第7話 決意表明
「さて。この辺りでいいかな。リリィ! もう起きて!」
リーヴェの街中へと入り、酒場の手前の路地裏でネレアはリリィから手を離し、しゃがみ込んでリリィの両肩にポンと叩くように手を置いた。
「それで効果あるのか?」
残念だが俺とこいつではパラメテノイドに関する知識量の違いがある。少なくとも、今日知ったばかりの俺とこいつではこいつの方が処置に関しても間違いはないはずだ。
「私がそうだったので、多分効果あるかなって」
……前言撤回。こいつ、持ってる知識を生かしきれないタイプだ。理由を聞いて俺が指示した方が効果的だろう。きっと。
「私がそうだったので、っていうのは。猫の時のあれか? 寄生されるのはこんな感じとかのんきに言った」
「そうです、それです! ほら、あの時、リッドさん、私に声をかけてくれたじゃないですか。あの時にも説明しましたけど、実は私、意識が飛んでたんです。眠ってたような感じっていうか」
「ああ、夢現って言ったな」
「判断力が低下している、というのはその。動物とかに寄生した時の初期症状として、見たことがあったんだけど実際に人間で寄生された人間が解放された事例って殆ど聞いたことがなくて……これが一般的かどうかはまだ判別はできないですけど」
なるほど。だからあの時、人間も同じように判断力が低下する、という表現をしたわけだ。
「見たことあるんだったらそう言えってんだ」
「そう言わないでくださいよ! その、何処まで話すか判断が難しい話なんですよ、これ! とにかく、寝てるんなら起こせばいいんです!」
まあ、それは確かに。そして俺が頷くと同時にネレアはリリィの肩を掴んだまま、ぶんぶんと前後に力強く揺する。……そういえば、こいつ……見た目に反して物凄く豪快な投擲見せてたよな……?
「あ、あわわわ……!」
案の定、目を覚ましたリリィが目をぱちくりさせ始めた。
「リリィ! 目を覚ました!?」
そう言ってさらに揺すろうとしたネレアに俺は思わず制止をかけた。
「目を覚ましたみたいだからそこまでにしてやれ! お前な、自分の力を少し思い出せよ」
「あ……」
ネレアは気が付いたようにリリィから手を離す。リリィは大きく後ろにのけぞって、慌てて態勢を立て直す。そして頭をふらふらとさせながら、目をこすった。
「あ、あれ? サリィは? 猫ちゃんは? ここ、どこ? ネレアお姉ちゃん、どうしたの? どうしてそんなに必死なの?」
ふらふらとしながらも首をかしげるリリィにネレアががばっと抱きついた。
「よかった! よかった、リリィは、まだ間に合った……!」
「ネレアお姉ちゃん? 間に合ったって? え? 何が起きてるの?」
「うん……詳しいお話は後でするから、今は、ごめんね。安心したいんだ……」
そう言ってネレアがリリィをぎゅっと抱きしめた。安心したい気持ちはわかる。だが時間は待ってくれない。申し訳なく思う心を押し殺し、俺はネレアに声をかけた。
「だが安心してもいられないぞ。クレアの事。サリィの事。やることが増えた。とりあえずお前の知っていることを、話してくれるよな?」
「はい……でも先に一つだけ断りを入れさせてください。パラメテノイドについて。これは機密です。どうしてだかは私も聞いてないんですが、本来は他言無用なんです。どうか、マスターにも伏せてください」
「どうして機密なのかわからないのに隠しておける状況ではないんだがな?」
「……それは……」
ネレアは、少し人見知りで能天気ではあるものの、真面目な性格なんだろうな。わからないけれど伏せろと言われたら伏せる。戦う冒険者としては良い性格だが、裏方には向かないな。そう思いながら俺が説き伏せようとした次の瞬間だった。
「ネレアお姉ちゃん。このお兄ちゃんにパラメテノイドのこと、どこまで話したの? だったら知ってることは最後まできちんと話してあげないと混乱しちゃうよ。話せば多分、伏せなくちゃいけない理由、わかってくれると思うし」
