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氷雨の黙示録  作者: 唯野眠子
第4章-痕跡
20/29

第4-1話 真実の公開

時刻: 2月7日 午前10時00分

場所: IGDE危機管理センター、機密会議室

氷雨が終了してから、2週間が経過していた。

海面上昇は累計6.8メートルで安定し、これ以上の上昇は止まった。しかし、被災者は30億人に達し、死者数は200万人を超えている。

そして昨日、国連本部での討論会があった。

洋子は、ザカリアの言説を封じるために、氷塊が人工物である可能性を示唆した。あれは、緊急避難的な公表だった。学会や国家が認めた公式見解ではない。しかし、世界中が反応した。

IGDE危機管理センターの機密会議室。

参加者は、マリア・ロドリゲス、浩、洋子、NASA長官キャサリン・ブラウン、JAXA理事長山田隆史、そして国連安全保障理事会の代表5名。

洋子の手元には分厚い資料が積まれていた。生データ。全て。

議題は、生データの公開だった。

「昨日の討論会で、洋子博士は氷塊が人工物である可能性を示唆しました」

マリアが会議を開始した。

「その結果、世界中のメディア、科学者、そして一般市民が、証拠の提示を求めています」

マリアは、タブレットを操作した。スクリーンに、過去24時間のSNSトレンドが表示される。

#ShowUsTheEvidence(証拠を見せろ)

#AlienProbe(地球外探査機)

#IceRainTruth(氷雨の真実)

全て、トップトレンドに入っている。

「問題は、生データを公開すべきか否かです」

ロシア代表が即座に反対した。

「昨日の討論会での発言は、まだ『仮説』の段階でした。しかし、生データを公開すれば、それは『公式な実証データ』となります」

「世界中の科学者が独自に解析を始めるでしょう。そして、彼らの中には過激派も含まれます」

「データを出した後で、もし解析が暴走したら...誰が責任を取るんです?」

中国代表も懸念を示した。

「データが悪用される可能性があります。新たな軍拡競争が始まるかもしれません」

「しかし、隠蔽し続けることはできません」

アメリカ代表が反論した。

「洋子博士が昨日、公の場で発言してしまった以上、後戻りはできません」

浩が発言した。

「私は、完全な公開を支持します」

全員の視線が浩に向いた。

「昨日の討論会で、洋子は緊急避難的に発言しました。それは、ザカリアの言説を封じるためでした」

「しかし、その結果、世界中が真実を求めています。人類には、真実を知る権利があります」


時刻: 午前10時30分

場所: 同上

洋子が立ち上がり、会議室のスクリーンに分析結果を表示した。

「昨日の討論会では、概要のみをお話ししました。今日は、全ての生データをお見せします」

「まず、これが氷塊のナノスケール構造です」

電子顕微鏡画像が映し出される。氷の結晶の中に、幾何学的な空洞が規則的に配列されている。

「自然形成でこのような規則性が生まれる現象の記録も、それを生む理論もないはずです。少なくとも、私は見たことがありません。他の研究機関にも問い合わせましたが、結果は同じでした」

