第6話 寄生させたのは?
「サリィ! リリィ! いる!?」
舞踏冒険者集団リヴェリアの拠点。沿岸都市リーヴェの街外れの崖の上にぽつんと建ち、潮風によって風化した石が逆に味を出している立派な建物。そこに俺とネレアは駆けこむように足を踏み入れた。
「ネレア。今はこの建物に二人しかいないのか?」
俺はネレアの後を追うように拠点の入り口をくぐりながら聞いた。他にいるのであればそいつの確認もする必要があったからだ。
ネレアは俺の方を振り返ることなく、通路の様子を確認していた。なるほど。争った形跡や荒らされた形跡がないかの確認か。悪くない。
「はい。今は二人です。私達は四組に分かれて活動しているんですが、リーダーは今、一組連れて他の街に出てます。もう一組はその、ちょっと事情があって……だからこの三か月は残りの二組。私とクレア、あとアレア。一番下のサリィとリリィの二人。五人でやりくりしてました。アレアは街道とかで稼ぐのが好きだからあまりここには来ないんですけど」
三か月か。絶妙だな。リヴェリアがパラメテノイドに対して警戒してたんならちょうど隙ができた瞬間に事件が起きた、って感じになるわけだ。ネレアが俺に手招きをする。それに従ってついていくと、広い空間に出た。
「リッドさん、こちらが広間です。私は二人の部屋に様子を見に行きます!」
「いや待て。サリィが危ない可能性があるなら、俺も行く。お前、一人で危ない目にあったの忘れたのか?」
「それは、そうなんですけど……」
もじもじと申し訳なさそうにするネレア。さっきまでの馴れ馴れしい態度はなんだったんだよ。今更だろ、と心の中で悪態をつきながら顎で早くしろと促す。
「わかりました。では、お言葉に甘えまして……こちらです」
俺が行動を促すとネレアは頷いて通路へと俺を誘導した。正面の突き当りに一つ、右手側の壁に四つの扉のある通路。ネレアは広間から入って手前側の扉に手を掛けてからノックした。
「サリィ、リリィ? 開けるわよ」
そう言うと同時にネレアは勢いよく扉を開く。そこにはネレアと同じ踊り子の衣装を着た少女が二人の姿があった。驚いて目を丸くしている聡明そうな顔つきの緑色の髪の少女。そして、扉の方を見てボーっとしている白髪の少女。どちらも、ネレアより幼い印象だ。
「二人とも、いるなら返事をしなさい。心配したじゃない!」
ネレアが二人に近寄ろうとしたので俺は腕を引っ張り制止する。そして少し近づき警告した。
「おい、危ないなら近づくな。お前のナイフの投擲力はたった一回しか見てないがあれだけで十分なぐらいインパクトがあったぞ。そんなお前が戦力にならなくなるのは俺が困る」
「あ、す、すみません。ありがとうございます……褒めてくれて」
ネレアが少し頬を赤らめながら答える。そのありがとうはどっちに対するありがとうだよ、と思いながら俺も二人に声をかける。
「初めましてだ。クレアがここの一員だったって話をネレアから聞いてな。少し話を聞きたくて来た」
「そう、ですか」
緑髪の少女は軽く頷いて微笑む。だが、俺は微笑む直前、一瞬、怪訝な表情を見せたのを見逃さなかった。……怪しいな。だが、普段からこういう奴の可能性もある。ちらりとネレアに視線を向ける。ネレアと視線が合うと、ネレアはにこりと笑って見せた。
「大丈夫だよ、サリィ。このお兄さんね。見た目通り口は悪いんだけど良い人だよ」
「そう、なんだ」
サリィは軽く頷いた。その様子を見てネレアが少しホッとした表情を見せた。
普通それは本人の前では言わないだろ。と思いながらも、ネレアの反応からこの少女は普段からこうなのだとほっと胸をなでおろした。クレアだけでも手一杯な状態なのに対処しなくちゃいけない人間が増えるのは困るぞ。
ネレアがサリィと数回やりとりをした後、俺の方に近寄り、俺にしか聞こえないような声でぼそぼそと話し始めた。
「あ、あの! リッドさん。その……」
「どうした?」
「その。あの……面倒なお願い、なんですけど……」
「だからなんだ?」
「その。実は……リリィが、何も言わないの、変だな、と思いまして……」
