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氷雨の黙示録  作者: 唯野眠子
第6章-バベルの塔
30/32

第6-1話 30,000メートルの壁

時刻: 4月下旬 午前7時30分

場所: 太平洋人工島、中央棟管制室

AIアトラスのダッシュボードに、12本の数値が並んでいた。

5,820m。6,140m。5,990m。6,310m。

それぞれが、12基それぞれの到達高度だ。

数値は昨夜の更新から変わっていない。夜間作業のシフトが終わり、日中シフトに切り替わるこの時間帯、浩は管制室に立つ習慣があった。

浩は画面の前に立ち、数値の並びを眺めた。目標は12万キロメートル。今の数字は、その0.005%に過ぎない。しかし確実に、昨日より伸びている。

「今週のペース、予定通りです」

管制担当のリン・シャオフェイが報告した。

「来週中には、全基で1万メートルを超える見込みです」

浩は頷いた。

1万メートル。

それは、数字の問題ではなかった。

1万メートルを超えると、大気圧は地上の26%に落ちる。気温はマイナス56度。成層圏の中核部だ。人間が与圧スーツなしで作業できる、最終的な限界に差し掛かる。スーツを着れば作業できる。しかし、スーツを着た手が、設計書に書いた精度の作業を本当にできるか。それは別の問いだ。

設計段階から分かっていた問題だ。しかし「分かっていた」と「直面した」は、別のことだと浩はいつも思う。

管制室の空調が低く鳴っていた。画面の前に立つ人間は浩だけだった。他のスタッフは各自の端末に向かっている。窓の外は、まだ薄い朝の光が太平洋の水平線を照らしている。

浩は画面から離れた。今日の午前9時、全部門の責任者が集まる。そこで話すべきことは、すでに整理されていた。

1万メートル到達まで、あと7日から10日。

そこから先が、本当の問題だ。

問題といえば、不穏なニュースもあった。

ハーグから、特別拘置施設へ移送中だった、ザカリアの護送車が消息を絶った、というのだ。

当局は「調査中」と発表したが、通信途絶の理由は明らかにしていない。

浩は窓の外に視線を向けた。

太平洋の朝の光が、人工島の構造物を横から照らしている。

第一基のケーブルは、角度によっては光を反射して光って見える。午前7時半のこの光の角度でだけ、そういう見え方になる。

浩が気づいたのは先月だ。おそらく洋子も知っているだろう。

確かめたことはないが。


時刻: 午前9時00分

場所: 中央棟、第一会議室

各部門の責任者が集まっていた。

構造工学チーフの荒木が最初に口を開いた。

「与圧スーツ着用での作業効率、検証結果を報告します」

スクリーンに数値が出た。

素手での作業を100とした場合、与圧スーツ着用時の作業効率は38%。

部屋の中に、短い間があった。

「ボルト締め付けに時間が3倍かかります。センサー設置は4倍。ケーブル接続部の微調整は、そもそも手の感覚が失われるため、作業精度が著しく落ちます」

「想定より低い?」

「想定の下限です。スーツの手袋部が思ったより厚い。現場でしか分からない問題でした」

浩は、その数値を頭の中で計算し直した。

与圧スーツ着用区間、高度1万から3万メートル。この区間で、どれだけの施工精度を確保できるか。設計値との乖離をどこまで許容できるか。38%という数字を起点に逆算すれば答えが出る。出るのだが、その答えが設計書の要求と整合しない。