洋子は次の画像を表示した。通常の彗星氷との比較。

「これは、昨日お見せした概要です。しかし、問題は生データです」

「同位体比率も異常です」

グラフが表示される。

「水素の同位体、重水素の比率が地球の海水と大きく異なります。そして、この比率は太陽系外縁部の天体とも一致しません」

「新しいグラフ。酸素、炭素、窒素の同位体比率。

「これらの比率を総合的に分析すると、この氷塊の起源は、太陽系から少なくとも数百光年離れた星系である可能性が高い」

「こちらも、いくつかの研究機関に問い合わせて、ほぼ同じ回答を受けています」

「つまり?」

中国代表が尋ねた。

「この氷塊は、恒星間飛行を行った探査機の残骸である可能性が極めて高い」

洋子は明確に答えた。

洋子は、膨大なデータセットを表示した。

「このデータを公開すれば、世界中の研究者が独自に検証できます。しかし、同時に、誰もが独自の解釈を加えることができます」

「昨日の討論会では、『可能性を示唆した』に留めました。しかし、生データを公開すれば、これは『実証された事実』となります」

会議室が静まり返った。

キャサリン・ブラウンが追加のデータを提示した。

「NASAも、独自に分析を行いました。洋子博士の結論を支持します」

「さらに、昨日の討論会の後、我々は深宇宙探査機のデータを再解析しました」

スクリーンに、宇宙空間の画像が現れた。

「地球-月系のL4ラグランジュ点に、未知の構造物を検出しています。サイズは、直径約5キロメートル。明らかに人工物です」

ざわめきが起こった。

浩が軌道計算の結果を説明した。

「この構造物は、少なくとも数百年、おそらく数千年以上L4点に留まっています。意図的にそこに配置されたと考えるべきです」

マリアが議論を整理した。

「つまり、我々が直面している状況はこうです」

「第一に、昨日の討論会で、洋子博士は氷塊が人工物である可能性を示唆した」

「第二に、その発言により、世界中が証拠の提示を求めている」

「第三に、我々は完全な生データを持っている。それは、氷塊が地球外文明の探査機であることを実証している」

「第四に、L4点には、その文明の宇宙船が存在する」

「この生データを、公開すべきか否か。公開すれば、それは『公式な実証データ』となります」


時刻: 午前11時00分

場所: 同上

議論が本格化した。

アメリカ代表が口火を切った。

「生データを隠蔽することは、長期的に信頼を失います。昨日の討論会で、洋子博士が発言してしまった以上、後戻りはできません」

「もし、我々が沈黙を続ければ、『IGDEは何かを隠している』という陰謀論が拡散します」

イギリス代表も賛成した。

「さらに、この発見は人類を団結させる可能性があります。昨日の討論会でも、多くの人々が感動しました」

洋子が追加した。

「科学的にも、公開すべきです。L4点の構造物を調査すれば、高度な技術を学べる可能性があります」

「しかし、そのためには国際的な協力が必要です。データを独占することは、解決の可能性を狭める自殺行為です」

洋子は会議室を見渡した。

「世界中の無名の天才、ハッカー、哲学者、そういう人たちがこのデータに触れることで、初めて想定外の突破口が見つかるかもしれません」

「なのに、それを隠した瞬間、助けてくれる誰かの手を、自分で折ることになります」

浩も同意した。

「さらに、もう一つ重要な理由があります」

彼は立ち上がった。

「情報の空白は、必ず陰謀論や過激な信仰で埋められます。ザカリアが強いのは、我々が情報を隠しているからです」

「不完全でも、不都合でも、全ての生データを晒し、科学のプロセスそのものを公開すること。それだけが、人々の不信感という名の燃料を断ち切り、熱狂を冷ます唯一の方法です」

慎重派も反論する。

まずロシア代表が強く反対した。

「公開すれば、予測不可能な混乱が生じます」

彼は立ち上がり、会議室を歩き始めた。

「しかし、私が最も恐れているのは、テロや軍拡競争ではありません」

彼は窓の前で立ち止まった。

「もし、氷雨が高度な文明による管理物だと証明されたら...最初に壊れるのは、街じゃない。指導者たちの顔です。『では今までの決断は何だったのか』そう問われた時、誰も答えられない」

