5話
午後の授業中。
先生が黒板に向かっている隙を突いて、斜め前の席から涼介がそわそわと身を乗り出してきた。
「なぁ、蓮。怜奈、どうだった?」
ひそひそ声で聞いてくる涼介。
すると、僕の隣の席に座る結衣までもが、ノートの陰から顔を覗かせた。
「蓮、朝比奈さんとちゃんと話せたの?」
「……いや。話せなかった」
嘘をついた。
『勘違いさせてしまった』なんて、今の二人の前で言えるわけがない。
「それは……そうだよなあ。いきなり何度も呼び止めてもな」
涼介は少し残念そうに肩を落とす。
「そもそも、朝比奈さんと蓮、接点無さすぎだからね。いきなり話しかけられても警戒されちゃうよ」
結衣がクスクスと笑いながら言う。
「……うん……」
「やっぱり、自分で気持ちを伝えるしかないかー……」
頭を掻きむしる涼介に、結衣がビシッとシャーペンを突きつけた。
「あたりまえでしょ!私の彼氏をパシリに使うなっての」
「うっ、すんません……」
二人のやり取りを、僕はただ眺めるしかなかった。
「涼介くん、大丈夫!まだチャンスはあるって」
「……」
「二人はいいよなー。高みの見物でさ……」
「私たち二人で応援してあげるから、頑張りな〜」
結衣が無邪気に笑う。
その純粋な笑顔が、今の僕には眩しすぎて、直視できなかった。
「……蓮?どうしたの?なんか顔色悪いよ?」
「えっ?いや、なんでもないよ。ちょっと寝不足でさ」
「もう、夜更かしはダメだって言ってるのに」
そんな他愛のない会話をしているうちに、チャイムが鳴り響いた。
「じゃあ、今日の授業はここまでなー」
先生がチョークを置き、教卓の上のプリントをトントンと揃える。
「あ、そうだ。授業に遅れてきた朝比奈、それから青木。ペナルティとして、皆のプリント回収して職員室に届けるように」
「「えっ」」
僕と、離れた席に座る朝比奈さんの声が重なった。
「あははっ、遅れてくるからだよ。私、校門の所で待ってるね」
結衣は楽しそうに僕の肩を叩いた。
* * *
放課後の教室。 職員室にプリントを届け終えた僕と朝比奈さんは、無言のまま教室に戻ってきた。
「……」
「……」
何か話さなきゃと思うのに、言葉が出てこない。 重苦しい沈黙の中、朝比奈さんが先に口を開いた。
「……白川さん、校門で待ってるんでしょ?早く行ってあげなきゃ」
「朝比奈さん。勘違いさせてしまって本当にゴメン!」
僕はたまらず頭を下げた。
「だからって……」
彼女の声は、ひどく冷たかった。
「……私、はじめてだったんだけどな……キス」
「っ! だから、それは――」
ぐいっ。 言いかけた僕の腕を、朝比奈さんが強く掴んだ。
「ねえ……責任、とってよ」
「えっ……責任って……僕には、結衣が……」
上目遣いで僕を見つめる彼女の瞳は、冗談を言っているようには見えなかった。 僕が戸惑っていると――。
『あれー?蓮、遅いなぁ……』
ビクッとした。 廊下の奥から、結衣の声が近づいてくる。待ちきれずに教室まで迎えに来てしまったんだ。
「朝比奈さん、手を――!」
振り解こうとしたけれど、朝比奈さんは僕の腕をがっちりと掴んで離さない。
『蓮ー?教室にいるー?』
マズい!
見られる!
僕は反射的に朝比奈さんの手を引き、一番近くにあった教室後方の掃除用具入れの扉を開け、二人で中に転がり込んだ。
カチャン、と扉を閉める。 暗くて狭いロッカーの中。モップの柄が背中に当たる。
ガラッ、と教室の前扉が開く音がした。
『あれ?蓮、どこいったんだろうなー?』
扉のすぐ外から、結衣の足音と声が聞こえる。そして僕の胸元には、息を潜める朝比奈怜奈の柔らかい身体が密着していた。
どうするんだよ?!僕ーー