言われて気が付いた。緑髪の子がサリィなら、セットの白髪の子はリリィだろう。言われてみれば確かに俺らの方をボーっと見ているだけで何も言わない。不自然だ。
「サリィは普段からこんな感じの子なのでまだ判別に困るんですが……リリィは明らかに変なんです。ただ、猫からの寄生なら解除されてないとおかしいのですが、寄生が成立したのなら今度は、反応がなさ過ぎておかしいなって……」
確かに。話を聞く限り、寄生が成立した後は、他に寄生を広げるために活発化しそうだが、それがない。ということは……
「猫の他にいる可能性があるな」
「はい。その……」
言わんとしていることはわかる。猫の寄生が離れたのはついさっき。なのにまだ寄生状態が解除されていない。可能性として有力なのは、最初から猫ではないものに寄生を仕掛けられていた。もしくは猫が倒された後、また別の物に寄生を仕掛けられているか、だ。
「だから……サリィと隔離します。酒場のマスターに話をつけたいのですけど、協力してもらえませんか?」
ネレアも、その可能性にたどり着いているようだった。不思議なのはネレアが騒がないことだ。可能性に行きついているなら、こいつの性格だと騒ぎそうなのに。だからこそサリィの前で至って普通に俺は返事を返した。ネレアには考えがある可能性がある。邪魔をするわけにはいかない。
「ああ。良いぜ」
俺が断る理由もない。俺の返事を聞くと、ネレアは俺に笑顔を見せて、サリィに向き直した。
「サリィ。私ね、クレアの話をリッドさんとしてくるから一人で留守番できる?」
「え? リリィは?」
少し引っかかる反応を見せるサリィ。ネレアも少し表情をこわばらせた。とはいえ決定的な証拠はない。動物を殺すのと人を殺すのでは大違いだ。決定的な証拠がない限り、手が出せない。慎重に俺も話を進める。ネレアの性格を知っているなら、断れないはずだと判断して切り出した。
「サリィ、だな? なあ、お前から見て、ネレアが俺の質問に過不足なく答えられると思うか?」
案の定首を横に振る。よし、こいつは正確に判断ができるな。少なくとも寄生されて判断力が落ちた上での行動ではないことだけはわかった。となると二択だ。寄生されていないか、すでに成立しているか。おそらく……そう結論付けようとした次の瞬間、横を見るとむすっとした顔でネレアが俺を見つめていた。
「なんですかそれ! 私一人だとダメだって言うんですか!」
「ああ、ダメだね。というわけで、その子と一緒に今から酒場で話を聞こうと思ってる。悪いが一人で留守番頼めるか?」
今度はサリィがむすっとした顔をする。そりゃそうだよな。一人で留守番なんて普通に嫌だよな。ちらっとネレアの方を見ると、ネレアは真剣な表情に戻って頷くと、サリィの肩にポンと手を置く。お前は……不用意に触るなって言わなかったか? だが、この状況下で動く度胸があるんなら今こうしてやり取りなんてしないか。
「今までも留守番できたもんね。夜までには戻るから、お願いね?」
サリィはしぶしぶといった様子でコクリと頷いた。その様子を見てネレアがサリィの頭を撫でて笑顔になる。
「ごめんね。じゃあ、すぐに終わらせてくるからね」
ネレアはそう言ってサリィに手を振り、リリィの手を握り部屋を出た。そしてそのまま、リヴェリアの拠点を後にした。
「……お前もそう感じてるって事でいいな?」
「……考えたくないんですけど……」
「サリィへの寄生は成立済みの可能性が高い」「サリィは間に合わなかった可能性が高い」
俺とネレアの声が重なり合う。天高く上り、これから落ちてこようとする太陽だけが無情にも時間が過ぎていることを告げていた。
「いいのか?」
「……猫は、猫でした。だったら、サリィもサリィです。怪しいな、とは思われたと思いますけど、今はまだ動かないでしょう……サリィなら、特に。だから早急にリーダーに連絡を取る必要があります。酒場のマスターはリーダーの滞在先を知ってるので。手紙を渡しましょう」
ネレアは一切後ろを振り返ろうとしなかったからこそ、俺はもう一度尋ねた。
「いいのか?」
「……早く行きましょう。私ができることなんて、限られてます」
ネレアはそう言ってリリィの手をギュッと握りしめて、海岸の道をリーヴェの街中へと歩を進めていた。