「これを公開すれば、人類は独立した知的種族から、未知の存在の『被造物』あるいは『実験動物』へと格下げです」

「その精神的ショックは、テロ以上の壊滅を文明にもたらすでしょう」

中国代表も、別の角度から懸念を示した。

「さらに、もう一つの問題があります」

彼は資料を開いた。

「...災害の後、人は必ず『理由』を探します。理由があれば、耐えられる」

「でも、もし『理由はない』と分かったら?明日から、誰が隣人を信じられるでしょうか」

「あるいは、もしそれが単なる『システムのバグ』や『パラメータのミス』だと判明したら?」

彼は会議室を見渡した。

「200万人の死者が、ただの計算ミスで死んだのだと知ったら、人々は何を信じて隣人を愛せるのでしょうか?」

「真実は、時に善き社会を維持するための『共通の物語』を破壊する毒になります」

重い沈黙が落ちた。

フランス代表が、妥協案を提示しようとしたが、浩がそれを遮った。

「お二人の懸念は理解します」

浩の声は静かだったが、確信に満ちていた。

「しかし、私は逆に問いたい」

「...混乱するから、知らせない?」「自分が耐えられないかどうかを、他人に決められるのが、人は一番嫌がるんじゃないでしょうか」

「真実の重みに耐えられないと決めつけることこそが、人類への最大の冒涜です」

浩は会議室を見渡した。

「たとえ絶望的な真実であっても、それを共有し、自らの足で立つことこそが、人類が『管理される家畜』から『自律的な種』へと進化するための儀式です」

洋子も同意した。

「私も、完全な公開を支持します。昨日、私は概要のみを話しました。しかし、科学者としての責任があります」

「仮説を提示した以上、その根拠となる生データを公開しなければなりません」

「そして、もう一つ」

洋子は資料を閉じた。

「もし、L4点の構造物にメッセージが残されていたら? そのメッセージは、人類全体のものです」

「一部の国や組織が独占すべきではありません」


時刻: 午後1時00分

場所: 同上

3時間の議論の後、マリアが決断を下した。

「私は、完全な公開を決定します」

慎重派の代表たちが、抗議の声を上げた。しかしマリアは手を上げて制した。

彼女は立ち上がり、会議室を歩き始めた。

「第一に、隠蔽は不可能です。しかし、これは理念だけの問題ではありません」

彼女は窓の前で立ち止まった。

「昨日の討論会で、洋子博士が公の場で発言しました。その時点で、情報は公共のものとなりました」

「既に、数百人の科学者がこのデータにアクセスしています。そして...」

マリアは振り返った。

「L4点からの電磁波放射は、数日のうちにアマチュアの観測網でも捉えられます」

「世界には、数千の民間天文台があります。このレベルの電磁波放射は、彼らの機材でも検出可能です」

「つまり、我々が隠しても、1週間以内に誰かが同じデータに辿り着きます」

マリアは会議室を見渡した。

「その時、世界はどちらを信じるでしょうか? 自ら真実を開示したIGDEか、それとも『嘘がバレた』政府か」

「今公開すれば、我々が主導権を握れます。情報の解釈、発表のタイミング、世論の誘導...しかし、明日になれば、我々はただの被告人になります」

「『IGDEは真実を隠蔽していた』『科学者は共謀者だ』」

マリアの声が、一段低くなった。

「ザカリアに、その攻撃材料を与えるつもりですか?」

ロシア代表が反論しようとしたが、マリアはそれを遮った。

「第二に、人類の団結のため」

「今あるデータの中に、...もしも『氷雨の制御』が存在するならば、我々が解読に失敗することは、人類の滅亡に直結します」

「IGDE内部のリソースだけでは、この解読に何年もかかるかもしれません」

「しかし、世界中の計算機資源と知性を開放すれば?」

マリアは、手に持っていたペットボトルに口をつけた。

「MIT、清華大学、モスクワ大学、ベルリン工科大学...世界中の研究機関が、このデータにアクセスできれば」

「解読速度は、100倍以上になります」

「我々は今、時間との戦いをしています。次の氷雨が来るかもしれません。あるいは、別の災厄が」

「IGDE内部の限定的なリソースで解読を試みることは、防御力を自ら低下させる自殺行為です」

中国代表が懸念を示した。

「しかし、その中には過激派も含まれます」

「ええ」

マリアは認めた。

「しかし、考えてください。もし、我々が隠蔽し、そして解読に失敗したら?」

「次の氷雨が来て、さらに何億人が死んだら?」

「その時、人々は何と言うでしょうか」

マリアの声が、静かに響いた。

