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■第26章:立方体

 踏み込んだ瞬間。


 音が消えた。


「……」


 風も。


 鳥も。


 足音も。


「……」


 世界が、ひとつ削れたみたいに。


「……」


 振り返る。


 参道。


 縄。


 そして——


 男。


「……」


 遠い。


 歪んでいる。


 水の中みたいに。


「……」


 もう、関係ない。


「……」


 前を見る。


 山の奥。


 そこに——


 ある。


「……」


 歩く。


 止まらない。


 止められない。


「……」


 一歩ごとに。


 景色が重なる。


 今。


 過去。


 さらに過去。


 全部。


「……っ」


 頭が、軋む。


 それでも。


 進む。


「……」


 やがて。


 地面の違和感。


 そこだけ、歪んでいる。


「……ここか」


 膝をつく。


 迷いはない。


 土を掘る。


「……」


 指先に触れる。


 硬い。


 均一。


 冷たい。


「……」


 露出する。


 角。


 直線。


 完全な——


 立方体。


「……」


 古文書の言葉が浮かぶ。


 ——自然ノ物ニ非ズ。


「……」


 手を伸ばす。


 止まらない。


 そのとき——


「やめろ」


「……」


 声。


 近い。


「……」


 振り返らない。


 意味がない。


「触れるな」


「……」


 わかっている。


 それでも。


「……」


 指が、触れる。


 その瞬間——


 ——崩壊。


「……っ」


「……一気に繋がる」


 流れ込む。


 全部。


 時間。


 記録。


 感情。


 存在。


「……」


 叫び声。


 自分のものかもわからない。


「……」


 その中に。


 別の声。


 現実の。


「戻れ!」


「……」


 腕を掴まれる。


 強く。


 引かれる。


「……」


 あの男。


 選択を迫った男。


「……」


 引き剥がそうとしている。


 必死に。


「……離せ……!」


「無理だ」


 即答。


 低く。


 だが——


 わずかに揺れている。


「……」


 さらに力が入る。


 引く。


 全力で。


「……っ」


 だが。


 離れない。


 意識が。


 完全に張り付いている。


「……」


 男が、息を吐く。


 短く。


 諦めに近い。


「……」


 そして。


 小さく言う。


「……もう無理か」


「……」


 その一言。


 はっきりと聞こえる。


「……」


 続く。


 さらに小さく。


 だが確実に。


「……彼女も、そうだった」


「同じように“進めた”」


「……」


 時間が、歪む。


「……」


 澪。


「……」


 映像が重なる。


 同じ場所。


 同じ立方体。


「……」


 澪の手。


 触れている。


「……」


 その隣に——


 男。


 同じ男。


「……」


 掴んでいる。


 今と同じように。


「……」


 引いている。


 必死に。


「……」


 だが。


 遅い。


「……」


 澪の目。


 完全に。


 “向こう側”。


「……」


 理解する。


「……」


 こいつは——


 見ていた。


 全部。


「……」


 澪が壊れる瞬間を。


「……」


 助けられなかった。


「……」


 だから今。


 同じことを繰り返している。


「……」


 思考が、砕ける。


「……っ」


 さらに流れ込む。


 記録。


 過去。


 無限。


「……」


 腕が引かれる。


 体が動く。


 だが——


 離れない。


「……」


 男が、低く言う。


「……すまない」


「……」


 その言葉。


 誰に向けたものか。


 わからない。


「……」


 次の瞬間。


 強制的に——


 断ち切られる。


「……っ!!」


 暗転。


 完全な無音。


「……」


 落ちる。


 どこまでも。


「……」


 最後に見えたのは。


 澪の顔。


「……」


 静かに。


 口が動く。


「……」


 ——もうええって。


「……」


 消える。


「……」


 残るのは。


 赤い点。


 ——REC。


 それだけだった。

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