる名前。勇者ではない、本名(・・)


 書いた瞬間、足元の光が少し弱くなった。勇者用の補正が外れたみたいに、短剣が少し重い。


「ログル、弱くなった」

「はい。勇者名ではなく本名を使ったため、勇者補助の一部が外れています。ただし、帰還因子(きかんいんし)は強く反応しています」

「帰るために弱くなるの、仕様が性格悪い!」


 床の奥で、名前消しスライムが跳ねた。ぬるぬるした体の中で、【天野こより(あまのこより)】の文字がにじむ。コヨリは小石を投げる。スライムは避けたが、床に落ちた小石が【フリガナ欄】を踏んだ。


【フリガナ未記入】


「えっ」


 天井からフリガナ吸いのコウモリが落ちてくる。羽音がひらがなを吸い、ログルの声が一瞬だけ固まった。


「勇者......いえ、対象......」

「対象って呼ばないで!」


 慌てて逃げたコヨリの足元で、フリガナ逆転床が光った。ひらがなとカタカナが入れ替わり、用紙には【アマノコヨリ】と表示される。間違いではない。けれど、帰還因子(きかんいんし)の光が不安定に揺れた。


 未記入監査官が赤ペンを構える。


【死亡】

【死因:フリガナ欄で詰まって赤ペンに刺された】

【評価:読みも大事です】


「神様ァ! 本名を書くのに殺意を盛るなああああああああ!」


 三度目。コヨリは鑑定机で作った【名前欄見直しメモ】を取り出した。死因図鑑室(しいんずかんしつ)でコピーした紙だ。ベルが魔王軍資料室まおうぐんしりょうしつから送ってくれた記入例もある。


 氏名欄に【天野こより(あまのこより)】。フリガナ欄に【あまのこより】。署名欄にも、震えないように同じ名前を書く。空欄提出床は小石で起動させ、肩書き沼は踏まない。赤ペン監査官が来る前に、名前消しスライムへ未識別ではない墨消し札を投げる。


 奥の名簿が開いた。


 そこには顔のない管理者が立っている。背中には巨大な名簿。体には一つも名前がない。


【名簿管理者ナナシ】


 ナナシは、名前を持たないまま笑った。


勇者コヨリ(ゆうしゃコヨリ)

「ちがう」


 コヨリは一歩前に出る。ナナシが【勇者】の札を飛ばす。避ける。床の名前欄は踏まない。


「神様の検証対象」

「ちがう!」


 次の札を盾で弾く。少し怖い。勇者という名前なら、強い。検証対象なら、腹は立つけれど世界に登録されている。でも、それでは家に帰れない。


 コヨリは胸の前に羽ペンを構えた。


「わたしは、天野こより(あまのこより)!」


 名簿の空白に、その名前が浮かぶ。ナナシの体が紙みたいにほどけ、帰還門(きかんもん)建設予定地から伸びた光が、コヨリの名前をそっと包んだ。


帰還因子(きかんいんし):名前】

【認証キー取得】


 コヨリは座り込み、用紙を見た。


「神様ァ......召喚したなら、最初から本名欄を出してよ......」

「出ていました」

「小さかったんでしょ!」

「はい」

「やっぱり神様ァ!」

【今回の勇者ステータス】

現在領域:特殊ダンジョン【名前記入迷宮なまえきにゅうめいきゅう】踏破

累計死亡回数:113回

今回の死亡回数:2回

クラス:【死因学者】/帰還者適性:兆候

現在HP:15/15

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション

獲得済み主要スキル:【死因ログ参照 Lv.2】【死亡ログ改ざん Lv.1】【神様報告遅延 Lv.1】【総合盤面確認 Lv.1】【危険察知 Lv.4】【罠感知 Lv.3】【未識別警戒 Lv.4】【射線確認 Lv.3】【帰還門(きかんもん)感知 Lv.1】【シード差分確認 Lv.2】【一フレームの神様 Lv.1】【仕様書要求 Lv.2】

今回の新規獲得・更新:【本名で進む Lv.1】【名前欄見直し Lv.1】【空欄提出警戒 Lv.1】【帰還因子(きかんいんし):名前】認証キー取得

今回活用した拠点設備:【死因図鑑室(しいんずかんしつ)】【死因研究室(しいんけんきゅうしつ)】【鑑定机】【仕様書保管棚(しようしょほかんだな)】【魔王軍資料室まおうぐんしりょうしつ】【反省会テーブル】

登場人物紹介:コヨリは勇者名ではなく本名で帰ることを選んだ幼女勇者。ログルは対象呼びをして怒られた解析神獣。ナナシは名前のない名簿管理者で、名前を間違えると強くなります。

※表示は主要スキルのみです。下位スキルは統合済み・内部保持されています。

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