「『IGDEは情報を隠し、解読に失敗した。彼らは人類を見殺しにした』と」

「過激派が情報を悪用するリスクと、我々が解読に失敗して人類が滅亡するリスク」

「どちらが大きいですか?」

重い沈黙が落ちた。

マリアは会議テーブルに戻った。

「第三に、倫理的な理由。200万人が死にました。彼らの死を無駄にしないためには、真実を明らかにする必要があります」

「人々は、200万人の死に意味を見出そうとしています。神の試練、人類への警告...」

「もし、我々が真実を隠蔽し、そしてそれがバレたら?」

「人々は、その死を『無意味』だと知るだけでなく、『政府が隠蔽した』と知ります」

「その怒りは、どこに向かうでしょうか?」

マリアは会議室を見渡した。

「ザカリアは、その怒りを利用します」

「『政府は真実を隠した。科学者は共謀した。彼らは200万人を見殺しにした』」

「その時、我々は信頼を完全に失います」

マリアは深呼吸した。

「皆さん、私は申し上げました。これは賭けではありません」

「我々が公開しなくても、情報は漏れます。1週間、いや、数日のうちに」

ゆっくりと、全員の顔を見渡しながら、念を押す様に言った。

「問題は、その時、我々が主導権を握っているか、それとも被告人になっているか」

採決が行われた。

賛成は過半数を超えた。だが、反対派の表情にも、不満の色はない。

反対の意思を表明した「事実」が必要なのも政治である。

「可決」

マリアが宣言した。

「48時間後、世界同時記者会見を開きます。生データの全てを公開します」


会議が終わり、浩と洋子は席に座ったままだった。

「これでよかったんでしょうか」

洋子が呟いた。

「昨日、私は討論会で発言しました。それが、全てを変えてしまった」

「そして、あなたはザカリアの言説を封じました」

「マリアの言う通り、隠蔽することのリスクは、公開することのリスクを上回っていた」

「それで納得していい...のかもしれません」

マリアが二人に近づいてきた。

「お二人にも、記者会見で説明をお願いします。科学的な部分は、お二人が最も適任です」

「はい。ただし、その前に、L4点の構造物からの信号をもう一度確認させてください」

「昨日の討論会の後、観測データに微妙な変化があったような気がします」

洋子が言った。

「もし、パターンが変化していたら、メッセージの解読が進むかもしれません」

「分かりました。48時間、あります。できる限りのことをしてください」

マリアは二人を見つめた。

「これは、人類の総力戦です」

二人は会議室を出た。廊下は静かだった。足音だけが響く。

「浩さん」

洋子が歩きながら言った。

「マリアさんの言った通りかもしれません。そう考えることにします」


時刻: 午後3時00分

場所: IGDE危機管理センター、洋子の研究室

会議後、浩と洋子は洋子の研究室に戻った。

「本当に...これでよかったんでしょうか」

洋子が窓の外を見つめた。

浩は答えた。

「わかりません。でも、隠し続けることはできませんし」

「...もしかしたら、これは人類にとって転換点になるかもしれません。人類が初めて、宇宙における自分たちの位置を理解する瞬間に」

「あなたは...楽観的ですね」

「祖母の影響です。祖母・美咲は、いつも言っていました。『人間は、困難に直面すると、より賢くなる』と」

その時、洋子のコンピューターが警告音を発した。

ピッ、ピッ、ピッ。

「L4点の構造物...何か動きがあります」

浩が画面を覗き込んだ。

「微弱な電磁波放射を検出しました。数分前から」

二人は、データを詳しく分析した。

「これは...意図的な信号のようです。パターンがある」

洋子がデータを別の形式で表示した。

「構造物が、活動を再開した?」

二人は顔を見合わせた。

4億年の沈黙を破って。今、何かが目覚めた。


時刻: 午後6時00分

場所: 同上

数時間の分析の後、浩と洋子は驚くべき結論に達した。

「これは...数列です。しかも、素数のような単純なものではない」

画面には、電磁波の周波数パターンが表示されていた。

3.0, 3.449..., 3.544..., 3.564...

「...嫌な数列だ」

浩が言った。

「制御できると思った瞬間に、裏切る...」

洋子も応じた。

ロジスティック写像。カオス理論の基礎となる、有名な数式。

周期倍分岐が起こるパラメータrの値

画面に、ロジスティック写像の図式が表示される。

x(n+1) = r * x(n) * (1 - x(n))