会議室は静かだった。誰かがコーヒーカップを机に置く音が、短く響いた。

「ケーブル接続の精度要件、下げることはできますか?」

洋子が静かに言った。今日は現地参加だった。彼女の声は、問いというより提案だった。既に計算を終えていると、その声の質が示している。

「構造上の許容範囲を再計算しました。接続精度を設計値の99.0%から98.5%に緩和すれば、スーツ着用での作業と整合します」

「0.5%の緩和が何を意味するか」

荒木が問い返した。数字に対して慎重な反応だった。当然だ。0.5%という数字は小さく聞こえる。しかし36,000メートルのケーブルに積み重なれば、話が変わる。

「高度30,000メートルまでの区間に限定した話です。そこから先はロボットが担う。全体的な構造強度への影響は計算済みで、許容範囲内に収まります」

浩は、その計算を確認した。正確だった。

「改善策を2つ考えました」

浩は言った。

その直前、彼は一度だけ視線を落とした。

数字の並びが、わずかに重く見えた。

「1つ目はスーツそのものの改良です。指先にナノ単位の粗さまで電気信号でフィードバックする『第2の皮膚』をグローブに装着する。触覚情報を電気信号に変換して、スーツの内側に再現する。これで現場作業員の精度ロスを一部回復できる」

「現実的な開発期間は?」

荒木が聞いた。

「試作品が10セット、今週中に届くよう手配します。現場での試用データを来週中に取る。それと並行して...」

「そして2つ目は...」

洋子が、浩の言葉を受け取るように続けた。

「...人間を現場から引き上げること。作業員はベースの与圧区画に残り、ステラーカーボン製の高精度マニピュレーターをアバターとして操るテレプレゼンス方式へ移行する。設計図はもうアトラスに送ったわ」

荒木が画面を見た。洋子の送った設計図が、アトラスの管理画面に表示されていた。

マニピュレーター先端の触覚センサーの仕様、与圧区画内のオペレーターシートの配置、遅延補正のプログラム構成まで。今日の会議が始まる前に、設計の骨格が完成していた。

「...どこかでお二人で打ち合わせでもされてたんですか?」

浩は洋子の声に驚きもせず、当然のように頷いた。

「いや。だが、論理的に考えればその2つしかない。彼女も同じ結論に辿り着いただけだ、と思う」

「同じ結論に、ほぼ同時に、ですか...」

荒木は、しばらく画面と浩を交互に見た。

「解があれば、同じ場所に辿り着くのは当然でしょう」

洋子が補足した。特に感慨はなさそうだった。

「...了解しました」

荒木は、設計図を手元の端末に落とした。

「テレプレゼンス方式への移行、どれくらいかかりますか?」

「マニピュレーターの現地搬入に3日。キャリブレーションに2日。試験運転が1日。1週間あれば切り替えられます」

「その間、1万メートル区間の施工は?」

「触覚フィードバック型グローブを先行導入します。ミス率を半減できれば、工程は維持できます」

荒木は頷いた。問題の半分は、今この場で片付いた。

しかし浩は知っていた。問題の本体はまだ先にある。

浩は設計図を見直した。テレプレゼンス方式は正しい。しかし、それはあくまで1万から3万メートルの区間の話だ。

3万を超えたら、テレプレゼンスも使えなくなる。通信遅延の問題が出てくる。

「3万メートル以上のロボット区間に、別の問題があります」

部屋の空気が少し変わった。荒木が身を乗り出した。問題はまだある。設計段階で予見されていたものと、現場検証で初めて見えてくるものと、二種類ある。どちらも確実に来る。

「続けてください」

荒木が言った。

浩は次のデータを出した。問題は、与圧スーツの問題とは別の次元にある。しかしこちらの方には、解決の糸口が見えていないものもあった。


時刻: 午前10時30分

場所: 中央棟、設計統合室

まずは、ステラーカーボン製テザーにかかる重力勾配と風圧のバランス。

高度が上がるにつれて変動する大気密度。

数値は刻々と変わる。

現場では環境そのものが制御変数になっていく領域だ。

設計書に書いた数値と、実際に起きることの差が、最大になる区間でもある。

3万メートルの数値シミュレーションを、浩はホログラム上に展開していた。

浩が補強材の密度を書き換えようと指を伸ばした。

指が触れるより0.1秒早く、数値が変わった。

「補強材の...」

「密度を4%増加。ただし、32番セクションのみ。そうでしょう?」

洋子が言った。

「いや、33番までだ」

「...そうね。その方がモーメントの分散効率が0.02上がるわ。修正完了」

リン・シャオフェイが、その横で固まっていた。

浩が言葉を出す前に数値が変わる。洋子が答えを出す前に浩が「いや」と言う。

訂正が入り、洋子が即座に飲み込んで結果を出す。

「検討」という時間がない。二人の間には、そのステップ自体が存在しなかった。

リンは後でそう書き留めた。「彼らには検討という時間がない。まるで一人の巨人が両手を使って、一つの脳で作業している。そこには他者が入り込む隙間が分子一個分も残されていない」

