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氷雨の黙示録  作者: 唯野眠子
第4章-痕跡
21/29

第4-2話 L4ラグランジュ点

時刻: 2月9日 午前10時00分

場所: ケネディ宇宙センター、フロリダ

ファルコンヘビーロケットが、発射台に立っている。

高さ70メートル。27基のマーリンエンジンを搭載した、人類史上最強クラスのロケット。その先端部には、ヘルメス3号が格納されている。

L4点の構造物からのロジスティック写像信号検出を受け、準備中だった探査ミッションが緊急で前倒しされた。本来なら3ヶ月後の打ち上げ予定だったが、信号の発見により計画が大幅に変更された。

管制室では、数百名の技術者が最終チェックを行っていた。巨大なスクリーンには、無数のデータが表示されている。燃料圧力、エンジン温度、軌道パラメータ。全てがグリーンだった。

「全システム、グリーン」

発射管制官が確認する。

「T-マイナス10分」

世界中が、この瞬間を見守っていた。推定視聴者数は、30億人。

2日前の記者会見で、マリアは生データの全てを公開した。氷塊が地球外文明の探査機である証拠。L4点に存在する宇宙船。そして、そこから発信されているロジスティック写像に基づく信号。

世界は、衝撃を受けた。しかし、マリアが恐れていたパニックは起こらなかった。

人々は、真実を受け入れた。そして、次の一歩を求めた。

「行け。あの宇宙船に」

「ケフィリアンが何を残したのか、知りたい」

SNS上では、#MeetTheKephirians(ケフィリアンに会おう)というハッシュタグがトレンド入りしていた。

これらの世論が計画前倒しを後押ししたのは言うまでもない。

IGDE危機管理センターでは、マリア、浩、洋子が大型スクリーンを見つめていた。

彼らの背後には、世界中から集まった科学者たちがいた。NASA、ESA、JAXA、中国国家航天局。全ての国が、この瞬間を見守っている。

「人類が地球外文明の遺産に到達する...もうすぐ」

マリアはそう呟いた、が、自分がそう呟いていることに気がついていない様だった。

「カウントダウン」

管制室から、カウントダウンの声が流れる。

「10、9、8、7...」

浩と洋子は、互いの手を握った。二人とも、緊張で手が震えている。

「3、2、1...発射」

轟音とともに、ロケットが上昇し始めた。

白い煙の柱が、フロリダの青空に伸びていく。27基のエンジンが、230万キログラムの推力を生み出す。地面が揺れ、窓ガラスが震える。

「リフトオフ確認!」

管制室に歓声が上がった。

ロケットは、順調に上昇を続けた。音速を突破し、大気圏を抜け、宇宙へ。カメラが、地球の曲線を映し出す。青い惑星。

美しい。

9分後、第一段ロケットが分離。ヘルメス3号は、予定軌道に投入された。

「軌道投入成功です。ヘルメス3号、ミッション開始」

管制室に、再び歓声が上がった。技術者たちが抱き合い、喜びを分かち合う。

浩と洋子は、スクリーンを見つめたままだった。

人類は、地球外文明への旅を始めた。


時刻: 2月10日〜2月18日

場所: 宇宙空間、地球-月系L4ラグランジュ点への航路

ヘルメス3号は、イオンエンジンで静かに加速を続けた。

化学ロケットとは違い、イオンエンジンは微小な推力を長時間にわたって提供する。キセノンガスをイオン化し、電場で加速して噴射する。

推力はわずか数十ミリニュートン。しかし、燃料効率は化学ロケットの10倍以上だった。

2月10日、午前6時。地球周回軌道を離脱。月軌道へ向けて加速開始。

管制室では、24時間体制で探査機を監視していた。世界中の深宇宙ネットワークが、ヘルメス3号からの信号を受信している。

「現在位置、地球から8万キロメートル。全システム正常」

技術者が報告する。画面には、探査機の軌道が表示されている。青い線が、地球からL4点へと伸びている。

浩と洋子は、軌道計算を何度も確認していた。L4ラグランジュ点への軌道は、複雑だった。

