めくれた者と業を引き受けた者
日曜日の午前中、私が御影様のお部屋で寛いでいたときのこと。廊下をつかつかと歩く足音が近づき、襖の前でピタリと止まったかと思うと――
ぱあああぁぁぁぁああんっ!
勢いよく片方の襖が開け放たれた。そこに立っていたのは、片手にMacBookを持ったハザマ様だった。彼は無表情のまま、静かに私へ問うた。
「初音、お前か? オカルト板の『霊的現象に困っている人を助けるスレ』に書き込んでいる243番は」
「えぇ……そうですが、いけなかったですか?」
(なんだろう? 怒ってる? 何がいけなかったのだろう?)
「何故、お前は他の奴が立てたスレに質問してるんだ? 遠慮してないで私のスレに来て質問すれば良いだろう? 書き込みを増やしてくれ。スレの勢いが他のスレッドより低いなんて我慢できない」
(ますます、エゴ丸出しになってるやん……)
「……いえ、なんとかなる方法があれば、とっくに教えてもらっているでしょうし。そもそも私が めくれ てきたのって、ハザマ様が原因ではないですか? 原因になったご本人に聞くのって、ちょっと腹立たしいんですよ」
ハザマ様は、ぐぬぬ……と言葉を飲み込んだかと思うと、
「いっそのこと諦めて、この本家に骨を埋めてみてはどうか? 私みたいに」
「私まで巻き添えにしないでくださーい!」
ハザマ様は意に介さず言葉を続けた。
「めくれた責任は、私が2で御影は8だな。比率でいうと」
そこへ、外から帰ってきた御影様がすかさず口を挟んだ。
「逆だろ。俺が2に決まってる」
御影様は呆れたように息を吐くと、部屋の奥へ顎をしゃくった。
「ちょっと言いたいこともあったし、入れよ。コーヒーぐらい出してやる」
*****
「先日、初音の大学へ行ってきた。それで、女子生徒に刺されて死んだ助手の月島秀青について色々調べてきたんだ。端的に言うと、月島はお前……ハザマだろ?」
「…………」
ハザマ様は出されたコーヒーカップを見つめたまま、否定もせずに黙っている。
「で、空っぽだった兄の透青の体に入り込んだのはいいが、まったく体と魂が合わなかった。そうだな? そもそも透青の体は屋敷神が降りるために用意されたもので、お前専用の体ではないからな」
御影様は淡々と推理をぶつけていく。
「で、常時体外離脱状態のお前は、初音の中に入り込んで欲望を満たした。そのせいで初音がめくれてきた。お役目と惟光からもそう聞いている」
ハザマ様は静かに目を伏せている。
「それで俺の推測は……『これ、わざとじゃないの?』ってこと。室生の家に初音を縛りつけて、自分が寂しくないようにそう状況を仕向けた」
そこまで黙って聞いていたハザマ様は、ぽつりとこぼした。
「三分の一ぐらいは当たってるな」
「ほう〜? じゃあ、残りの三分の二を説明してくれよ。俺が納得するように」
「本来、死ぬのは初音だったんだ」
静寂に包まれた部屋に、ハザマ様の低い声が響いた。
「未来の自分から手紙を渡された。このままでは初音が殺されると書かれてあって……選択しろと。初音の代わりに死んで、不自由な透青として生きるか。そのまま何食わぬ顔で見過ごして、明るい未来の月島秀青として生きるか選べと。初音もその内容は知っているはずだ」
「……はい、私もその手紙は読みました」
私が小さく頷くと、御影様は眉根を寄せた。
「結局、お前は初音の身代わりで死ぬ方を選んだわけか。でもさ、お前が生徒に手さえ出さなけ…れ…………あっ……」
途中で言葉を失った御影様に、ハザマ様は小さく頷いた。
「そうなんだ。小夏の件、あっただろ? 初音はひどく嫉妬を買いやすい。両親から愛されて、芸大なんて正直採算が合わない大学にも行かせてもらえている。……世の中は、そういう恵まれた環境でない者の方が多い。嫉妬で命を狙われやすいのが、初音の『業』だ」
あまりの真実に、私は息を呑んだ。
「ここにいさえすれば、守ってあげられるじゃないか。私が外に出ると、ゾンビみたいに霊が救済を求めて押し寄せてくる。外では助けてあげられない。無理して出た時もあったが、倒れたしな」
「…………なるほどな」
御影様は深く息を吐き出した。
「初音の業を、お前が引き受けたわけか……。それは純粋に尊敬するが、さっき『三分の一が当たっていた』ということは……」
「あぁ。すまない、欲望が抑えられなかった」
最後の言葉がなければ、最高にカッコいい方なのに…………私は感動の涙が引っ込んでしまった。




