第5話 パラメテノイド
俺とネレアは誰もいない海岸沿いにある小高い丘に猫を埋めることにした。
ネレアは穴を掘りながら猫について語りだす。
「クレアが四年前に森で拾って可愛がってた子だったんです。みんな、森の生き物は危ないぞって言ってたんですけど。クレアは海の方がよっぽど危ない、って言って頑として引かなくて。寝るときも一緒で。だけど一か月ぐらい前からかな……クレアが、一緒に寝なくなって、サリィが一緒に寝てあげたり、リリィが遊んであげたりしてたんです」
名残惜しそうにとめどなく話すネレア。猫が、というより、猫と家族の思い出、といった雰囲気で話す。 時々手を止める彼女に少し同情し、海の方が危ない、という単語で俺はつい、海に広がる水平線へと視線を向けた。
「あ、サリィとリリィっていうのはですね。あ、私とクレア、名前が似てると思いません? 実はですね、リーダーは私達にですね、買った時期に合わせて名前つけるんですよ。だから私とクレアは一緒の時期だから似てるんですよ。同様に、サリィとリリィも同じ時期に買われてる、私達の後輩って感じなんです。それでですね。サリィとリリィは猫の遊び相手にはなるんですけど、結局面倒は私が見ることになってですね」
しかし、ネレアは思った以上におしゃべりだった。お前、最初会った時、もじもじしてたよな? 恥ずかしいからって一週間酒場に顔出さないとかしたんだよな……? そして思い出す。そういえば酒場のマスターが変な言い回しをしていた。『爆発』。なるほど、これをそう表現したのか……となると、これは、止めた方がいいな……日が暮れちまう。確かに欲しい情報ではあるんだが、こう取り留めもない話をずっと聞けるだけの時間の余裕がねぇ。こうしている間にヤコブ達は首都に向かって行っちまうわけだし。
「で、猫が寄生されてるって、お前が言ったんだぞ。俺もあまり時間はない。まずは話題に出た猫の関係で、寄生について聞かせてくれるか?」
俺がそう切り出すと、ネレアは穴を掘る手を止めて、はっと気がついたような顔をして立ち上がり、俺に頭を下げた。
「す、すみません! 私、その……話し出すとつい……よく、クレアにも怒られてました……」
またクレアか。俺はため息をついてから、念のため、確認をした。
「それはそうと。名前が似てるとか言ってるけど、お前はネレアであってるんだよな?」
「あ、ああああ! 本当にすみません! そうですよね……私、名前、名乗ってないですね……は、はい。ネレアです。舞踏冒険者ギルド『リヴェリア』所属のネレアです。このリーヴェで基本的には酒場で月に一度の催し物として演舞をやってます。それ以外の日は、周辺の怪物駆除のお仕事もしてます!」
「こりゃ、律儀にどうも。俺はリッドだ。ほら、俺に謝ってないでさっさと埋めてやれ。話は埋めながらでもできる」
俺はそう言って猫を指差す。ネレアは軽く頷くと再び穴の前にしゃがみ込んだ。
「じゃ、じゃあ、怪物のお話、しますね。私達はあの怪物をパラメテノイド、って呼んでます。あいつらは液体が体なんですけど……本体は、寄生が成立した生き物自体になるっていう特殊な怪物なんです」
こうしてネレアは、猫を埋葬しながらぽつりぽつりと怪物について話し始めた。
「十年前に海に落ちた岩の微粒子は、生き物に有害なのは知ってますか? だから溜め込んだら怪物になっちゃうって言われてます。十年以上前にも怪物はいましたけど、増えた理由はそうだって言われてます」
「それは知ってる。怪物自体がどうして増えたんだって疑問持ってる冒険者なら大体知ってる事実だろ」
俺がそう軽く返すと、ネレアはむくれた顔で俺の方を向いてから両手で拳を作りぶんぶんと振る。子供みたいな動きをする奴だな。
「ここからが重要なんですって! パラメテノイドは違うんです! 岩そのものなんです!」
「はあ? それだと岩の中身が液体だったとでもいうのか?」
「それはわかりませんけれど……でも、リーダーは岩そのものだって言ってました!」
ネレアの言う『リーダー』ってリヴェリアのリーダーだよな。上手く街に取り入ってる。なんか、物凄くきな臭いんだが……そういやさっきの話でこいつ、自分が買われたって認識があるのにすんなり買われた時の名前を受け入れてたな。よほど信頼できる事情でもあるのか?
