第8話 証拠の正体
「お兄ちゃん。ネレアお姉ちゃん、この性格だからハッキリ言えないと思うんだけど……サリィなんだよね?」
俺とネレアが酒場のマスターにリーダーへの手紙を渡して、リリィを預けて出ようとした時だった。リリィが俺の裾を引っ張り、耳を貸せという仕草を見せたのでしゃがんだら、耳元で囁くように尋ねてきた。マスターにも周りにも多少聞かれても問題がない言い回しができるってすげぇな。ここに関してはネレアが自慢するだけのことはある。
俺はリリィに顔を近づけて、ネレアに悟られないように答える。
「ああ。多分な。確定できないから手を出してない」
そう言うとリリィは頷いてから顔を離し、そして裾から手を離した。
「うん。わかった。サリィには近づかないようにするね。リリィも知ってるから。はっきりとは思い出せないんだけど、状況的にリリィも、サリィが怪しいと思う。サリィはあからさまなことはしないからリリィは大丈夫だと思うけど……お兄ちゃん達は気をつけてね」
そう言って自然に手を振って送り出してくれたリリィに俺も軽く手をあげて酒場の外へ出た。
酒場の外に出ると俺は早速ネレアに声をかけた。
「さっき、協力するって言ったよな? じゃあお前に聞くが、お前はこれ、わかるか?」
俺は早速、クレアの部屋から採取した粉を見せた。するとネレアがその粉を指ですっと掬いとり、指でこすり合わせて確認する。こいつ、普段の行動と冒険者として行動する時のギャップ激しいよな……マスターの『爆発』表現はマジで的確だわ。感情だけじゃなくて行動も『爆発力がある』って含みを持たせたんだろ。このリーヴェの街の酒場という情報の集まる場所を取り仕切るマスターの言語化能力に感心していると、ネレアが粉についての見解を示した。
「これ、お化粧の粉ですね。どうしたんですかこれ?」
「クレアの使ってた化粧台に残ってた」
するとネレアが不思議そうな顔をする。化粧ぐらいは誰でもするが、不自然な点でもあるのか?
「化粧台に残るほど? えっと。皆さんが滞在してるのって数日ぐらいのお話ですよね? 何か落とした跡とかはありました? そこに沢山残ってたわけではなく?」
「粉を入れたものを落とした、という痕跡はなかったな」
「なら残るだけの量を使っていること自体が変です」
そういい、彼女は腰のポーチから箱のようなものを取り出す。そしてかぱっと開ける。その箱には鏡と、なんか粉が固まったような物がそれぞれの面についている。俺が不思議そうに見ているとネレアはさらに懐からスポンジのようなものを取り出し、粉が固まったような物を少しつけるとぽんぽんと顔におくように塗った。
「こうやってお化粧ってするんですけど、化粧台に粉が残るような量って普通の使い方ではないんですよ。厚塗りでもしない限り。これ、高いですから普通の人はしませんよ。それ以上に、クレアはそもそも男に媚びるのは嫌いって言ってましたから。こういうので自分を飾るのは好きじゃないはずなんですよ。本来」
そう、なのか……? 俺達に接触してきたクレアは明らかに最初から『狙ってた』ように見えたぞ。だからこそ俺も負けん気出したんだがな……いや、待てよ……こういうクレアの個人的な嗜好についてわかるんなら……!
「なあ、お前香水とかもわかるか?」
「香水? クレアが使ってる香水ならわかりますけど……そこの雑貨屋に売ってるものですし」
助かる! 匂いは俺が確認しているから照合できる!
「でも……リッドさんも殆ど確定させてますよね? 調べる意味はあるんですか?」
俺が拳を握ったのを見てかネレアが不思議そうに首をかしげる。そうだな。確定はさせてる。だが重要なのはそこじゃないんだ。
「確定はさせてるが、手口が重要だ。相手の思考能力、パターンを把握しておかないと、俺が勝てない」
「そういう、ことですか。戦う、前提なんですね」
少し寂しそうな顔をするネレアに対してかけてやれる言葉が俺にはなかった。俺達は無言で雑貨屋へと入ると、ネレアはすぐに香水を持ってきて俺の胸の前にすっと差し出してきた。俺は店員に断りを入れてから蓋を開けて軽く匂いを嗅ぐ。さわやかな柑橘系の匂いがした。
「違う、これじゃない」
俺は眉をひそめた。物凄く濃い匂いだったから忘れるはずがない。寄生されると性格や嗜好まで変わるってことでいいのか? それとも……あの香水に別の意味があるのか。
「え? じゃ、じゃあ、どんな匂いだったんですか?」
不思議そうに尋ねるネレアに対しての説明につまる。あの匂いを言語化するって難しいな……
「凄い甘い匂いだった。どんな、って言われると何っていえばいいんだ……?」
「それ、まだ宿に行けば嗅げたりします?」
自分から言ってくれるのは助かった。ただ単純に、俺の方から宿にくるか? だけだと勘違いしかねないからな、こいつ。
「ああ、多分大丈夫だ。滅茶苦茶匂いが残ってたからな」
俺がそういうと今度はネレアが眉をひそめた。
「……香水の目的って、自分の魅力を高める他、匂いを隠したり、あと誘ったりする媚薬的な部分もあるんですが。基本的に匂いが強いってことは隠す、媚薬的な要素が強くなるんですよ。特に媚薬系って原料の薬草自体も匂いが強いものが多いので香水自体も匂いがとっても強いです。匂いの種類を断定できなくても疑いを持つには十分な要素です」
「それはクレアも……いや、お前が知ってるんなら知ってるのは当たり前か」
「どういうことですか! 確かに、舞踏集団の一員としての基礎知識だからこの辺りは一通り教え込まれてますけど! でも、本当、クレアが匂いの強い香水を使っていたとなると完全に、狙ってますね……まずいかもしれません。クレアの知識をそのまま使われてる可能性が高いです……クレアって要領がいいので……リーダーに連絡がいく前に大事にならないといいのですけど……」
俺の中では既に大事なのだが、これ以上となると……
頭をよぎったのはこのリーヴェの街がパラメテノイドに占拠された未来。
俺はそれを振り払うように、ネレアとともに宿へと戻った。




