記録と記憶
――パサッ――
「――お疲れ様です、レイドさん」
「ん……嗚呼、アンフォートか、どうした」
日が暮れ、静けさに包まれた夜…静寂に満ち、僅かばかりの人の気配だけが極僅かな空間に寄り集まる…そんな世界に有る己の扉を、控え目に開けて…アンフォートが気を遣う様に俺へ視線を投げ掛ける。
――フッ――
その視線に問いながら、俺はテーブルに積み立てた〝書物〟を退かし、アンフォートを己のテーブルに招くと…アンフォートは小さく会釈し、そのテーブルに何処からか持って来た夜食を並べる。
「どうしたんだ…ソレは…」
「宿の女将さんの御手伝いをしていて…その御礼にと、お夜食を頂きました…ソレと…」
アンフォートはそう言いながら、懐から一つ、液体の入った瓶を取り出すとその蓋を開く。
「……ソレは…〝酒〟か?」
「はい……コレは宿の店主さんから、レイドさんへ…と」
「俺に…?」
アンフォートは俺の言葉に頷き、その器に酒を注ぎながら言う。
「宿で暴れる人達を追い出してくれた御礼だ…と言ってました」
「……律儀な店主だな」
俺はアンフォートの話にそう感想を漏らし…その言葉に苦笑するアンフォートから酒を受け取る。
「――僕も手伝います、調べ物」
「?…いや、大した調べ物じゃない…所詮市販品の歴史書の集まりだ…一夜有れば調べ終える」
「二人で探せばもっと早いでしょう?」
それから少しの間、俺とアンフォートは押し引き問答を繰り返す…しかし、幾ら言っても頑なに引き下がらないアンフォートに、俺は根負けし…アンフォートに幾らかの歴史書を渡し、二人で書物の調査を再開する。
――パラッ――
――パラパラッ――
暫く、紙を捲る音がこの宿部屋に小気味良く響く…時折、小腹を満たす様に咀嚼する音と、喉を潤す酒の香りが鼻を擽る…そんな最中、ふと読み終えた書物を閉じた拍子に、俺の目はアンフォートの横顔を見る。
「……」
――パラッ……パラッ……――
真剣な顔をして、一つ一つ行を読み解くその表情は…人の積み重ねた〝歴史〟と言う〝世界〟への強い好奇心を覗かせて居た。
「――レス・ラシール王国の建国期には、〝四人の賢者〟が居たらしい」
そんなアンフォートもまた、その資料に目を通し終え…一度休息の息を吐く…ソレに、俺はそう言い…今まで集めた資料から、共通する事実をアンフォートへ告げる。
「ッ……はい、コレにもそう書いていました」
ソレにアンフォートはそう言いながら、国の成り立ちを語る。
「元は無数の集落の集まりに過ぎなかった森人達を束ね、彼等の信仰する〝霊樹〟を護る為に立ち上がった…それが〝レス・ラシール先代国王〟…」
「その国王の側近として、各集落から集められたのが〝四人の賢者〟…名前は…。」
「〝慈雨のエルサ〟、〝豊穣のハラルド〟」
「〝霊祈者バーム〟…そして、」
「――〝星詠みのアルマ〟ですね…其々の偉業は、劇にも創作にも使われ、形を変えて受け継がれている」
「そうだ」
全ての資料が、幾つかの改変や事実の歪みを持ちながら〝同じ成り立ち〟でこの国の歴史を紡いでいる…そして、そんな〝偉大なる国創り〟の歴史から葬り去られた〝影〟が〝居た〟
「――〝イリーサ〟…姿形、種族も、年齢も、何を成していたのかさえ〝葬り去られた存在〟…彼等〝賢者〟が忘れる事をしなかった…〝歴史の影〟…」
「その人の目的を暴く事が、事件の真相を解き明かす鍵になる…ですね」
小瓶に収められた古紙を見ながら、俺はアンフォートの言葉に頷き…それから、読み解いた資料を片付ける。
「――明日、〝禁書庫〟へ行く…そして〝この国で起きている異常〟を暴き立てる」
やがて、テーブルはかつての素朴で広々とした姿を取り戻し…其処には俺とアンフォートと、空になった器だけが残っていた。
「…今日は助かった、アンフォート……お前のお陰で、思ったよりも早く〝結論〟が出た」
「ッ…フヘヘ…お役に立てたなら、その…嬉しいです」
夜更けにまで手を貸してくれたアンフォートへ礼を言うと、アンフォートは照れた様に頬を朱に染めて視線を揺らす。
「……明日は女王の元に向かう、昼に喫茶店へ行くか…その時に今回の礼をしよう」
「本当ですか!?…フフフッ、明日が楽しみです!」
そして、俺達はそう軽く雑談を交わしながら眠りに備え始める…。
「それじゃあ、僕は部屋に戻りますねレイドさん…また明日――」
そして、部屋を出ようと扉へ体を向けるアンフォートへ…俺は静止の言葉を掛ける。
「待てアンフォート、今日は珍しく冷え込むらしい…此処で寝ていくと良い」
その言葉は、確かにアンフォートへ届いていた…筈だ…しかし、その言葉を聞いてアンフォートはピタリと体を止め…それから暫くの沈黙のあ、ばっと慌てた様に俺を見る。
「えッ!?――あ、いやあの…それは少し…!」
「?…今から眠るにはお前の寝具は冷えるだろう、ヴィゴーが寝具を暖めている分此方の方が暖たかいぞ?」
俺はそう言い、竜らしからぬ姿勢で仰向けになって眠るヴィゴーの様子をアンフォートに見せる…しかし、アンフォートの懸念は其処では無かったらしく、どういう訳か言葉を濁して俺を凝視する。
「いや、その!…そうでは無くて、ですね…!」
「??……何だ?」
「ッ〜〜〜……そのレイドさんが寝苦しいですよね?」
凝視しながら紡がれる、アンフォートの言葉に…俺は成る程と、アンフォートの懸念を理解する。
「――なんだ、その事は気にするな…流石に五人全員は厳しいが、ヴィゴーとアンフォートの二人ならあの寝具でも収まる…遠慮するな」
俺はそう言い、ベッドへ向かう…しかし、それでもと少し気が引けているアンフォートを見て、俺はポツリと呟く。
「それに……俺は寒いのが苦手だ」
俺がそう言うと、アンフォートは遂に根負けしたらしい、おずおずと、ベッドへと手を伸ばす。
「ぅ…その…お邪魔します…!」
「嗚呼……それじゃあ寝るか」
そして、アンフォートが枕に頭を預けた事を確認すると、俺は蝋燭の明かりを消し…俺もまた、白く柔らかい綿の寝具に身を預ける…。
(懐かしいな…昔はこうして寝た事もあった)
少しして、アンフォートの寝息も聞こえ始めた頃、眠りに重みを増す瞼をゆっくりと閉ざしながら…俺は、旧く懐かしい記憶を思い出し、静かにその身を微睡みへと沈ませた。




