■第17章:恋人の秘密
しばらく。
動けなかった。
「……」
部屋の中。
何も変わらない。
机。
椅子。
スマホ。
全部、同じ。
なのに。
「……」
違う。
どこかが。
確実に。
「……」
ゆっくりと、息を吐く。
頭の奥。
鈍い痛み。
まだ残っている。
「……」
思い出そうとする。
さっき見たもの。
映像。
自分。
混ざった記憶。
「……」
曖昧だ。
輪郭が、ぼやけている。
掴めない。
「……」
その中で。
ひとつだけ。
はっきりしているもの。
「……もうええって」
澪の声。
あの言い方。
あの間。
「……」
ただの言葉じゃない。
あれは——
「……止めてたんか」
ぽつり、と出る。
誰もいない部屋で。
「……」
視線が、机の隅に向く。
写真立て。
変わらない笑顔。
「……」
指先で、縁に触れる。
そのまま、止まる。
前みたいに。
映像は来ない。
ただ。
静かに。
そこにあるだけ。
「……」
視線を、少し横にずらす。
引き出し。
普段は、開けない。
理由はない。
ただ。
なんとなく。
「……」
手を伸ばす。
少しだけ、躊躇する。
開けたら。
何かが変わる。
そんな気がする。
「……」
それでも。
引く。
音もなく、開く。
「……」
中は、雑多だった。
文房具。
古いメモ。
使っていないケーブル。
その中に——
「……」
ノート。
見覚えがある。
澪の字。
「……なんで」
呟く。
ここにある理由。
覚えていない。
「……」
手に取る。
少しだけ、重い。
開く。
最初のページ。
「……」
日付。
バラバラ。
飛び飛び。
メモ。
断片。
図。
「……」
ページをめくる。
次。
その次。
「……」
途中で、止まる。
図がある。
丸。
点。
線。
「……」
心臓が、少し強く鳴る。
見覚えがある。
いや——
「……同じや」
格子。
交点。
空間に並ぶ点。
自分が見たもの。
それと、同じ構造。
「……」
さらに、めくる。
別のページ。
地図。
奈良。
山。
「……」
三輪山。
巻向山。
畝傍山。
耳成山。
天香具山。
「……」
線が引かれている。
繋がっている。
あの形。
再生ボタン。
「……」
喉が、乾く。
「……なんで」
答えは、もう出ている。
だが。
認めたくない。
「……」
さらに、ページをめくる。
文字。
走り書き。
急いだような筆跡。
『三尺=基準』
『点は固定ではない』
『観測でズレる』
「……」
呼吸が、浅くなる。
「……」
別のページ。
『触れるな』
それだけ。
強く書かれている。
「……」
その下。
小さく。
『大輔は気づく』
「……は?」
思わず、声が出る。
手が、止まる。
「……なんで」
ページを見つめる。
何度も。
読み返す。
「……」
自分の名前。
間違いない。
澪の字。
「……」
理解が、遅れてくる。
「……知ってたんか」
ぽつり、と出る。
「……最初から」
あのとき。
大学で。
三輪山。
サークル。
違和感。
「……」
全部。
繋がる。
「……」
さらに、ページをめくる。
最後の方。
少しだけ、新しい紙。
そこに。
短い文章。
『博物館』
『記録は残ってる』
『古文書』
「……」
思い出す。
ガラス越しの展示。
撮った写真。
三尺。
整然。
「……」
ノートと、古文書。
繋がる。
完全に。
「……」
手が、震える。
「……お前」
写真立てを見る。
澪の顔。
変わらない笑顔。
「……どこまで知ってたんや」
問い。
答えは、ない。
「……」
ただ。
ひとつだけ。
確実なこと。
「……」
澪は。
知らなかった側じゃない。
「……」
知っていた。
触れていた。
同じように。
「……」
そして——
「……止めようとしてた」
その理由が。
ようやく、見えてくる。
「……」
視界の端。
赤い点。
——REC。
それが。
静かに、点滅する。
まるで——
続きを、見ろと言うみたいに。




