第9話 追放の真実
「よう。部屋、まだ開いてるか?」
「おや、お客さんお帰り。手紙とか言伝とかはなかったよ。うちの稼ぎ時は日が沈み始めてからだから、開いてるね」
「ならよかった。もう一回だけ頼めるか? ちょっとだけでいい」
そう言って、少ないながらも銅貨を一枚だけそっとカウンターの上に差し出す。受付はそれをすっと懐に収めると後ろの棚からメモ帳を数冊取り出して、俺に差し出す。
「ちょうどよかった。各部屋には客が困らないようにメモ帳が一冊あるんだが、置き忘れたかもしれなくてな。確認しておいてくれるか?」
「よしわかった」
俺はメモ帳を受け取るとネレアとともに部屋へと向かった。
「いつもあんな感じでやり取りしてるんですか?」
「相手次第だな。だけど宿の受付とか掃除してる人間ってのは大体、雇われだからな。銅貨は一枚あれば一週間暮らせるぐらいの大金だから、結構通じるぜ。それよりも部屋だよな……ほら、ここだ」
クレアが使っていた部屋に再び俺はネレアとともに足を踏み入れた。ネレアをクローゼットに手招きし、扉を開ける。再び甘い匂いがクローゼットの中から香る。
「……ロザリエッテの匂いですね……これ」
「ロザリエッテ?」
「はい。強い匂いですよね、この香水。思わず、なんだろうって感じさせるような。そういう香水なんです。注目を集める効果があります。逆に言うと、それだけです。でも……寄生させる目的、なら表面上、意識の注意を体の方に向けさせておいた方が、都合がよかったのかもしれないです。その、一応、注入の際って、傷口だったり皮膚だったりから侵入するわけですから、警戒してれば気が付きますし……」
これはなかなか判断が難しいものが出てきたという印象だった。注目を集めるだけ。事情を知らない人間がこの香水の事を知っていたとしても、害はないと判断するだろう。だが、事情を知っているとなると……その意味合いが大きく変わる。ここまで判断してこの香水を選んでいるとなると……
「あの、リッドさん。リッドさんとクレア、何があったんですか? その。一緒のパーティになったはずのリッドさんだけが街に残ってるっていうことはその……置いていかれたわけですよね。部屋がもぬけの殻でこうして調べて問題ないってことはクレアはもう街にいないってことですよね。……今からでもパーティの皆さんの所に行かないとまずい気がします」
「ああ、わかってる。だけどな、首都に向かう道ってのは一つじゃない。俺のダチが俺のいたパーティのリーダーと話して探ってくれるって言っていたし、状況が分かり次第、連絡をくれる手はずにはなってる。多分、その連絡の中でどういう経路かも」
「おーい! お客さん! あんたに手紙を持ってきたっていう冒険者がきてるぞ!」
俺とネレアが話していると受付が俺に来客を告げた。ヒューゴからの連絡だな?
「ほらきた。あいつ、結構できるんだよ」
「タイミングばっちりですね! 日が完全に沈むまではまだ時間がありますし、わかり次第すぐに追いましょう!」
「ああ」
そう言って俺とネレアは部屋を出た。もちろん、メモ帳はさりげなくベッドの横のサイドテーブルの上においていった。
俺とネレアが受付へと戻るとそこには受付の男の他、俺と似たようなマントを羽織った男が一人立っていた。マントの男は俺に視線を向ける。
「お前か、リッドってのは。手紙を預かってる」
「悪かったな。ヒューゴから預かったんだろ?」
「そうだ。一体あいつらは何処へ行くつもりだったんだ? ティンバーの森なんてどこへ行くにも大回りだろうに」
俺はその一言に動きを止めた。
「ティンバーの森、だと? グリフィス山とティンバー山の間の街道や、ティンバー山の山道じゃなく、か?」
「ああ。そうだが」
「あ、あの……リッドさん」
今まで黙っていたネレアが突然、俺の服の裾を引っ張る。
「なんだ、ネレア。俺はまだこいつに聞かないと」
「クレアの猫がいなくなった場所は、ティンバーの森です……」
「なっ……!」
「なんだ? とにかく、手紙は渡したからな。お代は結構。手紙を渡された時に一緒にもらってるからな」
そういい、マントの男は去っていく。こうなってくると問い詰める時間すら惜しい。俺は手紙の封を乱暴に開けて、中身を読み始めた。
『リッドへ
そっちの調査は進んでるか? こっちはヤコブが何にも喋らないから全然わからん。ただ、首都ってこっちだっけか? って疑問がある。そういや地理はお前に教えてもらってたから俺が気にする必要がなかったんだなって改めて思ったぜ。今から森の中に入るらしい。クレアが言うにはこの森の中に最近できた村があって、そこで一晩休んでからなら野宿しなくていいらしい。追いかけてくるなら参考にしてくれ!』
ぐしゃりと手紙を握りつぶす。俺を追い出したのはそういうことかよ! クレアは『俺』を標的にしてたわけじゃない。俺が『地理に詳しい』から標的にしたんだ! どう考えても罠だ! 猫にパラメテノイドを寄生させた何かがいる森。クレアが誘い込む森。まず間違いなく、パラメテノイドに寄生された生き物がいる! それも単体じゃない可能性が高い!
「リッドさん、どうするんですか? ティンバーの森へ……行くんですか?」
しかし、改めて聞かれると流石に少し、躊躇した。俺と、ネレアの二人だぞ? 今から追えば夜にはきっと間に合う。だが、もし仮に本当に村があったとして、夜、寄生されたクレアを中心とするパラメテノイドに襲われたら……じゃあ、俺はヤコブやヒューゴを見捨てるのか?
「行く。今すぐだ」
危険はわかる。真正面からの戦いも勝ち目は薄い。だが助けられるかもしれない友人を放置しておきたくなかった。助けて逃げるだけなら……今から道中ででも、計画を立てれば……そう考えて、受付の男に残ったメモ帳を渡して自分の部屋から革袋を一つだけ持ち出し、ネレアの腕を掴んだ。ネレアは抵抗することなく頷く。
そして俺とネレアは、宿を、そして、リーヴェの街の門を駆け出した。