「3.0で周期2、3.449で周期4、3.544で周期8...そして、これらの値は...」

洋子が最後のデータポイントを表示した。

δ ≈ 4.669

「ファイゲンバウム定数」

二人は、互いを見つめた。

「分野が違っても、同じ数字が顔を出す」

「気象系、個体数変動、化学反応...複雑系がカオスに移行する過程で、必ず現れる普遍的な定数」

「...偶然とは思えません」

「知的生命なら、扱っている数値として不思議ではないですね」

「つまり、これは...メッセージ?」

「うーん...しかし...」

洋子とは違い、浩は慎重に言葉を選んだ。

彼はデータを再解析した。

「ロジスティック写像は、例えば個体数の変動をモデル化する式です。そして、気象系のモデルにも利用されます」

彼は、氷雨のデータと重ね合わせた。

画面に、二つのグラフが表示される。一つは、L4点からの信号。もう一つは、氷雨の降水パターン。

両者は驚くほど類似していた。

「地球外文明が...氷雨について語りかけている?」

洋子が言った。

「しかし...」

浩はそう思っていない様だった。

「このパターンには、複数の解釈が可能です」

「まず、氷雨の制御方法を教えようとしているメッセージだとするもの...俺たち人類を助けようとしている、と思いたい解釈」

浩が説明した。

「ロジスティック写像において、rの値を変化させることで、系の挙動を制御できます。安定した周期運動から、カオスまで」

「つまり、地球外文明は、氷雨という気象変動が制御可能なシステムであることを示唆している、ということ」

洋子がその可能性に同意する様に重ねる。

「しかし...」

「逆に、これはメッセージ性なんてものはなく、単に探査機の稼働ログという可能性」

浩は新しいグラフを表示した。

「この信号は、...あまりにも規則的すぎる。機械の排熱リズムのような」

「もし、この信号が単なる『機械音』だとしたら...?」

洋子が尋ねる。

「彼らは私たちを助けようとも、試そうともしていない」

浩が続けた。

「氷雨という災厄も、彼らが何か別の作業をした際の副産物に過ぎないかもしれません」

「私たちは救済を待っているのではなく、巨大な重機の足元で踏み潰されかけている蟻に過ぎないのかもしれません」

洋子は別の可能性を提示した。

「他に、技術的リトマス試験紙かもしれない、というのは?」

「信号は制御用コードではなく、その種族が『接触に値する知性か』を測るための検定試験である可能性、ということですね」

「もし私たちが解読に失敗すれば、彼らは二度と信号を送ってこないかもしれません」

浩は頷いた。

「あるいは、主体的に動いていない、例えば宇宙の共鳴板として働いているだけ、というのも考えられますね」

「探査機は何かを制御しているのではなく、宇宙のエネルギーや重力波を受信して『奏でている』だけ、か」

「であれば、ロジスティック写像の分岐点は、単に宇宙のエネルギーが最も美しく響くリズムを示しているだけ...」

二人は、画面を見つめた。

「現時点では...」

洋子が静かに言った。

「どの解釈が正しいのか、判断がつきません」

「善意のメッセージかもしれない。無機質な機械音かもしれない。試験かもしれない。あるいは、宇宙の音楽かもしれない」

「思いもよらない、他の可能性もあるでしょう。でも、確実なのは...」

浩が続けた。

「これが、知的生命によって作られた何かであるということ。そして、それが今、私たちに何かを伝えようとしているということ」

「それが救済なのか、無関心なのか、審判なのか...」

洋子はマリアに緊急連絡を入れた。

「マリアさん、L4点の構造物が活動を再開しました」

「何ですって!?」

「ロジスティック写像に基づく信号を検出しました。これは、氷雨に関連している可能性があります」

「でも...」

洋子は一呼吸置いた。

「この信号の意図は、まだ不明です。善意のメッセージかもしれません。しかし、単なる機械音や、審判、あるいは宇宙の共鳴である可能性もあります」

「48時間後の記者会見、内容を変更する必要があるかもしれません」

電話を切った後、浩と洋子は窓の外を見た。

夜空に、月が昇り始めていた。その近く、目には見えないL4ラグランジュ点に、地球外文明の宇宙船がある。

そして今、その宇宙船が目覚めた。4億年の沈黙を破って。

洋子は画面を見つめた。信号を元に変換されたファイゲンバウム定数が、表示されている。

それは、確かに何かを伝えている。

誰かが、何かを。

4億年の時を超えて。

それが何なのか、わからないままに。

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