「とにかく! パラメテノイドは生き物に寄生してこの世界に溶け込んで何かをしようとしているって! だから排除しないとってリーダーが言ってました!」
臭い、臭すぎるぞ……岩が、この世界に溶け込むために生き物に寄生する? 何のためにそんな回りくどいことをするんだ? 確かに実際に猫は寄生されていたがその目的が分からないんじゃ、話を信用しようがないだろ……
ん? そういえば……
「そのパラメテノイド、か? さっきの猫はパラメテノイドになってたってのがわかったわけだが……お前、襲われて初めて気が付いたのか?」
「あ、はい! あ、寄生されるのってこんな感じか~って思ったので、あれは間違いないです!」
「おい! 寄生されるとこんな感じってどういう意味だ!?」
しまった、これは心の中に留めておくつもりだったのに、あまりにこいつがのんきに言うから声に出しちまった……
「あ、そうですよね。この説明がないと私ももう危ない、って思っちゃいますよね。あいつら、自分自身、つまり液体を注入しようとするんですよ。で、その量が一定量を越えると寄生が成立する、らしいです。一定量を越えるまでは判断力が鈍ったり、少し行動に支障が出るだけです! 夢現という言い方がいいんでしょうか? ほら、悲鳴をあげてからすぐ、私、離れるとかそういう行動をとらずにぼーっとしてましたよね?」
……言われてみれば助けて、とか言いそうなシーンだったのに悲鳴しか上げてなかったな……というか、らしいってなんだ?
「らしいですって、誰がそう言ったんだ?」
「リーダーが」
うさんくせぇ……だけど、判断力が鈍る、夢現、か……漠然と目の光が消えたヤコブの姿が頭をよぎる。だけど、これが正解だったとしたら……クレアがパラメテノイドってことになるぞ……?
「あ! でも、リーダーが言ってることは大体あってると思います。ほら、猫、殺しちゃった時、液体、はじけ飛んだでしょう? あんな感じで寄生していた本体が死んじゃうと消えちゃうんですよ。なんで寄生した先を殺すと一緒に死ぬのか、原理はわからないですけど。私の感覚的にも、さっき襲われた時に注入されちゃってるのは間違いないんです! 大元を倒したら、一気にすっきりしたというか!」
「……つまり、お前、俺が助けなかったら猫に懐柔されて寄生されてたってことになるぞ……?」
「そうですね、ですから、リッドさんは私の命の恩人です。ありがとうございました!」
今度は元気よく頭を下げる。本当、こいつ、切り替え速いし感情豊かだな……扱いやすいけど、なんだ? なんかよくわからないが、守ってやらないとダメな雰囲気がぷんぷんするぞ……
「んで、猫の埋葬はそれで終わりでいいのか?」
「あっ! い、いえ! まだです! 最後の仕上げしますから少し待っててくださいね!」
俺が顔をしかめながら言うと、ネレアは慌てて、穴に横たえた猫に土をかぶせ始めた。
さて、そのリーダーとやらをどこまで信用していいかはわからないが、とりあえず怪物の正体はわかった。クレアは正常じゃないからこそ、ヤコブを使って俺を引っぺがした。おそらく、ヤコブに寄生するためだろうな。
だがクレアがいつからおかしかったのか……時系列の整理が必要だぞ、これは。
クレアと猫がパラメテノイドに寄生されていることはほぼ確定だ。猫がこんな状態なら一緒に寝ていた期間があるクレアは、先でも後でもほぼアウトだろう。
一か月前からクレアが猫と一緒に寝なくなったのは……猫が判断して離れたのか。それともクレアが判断して離れたのか。そうだ、判断力と言えば。
ぽんぽんと土を叩くネレアに声をかける。
「おい、ネレア。寄生が完全に成立すると判断力や思考はどうなるんだ?」
ネレアは俺の方を見て首をかしげる。
「どうなるんでしょう? ただ、今まで退治したことのあるパラメテノイドは何も考えてないような動きではありませんでした。それに猫……二人きりを狙ったタイミングで動いてるんですよね。寄生させようとする意識は強そうです」
だとすれば。クレアが猫と一緒に寝なくなったのはどちらかの寄生が完全に終わったタイミングってことなんじゃないか? どっちが先かまではわからないが。だがそうなると……
「おい、ネレア。猫と一緒に寝てたっていうサリィ。大丈夫なのか?」
「あっ!!」
ネレアは気が付いたように立ち上がると慌てて俺の腕を引いた。
「物凄くまずいと思います! す、すみません! 一緒に来てもらってもよいですか!?」