地球と月の重力、太陽の重力、全てを計算に入れる必要がある。わずかな誤差が、数日後には数千キロメートルのずれとなる。

「地球-月系の安定点の一つ、L4ラグランジュ点は地球から見えにくい。地球からの観測は困難です」

隠れるには、完璧な場所。

2月13日、午後3時。月軌道を通過。L4点へ向けて最終加速。

ヘルメス3号は、月の重力を利用したスリングショット軌道で加速した。月に接近し、その重力で軌道を曲げ、速度を上げる。燃料を使わずに加速する、古典的な技術。

探査機は、月の裏側を通過した。そこには、人類が見たことのない風景が広がっていた。

無数のクレーター。荒涼とした大地。太陽の光が、クレーターの縁を鋭く照らし、底には深い影が落ちている。

カメラが、月面の詳細な画像を撮影した。しかし、今回のミッションの目的は月ではない。L4点だ。

「月通過成功。速度、予定通り」

技術者が報告した。

ヘルメス3号は、月を離れ、L4点へと向かう。地球も月も、徐々に小さくなっていく。

2月16日、午前10時。L4点まで残り10万キロメートル。

探査機の高解像度カメラが、遠くに何かを捉え始めた。

「捉えました...」

技術者が、画像を拡大した。

小さな点。星とは違う。人工物特有の幾何学的な形状。光の反射パターンが、自然の天体とは異なっている。

「これが...ケフィリアンの宇宙船」

管制室が、静まり返った。

地球からの観測では、ぼんやりとした点にしか見えなかった。しかし今、それははっきりと形を持ち始めている。

洋子は、画像を何度も拡大した。ピクセルが粗くなり、ぼやけていく。しかし、確かに何かがある。

「まだ詳細は見えませんが...円盤状の構造のようです」

「予測通りですね」

浩が頷いた。

2月18日、午後8時。L4点まで残り1万キロメートル。

宇宙船の姿が、はっきりと見え始めた。

巨大な円盤状の構造物。直径約5キロメートル。表面は、隕石の衝突痕で覆われている。4億年の歳月が刻まれていた。

クレーターが無数にある。小さいものは数メートル、大きいものは数百メートル。それぞれが、4億年の間に衝突した隕石の痕跡。

「接近速度を減速。慎重に」

管制官が声に出した。

ヘルメス3号は、イオンエンジンを逆噴射し、ゆっくりと減速した。未知の宇宙船に、慎重に近づく。

洋子は、画面を食い入るように見つめていた。

「4億年...」

彼女が呟いた。

「4億年もの間、ここにあった」

浩も頷いた。

「人類が生まれるはるか前から。恐竜が絶滅するはるか前から。三葉虫が海を泳いでいた頃から」

「おそらく...そして...人類の誕生も」


時刻: 2月19日 午前9時00分

場所: L4ラグランジュ点、ケフィリアンの宇宙船周辺

ヘルメス3号は、宇宙船からたった500メートルの距離で停止した。

「到着しました」

管制室に、安堵の声が広がった。9日間の航行。38万キロメートルの旅。そして今、人類は地球外文明の遺産に到達した。

「ロジスティック写像信号の発信源を特定します」

技術者が、電磁波センサーのデータを解析した。信号は、明確に検出されている。

周波数パターンが、ロジスティック写像の分岐点を示している。

「信号源は...宇宙船中央部の球状構造から発信されています」

「信号強度は?」

「地球で観測した時の約1000倍です。非常に強い」

「詳細観測を開始します」

高解像度カメラが、宇宙船の全体像を撮影し始めた。360度、全方位から。レンズが回転し、焦点を合わせ、シャッターを切る。

洋子が、画像を詳細に分析した。大型スクリーンに、宇宙船の三次元モデルが表示される。

「直径5.2キロメートル」

数字としては把握できるが、画面に映るそれは“大きい”という言葉では足りなかった。

「中央部の厚さ約800メートル、周辺部約200メートル。」

「形状は円盤状。中央に球状の構造物があります」

「表面の材質は...」

スペクトロメーターのデータを確認する。

「チタン合金に類似した金属です。しかし、地球のチタンとは同位体比率が異なります」

