めくれた世界と、3回コース
大学に行くために外でバスを待っていると、驚いたことに五、六人の老若男女が私めがけて寄ってきた。
母親らしきその人は、こう話しかけてくる。
(あの子に、この言葉を伝えて……)
またある若い女性は、何かを求めるように。
(あなたのその、光を頂戴……)
血だらけのサラリーマン風の男性は。
(助けて……ここにずっといるのはもう嫌だ)
小さい子供は。
(僕はどこに行けばいいの? ねぇ、教えてよ)
こんな具合に次々と寄ってくるので怖いし、私にはどうにもできないため、心の中で必死に叫んだ。
(私はなにもしてあげられないの!! やめて、寄ってこないで!!)
耳を塞いでも、しわがれた声や悲痛な叫び声が、夏の蝉の声のようにザーザーと私に降りかかってくる。
パニックになってしゃがみ込んでいると。
「初音、大丈夫か?」
心配する声が聞こえた。御影様だ。
縋るように彼と手を繋ぐと、あの霊たちは嘘のように消えていた。私は半べそ状態で、「御影様、側にいて〜」と泣きついた。
「しょうがねぇな。今日は初音の大学、ついていってやんよ」
御影様の車に乗って大学に着くまでの間、なぜこんなにタイミング良く助けてくれたのかを話してくれた。
「初音がとうとう“めくれた”と、ハザマが心配して教えてくれたんだ」
めくれるとは。
「霊的な能力を持つ人物に影響されて引っ張られ、見えない霊的な世界を体験してしまうこと」
それで見たくもないものや聞きたくもないことが日常的にわかってしまい、普通の生活が送れなくなる……とのことらしい。
*****
大学に着いて、アトリエでほっとしていると、同級生たちが次々と寄ってきた。
「室生さん、そちらの方は誰?」
「韓国の俳優のイ・ジュンギによく似てる〜!」
「若い頃の及川光博みたい〜」
なんてみんなに騒がれ、御影様は自己紹介し始めた。
「うちの初音がお世話になっています。室生御影と言います。わけあって今日、付き添いに……」
「室生さん、お兄さんがいたんだ〜。かっこいいお兄さんで羨ましい〜!」
「素敵なお兄さんだね、今まで内緒にしてたの?」
「こんなお兄さんだったら毎日連れてきて〜」
同じ室生姓で兄に間違えられたのを逆手にとって、私は一番嫉妬されず、無難に済みそうな受け答えをした。
「え〜、そんなにかっこいいですか? うちの兄。こんなんで良かったら毎日連れて来ますよ?」
(まわりからの嫉妬を避けたいのは解るが、「こんなんで」はないだろう……アホかこいつ。今夜布団の中でいじめてやる!)
御影様の呆れたようなぼやきが頭の中に聞こえてきた。
……今夜は3回コースかぁ