リン自身もエンジニアだ。国際建設コンソーシアムの管制を10年間担ってきた。これまでに世界中の優秀な技術者と仕事をしてきた。しかし、今のような速度で設計が動くのは、見たことがない。


浩は画面を見ながら、次の問題を出した。

「ロボット制御の通信遅延です」

浩がデータを投影した。

地上の管制室から制御信号を送り、高度3万メートルのロボットが受信して動作するまでの時間。これはシミュレーションではなく、先週の試験運転から実測したデータだった。

1万メートルで140ミリ秒。3万メートルで220ミリ秒。

「この遅延が問題になります」

荒木が「それほど大きな値には見えないが」と言った。

「精密作業中は致命的です」

洋子が補足した。「ケーブル接続の精度調整は、200分の1ミリの操作を要します。220ミリ秒の遅延は、その作業を事実上不可能にします。ロボットが信号を受け取った時点で、すでに別の位置に移動している」

データに記された数値の意味が、その説明によって部屋に伝わった。220ミリ秒は人間の反応速度と大差ない。しかし精密機械工学の文脈では、0と無限大の差がある。

「事前にプログラムして自律制御させればいいのでは」

技術担当の一人が言った。

「高度5万メートル以上の自律区間では、それで設計しています」

浩が答えた。

「しかし3万から5万メートルの区間は、環境変化が激しい。気流、温度変化、ケーブル自体の挙動のばらつき。この区間のロボット作業をすべて事前プログラムで制御するためには、環境変化の予測精度が100%に近くなければならない。それは現実的ではない」