「チタン-46とチタン-50の比率が、地球の自然界とは大きく違います」

「これは...」

浩が分析した。

「太陽系外の星系で形成された物質であることを意味します。恒星の核融合反応が、太陽ならこうはならないですからね」

若い技術者が尋ねた。

「つまり、この宇宙船は本当に恒星間を旅してきたんですね」

「ええ。数百光年、あるいはそれ以上の距離を」

浩が、構造解析を行った。画面に、宇宙船の断面図が表示される。

「中央の球状構造が、おそらくメインの居住区です。直径約1キロメートル」

「周辺の円盤部分は...推進システムと補助機能でしょう。エネルギー生成、推進剤貯蔵、シールド」

ヘルメス3号は、ゆっくりと宇宙船の周囲を周回し始めた。カメラが、損傷部分を捉える。

北半球側に、大きな亀裂があった。幅約50メートル、深さ不明。船体の内部構造が露出している。

「この亀裂は...内部からの爆発によると推測できますね」

洋子が分析した。

「衝突でもありません。破壊のパターンが逆です。船体が外側に向かって破裂しています」

南半球側にも、複数の損傷があった。大小合わせて十数カ所。

「こちらも、同様です。内部からの破壊」

浩が続けた。

「ケフィリアンは...自滅したのかもしれません」

重い沈黙が落ちた。

4億年前、ここで何が起こったのか。なぜ、彼らは内部から破壊されたのか。戦争? 事故? それとも...

レーザー測距儀で、宇宙船の三次元マップを作成した。レーザービームが宇宙船の表面を走査し、反射時間から距離を測定する。その結果、驚くべき事実が判明した。

「内部は...ほとんど空洞です」

洋子が報告した。

「居住区、機械室、貯蔵庫...全てが真空にさらされています」

「4億年の間に、空気が漏れたのでしょう」

「あるいは、爆発で一気に失われたのかもしれません」

スペクトロメーターで、宇宙船周辺の物質を分析した。極微量の粒子を検出し、その組成を解析する。

「微量の有機物を検出...炭素、水素、窒素、酸素...生命の基本元素です」

「しかし、単純な分子なので、4億年前からのものなのか、分解された結果なのかまでは、まだわかりません」

マリアが決断した。

「内部侵入を開始してください」


時刻: 午後2時00分

場所: 同上

詳細観測が完了した後、内部侵入の準備が始まった。

「ドローンを展開します」

管制官が指示した。

ヘルメス3号から、3機の小型ドローンが射出された。各ドローンは、直径約30センチメートルの球形。カメラ、ライト、サンプル採取アームを装備している。

「ドローン1号、2号、3号、展開成功」

ドローンは、それぞれ異なる侵入ポイントに向かった。

ドローン1号は北半球の大きな亀裂へ。ドローン2号は南半球の損傷部分へ。ドローン3号は赤道付近の小さな開口部へ。

「ドローン1号、侵入開始」

ドローンは、慎重に亀裂の中に入っていった。カメラが、内部の様子を映し出す。

暗闇。完全な真空。そして...

「何か見えます」

技術者が、画像を拡大した。

金属の廊下。壁には、複雑な模様が刻まれている。幾何学的なパターン。しかし、明らかに意味を持っている。

「これは...文字でしょうか?」

管制室が、息を呑んだ。

4億年前の文字。地球外文明の言語。人類が初めて目にする、異星の文字。

ドローンは、さらに奥へ進んだ。廊下の先に、広い空間が現れた。

「これは...居住区のようです」

カメラが映し出したのは、巨大な空間だった。天井の高さ、約50メートル。床面積、数千平方メートル。

そして、そこには...

「何かあります!」

技術者が叫んだ。

画面に映ったのは、透明なカプセルのような構造物だった。大きさは、人間の棺桶ほど。そして、その中には...

「これは...ケフィリアンの遺体?」

カプセルの中に、何かの形が見えた。6本の肢を持つ、人間とは全く異なる形状。しかし、4億年の歳月により、ほとんど分解されていた。わずかに、骨格のようなものが残っているだけ。