リリィが、そうネレアに告げた。……なんでそれを明らかに妹分の方が言うんだよ。ちらりとネレアに視線を向けると明らかに顔を引きつらせて困っていた。
「流石に俺もここで全部聞こうなんて気はない。時間も考えると全部ゆっくり聞いてられる時間もない。ひとまずこの子をマスターに預ける。んで、俺がやりたいことに付き合いながら話せることを話してくれ。それさえ約束してくれるんなら、俺はマスターに話さない。だが」
「んっと。ネレアお姉ちゃん。パラメテノイドにやられちゃった動物、現れたんだよね? それはなあに? 状況によっては、リリィからマスターにお話するから、それも含めて教えて」
俺がまさにリリィに状況によってはマスターに話してやってくれ、と言おうと思った時に本人から申し出たのだ。何で判断力が落ちたリリィの方が的確なんだよ……じとりとネレアに視線を向ける。ネレアは慌てたような表情で弁明をする。
「えっと! サリィとリリィはですね。とても頭がいいからリーダーが買い取る形で引き取ったんですよ! 私とアレアは完全に買われたんですけど大きな違いですよね、うん!」
「お姉ちゃん、はぐらかさないできちんと話すの」
ぐいぐいとリリィがネレアの裾を引っ張る。確かに、目が覚めてこういう動きをする子なら、そりゃネレアが反応がないのを異常だと判断できるわけだ。
「え、えっと……その……猫、が……」
「そっか。あの猫ちゃんか。なら多分三か月前だよね? ってことはクレアお姉ちゃんとサリィが危ないんじゃないの?」
「……えっと。そう、だね。三か月前であってると思う……」
リリィにズバリ言い当てられ、ネレアは目を逸らす。リリィもその様子を見て裾から手を離し、目を伏せた。というか、三か月? なんで時期まで特定できてるんだ? 俺が聞こうとした次の瞬間、ネレアが覚悟を決めたように、立ち上がる。
「……えっと。リッドさん。クレアが先か、猫が先か、リッドさんは気になってますよね。私ですね、これは、多分猫が先だと思ってるんです」
「ほう?」
「私、猫、埋葬する前に言いましたよね。気づいてあげられなくてごめんねって」
確かに、猫を埋葬しに行く際に確かにこいつはそういった。
「実は猫ですね。三か月前に一度行方不明になっちゃって。それで、みんなで探したんですよ。最後はクレアが森にいたのを見つけて抱えて戻ってきたんです。だけど……なんだろ。私、なんか、それまでの猫と違う気がして。それで、ちょっと距離とってたんですよね。まあ、向こうもなんか、私のことは避けてましたけど……」
……なるほど。そういうことか。こいつが埋葬の時にどこか、話題を逸らしたいな、という雰囲気を醸し出していたのは。
「クレアともそうです。猫とほら。寝なくなったって話しましたよね。その頃からなんかクレアが違うな……って思って……些細なことで喧嘩、増えてたんです」
確かに、こいつはクレアの相方みたいなものだと聞いている。責任を感じてたのか。
「だから、気づいてあげられなくてごめん、っていうのは、猫に対しても、ですけど、クレアに対しても、です」
ネレアは俯いたまま拳を胸にあててそこまで言い切ると、大きく深呼吸をした。
「だからリッドさん。私、リッドさんに全面的に協力するつもりでいるんです。クレアのこと、私が知る限り教えます。この数日間、クレアが何をやったのか。一緒に、探りましょう!」
俺がふっと鼻で笑ったのを見て、リリィが一言口を挟んだ。
「リッドお兄ちゃん。ネレアお姉ちゃんはこういう人。言い出したら止まらないからごめんなさい。この言い方だとお姉ちゃんなりに、話せることは全部話すつもりだと思うよ。だから協力させてあげて」
違うよ、そういうことじゃない。俺の方こそ、クレアについて調べるのに協力してくれって言おうとしてたのにそっちからかよって思っただけだ。
俺はリリィの頭を撫でながら、ネレアに向かって頷いた。