「つまりリアルタイム制御が必要だが、遅延がある」

荒木が整理した。

「そういうことです」

会議室に沈黙があった。

問題の構造は分かった。しかし解決策がない。全員がその状態だった。

どこかに解決策があるはずだ。浩はそう思いながら、データを見ていた。

発信源から信号が届くまでの時間。それを短縮するには、発信源を近づけるか、信号の経路を変えるか。あるいは──

「伝送媒体を変える」

洋子が言った。

浩は、端末を開き、データを画面に出した。

「ケーブルそのものを伝送媒体にすれば」

浩は頷いた。

「それを考えてた。ステラーカーボンの電気特性だ」

「電気抵抗がほぼゼロだから...」

「信号が光速に近い速度で伝わる。理論上、遅延はゼロになる」

「やってみる価値がある」

ここではじめて技術担当が口を挟んだ。

「実装となると、ケーブルに電力伝送と制御信号の両方を通す設計になります。干渉の問題が出る可能性がある」

洋子が答えた。

「周波数分割で対処できると思ってますが」

「それは午後に詰めます。まず原理を確認する」

浩が言った。

「洋子さん、午後1時、作業室を使えますか?」

「はい」

「荒木さんにも同席をお願いします」

「了解しました」

会議の空気が前進した。問題は残っている。しかし、進む方向が見えた。

リンはただ黙って記録していた。


時刻: 午後1時00分

場所: 共同作業室B

作業室のホワイトボードには、浩の手書きの数式が並んでいた。

殴り書きに近い。消した跡がある。途中で飛躍している。論理の橋が架かっていない箇所が、少なくとも3つある。外から見れば途中放棄した計算書に見えた。

荒木が「これを見せられても」という顔をしていた。

実際、荒木には読めない。浩の手書きは専門家でなければ判読できない。

洋子は画面の向こうからそれを見ていた。

葉子の座っている位置は、ちょうど画面越しにホワイトボードが映る角度だった。

「そのインクの滲み」

「どれ?」

「左から4番目の式の、下の方」

浩は振り返った。確かに、数式の着地点が滲んでいた。

書きかけで止まったものだ。自分でも、何を書こうとしたか一瞬分からなくなっていた箇所だ。

「...光ファイバーの代替案を考えてた」

「違うでしょ」

浩は少し止まった。

「...テザーそのものを導波路にする」

「そう。それを言いたかったのよ」

洋子が端末を叩き始めた。

「ただ、モード分散が起きるわ。そのままじゃ信号がボケる」

「ステラーカーボンの格子振動に、搬送波を同期させれば...」

洋子が手を止めた。

一瞬だけ。

その一瞬に、何万通りかの計算を走らせたかのように、彼女の目が動いた。

浩は、そのわずかな沈黙に何かがあることを知っていた。洋子が止まる時は、答えが見えた時だ。見えていない時は、止まらない。

計算結果が画面に投影された。

「...打ち消せる。できたわ。通信遅延、理論上のゼロ」

洋子は一度だけ目を閉じた。

「...完璧ね、浩くん」

浩は、その言葉を聞いて初めて微笑した。

荒木が後ろから画面を覗き込んでいた。

「...これ、本当に今日中に出てきた設計ですか」

「そうですが」

「朝から何時間かかりました?」

「朝の会議の後からだと4時間ほどですかね」

荒木は(いやいや)と黙って首を振った。

4時間といっても会議の後からで、ランチもしていたはずだ。

午前の現場問題への対処と、3万メートル以上の通信システムの基礎設計がほんの数時間で出来上がってしまった。

「...荒木さんならこれ、どのくらいでできると見積もるのが普通なんですか?」

浩が不思議に思って聞いた。

荒木が答えた。

「3ヶ月から半年は見る設計ですよ」

「今日が何日なのか分からなくなりそうです」

荒木はそれだけ言った。

リンが設計書を受け取った。受け取る手に、わずかに力が入っていた。

美しすぎる設計図だ、とリンは思った。

美しいということは、余分な部分がないということだ。

余分がないということは、設計者が問題の全体像を最初から掴んでいたということだ。

そして今日、この設計が生まれた時間を、リンは自分の目で見ていた。それでもまだ、信じられなかった。


時刻: 午後4時00分

場所: 同上

「また問題がでた」

浩がデータを出した。

高度3万メートル。超低温と希薄な大気が、ステラーカーボン繊維に予期せぬ「高周波振動」を引き起こしている。

試験データから検出されたものだ。シミュレーションでは出なかった。実測して初めて見えた。

「この振動を物理的に抑えるのは不可能だ。テザーの質量が足りない。だが、抑えなければ光信号はノイズに消える」

浩が言った時、洋子は既に何かを考えていた。端末の前で目が動いていた。

「抑えるんじゃないわ、浩くん」

洋子が言った。

「この振動を『計算資源』に変えるのよ」

浩は、手を止めた。

「...テザーの格子振動をキャリアとして定義する?」