「ドローン2号も、同様の構造を発見」

別の居住区でも、同じようなカプセルが見つかった。

管制室が、静まり返った。

ケフィリアン。彼らは確かに存在していた。そして今、その遺体が目の前にある。

「ドローン3号、中央の球状構造に到達」

3号機は、宇宙船の中枢部に入っていた。そこには、巨大な機械があった。

「これは...制御システムでしょうか」

浩が分析した。

「おそらく、宇宙船の頭脳です」

ドローンは、制御システムに接近した。そして、驚くべきものを発見した。


時刻: 午後5時00分

場所: 同上

「これは...データストレージじゃないでしょうか?」

技術者が叫んだ。

ドローン3号のカメラが映し出したのは、結晶状の構造物だった。大きさは、約1メートル四方。透明で、内部に複雑なパターンが見える。

そして、その結晶が...光っていた。

微かに、しかし確実に。青白い光が、結晶の内部で脈動している。まるで、呼吸しているかのように。

「これは...」

洋子が息を呑んだ。

彼女は、スペクトロメーターのデータを急いで確認した。画面には、結晶の熱プロファイルが表示されている。

「待って...これは...」

洋子の指が震えた。

「見てください、この熱プロファイル」

彼女は大型スクリーンにデータを表示した。結晶の表面温度を示すグラフ。

「表面温度は、絶対温度2.7ケルビン。宇宙マイクロ波背景放射と完全に一致しています」

浩が尋ねた。

「それは...予想通りではないですか? 宇宙空間にあるのだから」

「いいえ」

洋子は首を振った。

「この結晶は、あのロジスティック写像信号を発信し続けています。つまり、情報を処理している」

「古典的なコンピューターは、情報を処理する際に必ず熱を排出します。ランダウアーの原理。情報の消去には、最低でもkT ln2のエネルギーが必要で、それは熱として放出されます」

