死者の声は硝子の箱に
――カッ…カッ…カッ…カッ…――
「ハァ…レイド、流石にもう終わりよね…?」
「嗚呼…今日回れる所は回ったな」
捜索を開始して数時間、日は傾き…街には帰路へ着く者達がごった返していた…そんな中を渡りながら、俺と疲労を顔一面に貼り付けたアイリスは、嫌な者を見たと言う風に、その顔を険しく歪める。
「全く…何なのよどいつもこいつも…盗人、詐欺師、強姦魔…碌な奴じゃないわね…!」
「――そうだな、俺も予想外だった…まさか回った十数件の大半が罪人の根城とはな」
俺はそう言い、今日巡った家の〝不快な秘め事〟を思い返す…特に最後の奴は外道の中でも群を抜いていた。
「〝殺した人間の目を瓶詰めにする〟…そんな異常者が、教会の修道女とはな」
「ほんと、どんな頭してるとあんな事できるのかしら…思い出すだけで吐き気がするわ」
アイリスの言葉に肯定しながら、気分を紛らわせる為に話題を切り替え、俺達は宿へと向かう…しかし。
「「……」」
ふと、俺とアイリスは…自らに突き刺さる仄かな〝敵意〟を知覚し…軽く目配せすると、何事も無かったかの様に会話をしつつ、人混みから外れていく。
「――さて」
人気が失せ、周囲には不快な湿気と生暖かい空気が満ち生臭い臭いが鼻に付く…そんな街の影道を歩き進み…やがて、人の気配が完全に失せた…その瞬間。
――ドッ!――
俺達の背後から、幾人もの〝襲撃者〟が姿を現し、敵意と害意を纏い俺達へ肉薄する。
――カチンッ――
その姿を捉えた瞬間…俺は腰の鞘から剣を抜き…一呼吸を置いて、剣を振るう。
「――フゥッ」
殺しはしない、ただ身動きを封じる為の剣だ…ソレが襲撃者の四肢を落とし…数人の襲撃者はその瞬間、地面の土を舐める様を俺達へ見せ…その真っ黒なローブの中にある、怪しい視線を俺達へ向けていた。
「随分と、〝直接的〟な〝妨害〟だ」
俺はそう言いながら、剣を鞘に納め…アイリスを制して襲撃者へ近付く。
「余程〝探られる〟のが嫌いな様だな…」
改めて、襲撃者の姿を確認する…古ぼけた黒衣を纏い…その黒衣の中の服飾に統一性は無い…挙句、四肢を喪って苦悶を叫ぶ訳でも無く、その身体からは黒く腐った血が溢れ出している…つまる所、その〝襲撃者〟の正体は。
「〝不死者〟…魂の無い〝亡霊〟…死霊術で操られる肉の人形…大方この行方不明者の死骸を使ったのか…趣味の悪い事をする」
俺はそう言い、その不死者の頭蓋を祈りを込めた剣で一つ一つ潰していく。
「……いや、待て」
だが、最後の一匹を殺そうとしたその時…俺の手は止まり、その一匹の顔に釘付けに成る。
「?……どうしたのレイド?」
そんな俺の様子に、アイリスが背中越しに語り掛けてくる…だが、俺はソレに答える事は出来ず…目の前の〝男〟の顔を見つめ、記憶を探す…しかし。
「〝此奴〟は……〝誰〟だ?」
俺は独り言の様にそう呟き…俺の目の前に居る〝死霊〟へ疑問を吐く…。
「ッ…どう言う事?」
「――この死霊は、その素体に成った人間は資料に無い…服装も妙だ」
俺は手を止め、動く事の出来無い死霊を見ながらそう言うと、アイリスは持って来た資料を見返しながら俺へ言う。
「他のグループの資料に有るんじゃないの?」
「いや…思い出す限り、〝銀髪の森人〟は資料には居なかい…つまり、名簿には無い〝被害者〟なのか…それとも――」
俺達がそう言い、目の前の死霊をどうするか思考していると…その時、死霊の身体から黒い瘴気が溢れ…死霊はその身体をガタガタと震わせる……そして。
「―――ッ!!!」
その身体の穴からドス黒いヘドロの様な体液をばら撒くと、其処に悪臭を残して、その死霊達は融解する…。
「〝遠隔〟での〝操作〟…いや、〝条件付きの自壊〟か?」
そして、その体液さえゆっくりと塵に変わり…此処で起きた襲撃が、まるで何事も無かったかの様に隠滅され様としたその時。
「ッ……アイリス、見ろ」
俺はふと、その死霊の居た場所から浮かび上がる〝ソレ〟を見て、その〝異物〟に手を伸ばす。
「?……〝瓶詰め〟?」
それを見たアイリスが、またも疑問を浮かべて問う…その小さな異物の正体は、小さな…片手で収まる程は小さな小瓶の中に詰められた〝紙切れ〟だった
「――恐らく身体に埋め込まれていたんだろう…どう言う経緯か…は、見当もつかんが」
――キュッ――
「――だとしても、貴重な情報に成る、調べて損は無い」
俺はソレを手に取り…その中身を取り出して、慎重に開く…そして、その紙に刻まれた過去の声を目にし…その内容をアイリスへ告げる。
――――――
アルマ お前の占いは正しかった
私は殺される イリーサを止めてくれ
ハラルド
――――――
「――イリーサが怪しいわね」
その内容にアイリスが頷く。
「嗚呼…この手紙の持ち主が今回の件に絡んで来たのは偶然では無いだろう…調べる価値は十二分に有るんじゃないか?」
そして、俺はそう言い…その手紙と小瓶を丁寧に仕舞い込むと…薄暗がりが近付く空から逃げる様に、宿へと戻るのだった。
●○●○●○
「――此処までか…」
扉が軋む音、亡者の呻き…ソレを耳にしながら…その男はそう言い…出口の無い部屋の中で、手に握ったその手紙を見る。
「――脱出は…無理だな…国王陛下…いや、ナイル…悪いが後は任せたぞ」
そして、意を決する様に…彼はその手紙を小瓶に居れ…その手に握られた小さなナイフを自身へ向けると、深く息を吸い…ソレを己の腹に突き刺し…切り開く。
「グッ…ァァァア…!!!」
苦悶の声、血の零れ落ちる音と異臭…ソレが小さな部屋へ充満する…やがて、肉を掻き分けるような不快な音と、苦悶の喘ぎが暫し続いた後…彼は、近付く死の音を耳にしながら…掠れた声で言う。
「ハァ…ハァ……私は…最悪に備え…コレを〝遺す〟…未来の勇者…イリーサを…〝追放の魔女〟を止めてくれ」
そう虚空に届かぬ願いを紡ぐと…彼はそのまま息絶える…そして、その扉が明け放たれるて、同時に…何十もの死霊が雪崩込み…彼の躯へ覆い被さるのだった。