「そう。位相幾何学的な安定性を固定したまま、摂動項をノイズではなく情報を運ぶ波の形に整列させる。アトラスを使う」

「計算量が膨大になる」

「だから全リソースを集中する。アトラス、第4演算領域を最大出力で」

「了解しました、Prof. Yoko」

浩が空中に数式を投影した。

左辺を浩が書く。

右辺を洋子が埋める。

その速度が徐々に上がっていく。

会話の形をしていたものが、だんだんと対話ではなくなっていった。

一人が式を出し、もう一人が即座に次の式につなぐ。

継ぎ目がなくなっていった。

リンはその様子を見ながら、自分がここにいていいのか分からなくなっていた。

荒木が通信回線を通じて参加してきた。

しかし画面を見て、すぐに黙った。何かを言う必要がないと判断したのか、あるいは言葉を挟む場所がないと判断したのか、どちらだろう。

「テザーの格子振動周波数を定義して、振動モードを搬送波に乗せる。位相ズレを補正すれば...」

「...ノイズが信号になる」

アトラスの計算が収束した。

最初の数秒は、波形は崩れたままだった。

だが次の瞬間、それが整列した。

不規則だったノイズの波形が、画面の中で美しいサインカーブを描いた。

浩は、その画面をしばらく見ていた。

「...繋がった」

「遅延、ゼロ。高度3万メートルを、情報の神経系が超えたわ」

洋子の声は、穏やかだった。

驚きとは少し違う。当然の結果を確認しているような落ち着きだった。

「洋子、君はやっぱり...」

「もう分かったんだから、先に進みましょう」

洋子が言った。

浩が言葉を探す前に。

浩は「そうだね」と答え、次のデータを開いた。


時刻: 午後6時00分

場所: IGDE本部、セキュリティブリーフィングルーム

「ザカリアが、消えました」

サラの報告に、会議室の空気が凍りついた。

「消えた?」

マリアの声は低く、しかし明瞭だった。

「はい。ハーグから特別拘置施設への移送中、護送車の通信が突如として沈黙、だそうです」

「襲撃?」

「その痕跡はありません」

サラは首を振る。

「発見されたのは、無人の車両と、完全初期化された監視装置だけ、だそうです」

「内部協力...」

「断定はできません。でも、そう考えるべきでしょうね」

浩はぼんやりと天井を見つめながら呟いた。

「...俺が宇宙を数式で制圧しようとしている間に、地上ではまだ、こんな原始的な謀略が渦巻いているのか」

マリアは、モニターを見つめながら、短く息を吐いた。

「腐敗か、謀略か。どちらにせよ、彼はまた地下に戻った」

モニターには、建設中のステラーカーボンのタワーが銀色に輝いて映っていた。


時刻: 午後7時45分

場所: 中央棟会議室

「通信遅延ゼロの制御システム、設計完了です」

浩が報告した。

管制責任者のリン・シャオフェイが、設計書を受け取り、目を通した。

「これが実装されると」

「高度12万キロメートルでも、地上からリアルタイム制御が可能になります。ケーブル自体が通信ケーブルとして機能します」

「タワーが、自分を通じて会話する、ということですか」

浩は少し考えた。

「そういう言い方もできます」

部屋にいたチームメンバーたちの反応はそれぞれだった。計算をすぐに読める者は驚き、読めない者は静かに頷いた。荒木が「実装期間はどれくらいか」と聞いた。浩が「10日から2週間」と答えた。

「スケジュールへの影響は?」

「並行して進めれば、全体工程に影響はありません。与圧スーツ区間の施工と制御システムの改設計を同時に進める形です」

「人員配置は?」

「制御チームから8名追加が必要です。リンさんに調整をお願いできますか」

「対応します」

リンが即座に答えた。書類に何かを記した。

承認、だった。

会議が終わった後、廊下で洋子が言った。

「次のフェーズに移れますね」

「ええ」

浩は答えた。

どちらも喜びを言葉にしなかった。しかし浩の歩き出す速度が、少し変わっていた。

廊下の突き当たりに窓があった。

外はもう暗い。

第一基の建設タワーが視界の端に見える。

暗闇の中に向かって細い線が伸びている。

今夜も、上では機械が動いている。昨日より少しだけ高い場所で。

浩は立ち止まって、その線を見た。

今日設計した通信システムが実装されたら、あの線は情報の神経系になる。

電気を通すだけでなく、信号を運ぶ。それは設計書には書いてあった。

しかし、今日の作業を経て初めて、浩はその意味が体に入ってきた気がした。

3万メートルという数字は、まだ画面の中にある。しかし確実に、近づいている。

「分かっていた」と「直面した」は、やはり別のことだ。しかし今日、その距離は縮まった。

設計は完成した。あとは現実がそれに追いつく番だ。

「今日、この塔は人類の新しい神経系になった。ザカリアが何を企もうと、この塔は止まらない」

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