洋子はグラフを拡大した。

「しかし、この結晶は...エントロピーの増大がゼロです。熱を全く出していない」

「これだけの情報量を処理しているのに、温度が1ミリ度も上昇していません」

技術者たちが、ざわめいた。

「それは...どういうことですか?」

「古典的な電子回路では、あり得ません」

洋子の声が震えた。

「しかし、量子コンピュータなら可能です。量子もつれ状態を維持し、可逆計算を行っていれば、理論上、熱の放出なしに情報を処理できます」

「つまり、これは『純粋な量子状態の塊』...量子メモリー、ではないかと」

もし本当にそうならば...と、浩が別のデータを確認した。

「洋子さん、ヘルメスから送られてきた分光データを見てください」

洋子は画面を切り替えた。ドローンが結晶にレーザーを照射した時の反射光データ。

「これは...」

画面には、複雑な干渉パターンが表示されていた。通常の反射とは明らかに異なる。

「反射光の位相が...内部構造と干渉しています」

洋子は、データを解析した。

「通常の物質なら、光を反射・吸収するだけです。しかし、この結晶は...」

彼女は三次元グラフを表示した。

「反射光の位相が、内部のポテンシャル障壁と干渉して...ブロッホ球の軌跡を描いています」

「ブロッホ球?」

若い技術者が尋ねた。

「量子状態を表す幾何学的図形です。量子ビットの状態は、球面上の点で表現されます」

洋子は、グラフ上に現れた軌跡を指し示した。

「この干渉パターンは、結晶内部の全原子が、量子レベルで同期していることを示しています」

「ただの結晶じゃない。この石自体が、全原子を同期させた『コヒーレントな情報の海』です」

「おそらく、量子メモリーそのもの、なのでしょう」

誰も、次の言葉を継げなかった。

そんな事象、どれほど異常なことかを、管制室の全員が理解していた。

マリアが尋ねた。

「4億年経っても、量子状態は維持されているのですか?」

「通常なら不可能です」

洋子が答えた。

「量子状態は極めて不安定です。わずかな熱や振動で、すぐにデコヒーレンス(量子もつれの崩壊)を起こします」

「しかし...」

浩が別のデータを表示した。

「これも推測にはなりますが、この結晶は、どうやら自己修復機能を持っているようです」

画面には、結晶内部の構造が表示されている。規則的な格子構造。しかし、その中に微小な欠陥がある。

「見てください。この欠陥パターン」

浩は、時系列データを再生した。欠陥の位置が、わずかに移動している。

「量子誤り訂正です。量子コンピュータの技術」

「エラーが発生しても、冗長性を利用して自動的に修正する仕組みです」

「この結晶が、4億年の間、自己修復を続けてきたという可能性は単なる願望、で終わらない可能性があります」

洋子は、さらに別の計算を始めた。

「もう一つ、証拠を見つけました」

彼女は信号のデータを解析した。ロジスティック写像の数列。しかし、その中には、さらに複雑な構造が埋め込まれている。

「この信号のビット深度と、そこに含まれる多次元の並列データ...」

洋子は計算結果を表示した。

「このサイズの物質に詰め込める『古典的な情報量』の理論的限界は、ベッケンシュタイン境界で決まります」

「ベッケンシュタイン境界?」

「一定の体積に保存できる情報量の物理的上限です。エントロピーの限界に相当します」

洋子は、二つの数値を並べて表示した。

「この結晶の体積から計算されるベッケンシュタイン境界...約10の45乗ビット」

「しかし、この信号に含まれる情報量は...約10の75乗ビット」

「30桁も上回っています」

技術者たちが、息を呑んだ。

「それは...物理的に不可能では?」

「古典的な方法では、不可能です」

洋子は断言した。

「原子の『位置』だけでは、この情報密度は実現できません」

「しかし、原子の『量子状態』そのものに書き込んでいれば...可能です」

「スピン状態、軌道角運動量、多粒子もつれ状態...量子の自由度は、古典的な自由度よりはるかに大きい」

「この結晶の、原子一つ一つの量子状態に情報を保存しているとすれば、ですが」

浩が、全てのデータをまとめた。

「熱力学的にあり得ない温度安定性」

「光学的干渉パターンによる量子コヒーレンスの証明」

「そして、ベッケンシュタイン境界を超える情報密度」

「三つの独立した証拠が、同じ結論を指し示しています」

洋子は頷いた。

「これは、おそらく量子メモリーなのでしょう」

「そして...」

彼女は、結晶から発信される信号を見つめた。

「この信号パターンの複雑さから推測すると...単なるデータではなく、もっと複雑な構造が含まれているのではないでしょうか」

マリアが尋ねた。

「データを回収できますか?」

「理論上は可能です」

洋子が答えた。

「しかし、非常に慎重に行う必要があります。結晶を温めれば、量子状態は即座に崩壊します」

「どうすれば?」

「結晶全体を、極低温のまま回収します。そして、月の隔離施設に運び、そこで解析します」

浩が、回収計画を立て始めた。

「ドローンに、特殊な断熱コンテナを装備させます。液体ヘリウムで冷却し、結晶を格納します」

「さらに、電磁シールドも必要です。宇宙線による量子状態の乱れを防ぐために」

「準備には、どれくらいかかりますか?」

「最低でも48時間は必要です」

マリアは、決断した。

「準備を開始してください」

「この結晶には、ケフィリアンのメッセージが含まれているかもしれません」

「あるいは...」

4億年前のメッセージ。いや、もしかしたらメッセージではないもの。

それが、今も結晶の中で眠っているのかもしれない。


時刻: 2月21日 午後11時00分

場所: IGDE危機管理センター、洋子の研究室

浩と洋子は、ヘルメス3号からの映像を繰り返し見ていた。

ケフィリアンの遺体。彼らの宇宙船。そして、量子メモリー。

「4億年前...彼らは、ここにいました」

洋子が呟いた。

「地球を見下ろしながら、何を考えていたのでしょうね」

浩は、祖母・美咲の研究ノートを再び読んでいた。量子神経動態学。意識のデジタル化。

「もし、祖母の研究が完成していたら...」

浩が呟いた。

「意識を量子状態で保存できます。もしあの結晶の原理が同じであれば...」

二人は、互いを見つめた。

「もし、彼らの意識が残っていたら...対話できるかもしれません」

「4億年を超えた、対話」

想像を絶する可能性。しかし、同時に恐ろしい可能性でもあった。

「浩さん」

洋子が口を開いた。

「もし、ケフィリアンの意識が残っていたら...それは、幸せなことでしょうか?」

「どういう意味ですか?」

「4億年間、孤独に宇宙を漂い続ける。それは...生きているというより、囚われているのでは?」

浩は、深く考えた。

「それは...わかりません。でも、彼らが何かを伝えたいなら、聞きたいですよ」

「たとえ、それが私たちにとって不都合な真実でも?」

浩は何も言わず、コーヒーに口をつけた。

洋子もコーヒーを一口飲み、また、話を続けた。

「私たちは...何を発見するのでしょうか」

「わかりません。でも、もうすぐわかります。何も発見できなかった、なんてことも可能性はあるわけですからね」

量子メモリーの中に、何が眠っているのか。

浩は窓の外を見た。夜空に、月が見える。

美しい、月。

その近く、L4ラグランジュ点に、ケフィリアンの宇宙船がある。

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