■第19章:組織
帰る途中だった。
はずだった。
「……」
記憶が、曖昧だ。
歩いていた。
夜の道。
風。
足音。
「……」
次の瞬間。
視界が、途切れる。
暗転。
無音。
「……」
違う。
これは。
自分で入った“あれ”じゃない。
「……っ」
目を開ける。
光。
白い。
天井。
「……」
横になる感覚。
硬い。
ベッド。
いや——
台。
「……」
起き上がろうとして。
止まる。
腕。
動かない。
固定されている。
「……なんやこれ」
声が、かすれる。
「目覚めたか」
横から、声。
「……」
首だけ、動かす。
男が立っている。
あのときの。
路地で会った男。
「……お前」
喉が、乾く。
「……なんや、ここ」
男は答えない。
少しだけ、視線を落とす。
手元。
あの機器。
「……」
嫌な感覚が、蘇る。
空間の歪み。
押し込まれる感じ。
「……離せや」
「無理だ」
即答。
感情がない。
「……」
数秒。
沈黙。
「……見たな」
男が言う。
「……は?」
「事故の記録」
「……」
息が止まる。
「……なんで知ってんねん」
「観測したからだ」
「……」
意味が、わからない。
だが。
否定できない。
「……お前ら、何者や」
男は少しだけ、間を置く。
考えるように。
「管理だ」
「……は?」
「記録点の」
「……」
頭の奥が、じん、と痛む。
その言葉。
自然に入ってくる。
理解できてしまう。
「……」
「お前は、触れすぎている」
「……」
否定しようとして。
できない。
混ざる記憶。
自分じゃない自分。
さっきまでの感覚が、蘇る。
「……だから?」
「だから、回収する」
「……」
意味が、わからない。
「……何を」
「お前を」
「……は?」
「そのままにしておくと、壊れる」
「……」
一瞬。
息が詰まる。
言い返せない。
自分でも、わかっている。
「……お前らがやってることの方が、よっぽどおかしいやろ」
やっと、出る。
男は否定しない。
「そうだ」
「……」
あまりにあっさりしていて、逆に苛立つ。
「だが、必要だ」
「……何が」
「維持だ」
「……」
曖昧な言葉。
わざと濁しているみたいに。
「……説明せえや」
声が荒くなる。
男は少しだけ、機器を持ち上げる。
「見るか」
「……」
嫌な予感。
それでも——
「……見せろや」
言ってしまう。
「……」
男が、わずかに動かす。
空間が歪む。
強制的に。
——REC。
「……っ」
視界が、切り替わる。
だが今回は——
違う。
点が、見える。
無数。
格子。
ネットワーク。
広がっている。
街。
山。
全部を覆うように。
「……なんや、これ」
「記録点だ」
男の声が、直接頭に響く。
「……」
視界が動く。
引く。
さらに。
遠くへ。
「……」
奈良の地形。
山の配置。
線が浮かぶ。
三輪山。
巻向山。
畝傍山。
繋がる。
「……」
あの形。
再生ボタン。
「……」
「すべて、記録されている」
「……」
「人間の行動」
「思考」
「選択」
「……」
背中が、冷たくなる。
「……誰がやってんねん」
問い。
「不明だ」
即答。
「……は?」
「我々も、知らない」
「……」
嘘には聞こえない。
それが、余計に怖い。
「……じゃあ何してんねん、お前ら」
「制限だ」
「……」
「見すぎた人間は、壊れる」
「……」
思い出す。
あの感覚。
混ざる記憶。
崩れる境界。
「……」
「だから、止める」
「……」
「消すこともある」
「……は?」
声が低くなる。
「記録を」
「……」
ゆっくりと、理解する。
「……澪は」
その名前を出した瞬間。
男の視線が、わずかに変わる。
「……」
初めての変化。
「……知ってるんか」
「……」
短い沈黙。
「接触している」
「……」
心臓が、強く鳴る。
「……何したんや」
「止めようとしていた」
「……」
胸の奥が、締まる。
あの言葉。
あの表情。
全部、繋がる。
「……結果は、見ただろう」
「……」
息が詰まる。
「……お前らがやったんか」
低く、問う。
男は——
答えない。
「……」
沈黙。
それが、答えだった。
「……ふざけんな」
声が、震える。
「……」
動けないまま。
それでも。
「……何が管理や」
「……」
「何が維持や」
「……」
男は、静かに言う。
「お前は、どこまで見るつもりだ」
「……」
「すべてか」
「……」
一瞬だけ、迷う。
だが。
すぐに。
「……あいつの分は、全部見る」
「……」
男が、わずかに目を細める。
「なら」
一拍。
「壊れる」
「……」
脅しじゃない。
ただの事実。
「……」
視界の端。
赤い点。
——REC。
それが。
強く、光る。
まるで——
選べ、と言うみたいに。




