4話
「ごめん涼介。先に行っててくれないか」
「はあ?なんだよ……まあいいけど、遅れるなよ?」
不満そうに首を傾げながらも、涼介は先に廊下の奥へと歩いていった。
涼介の背中が見えなくなったのを確認して、僕は目の前の朝比奈さんに向き直った。
「……で?話ってなに?」
朝比奈さんは小首を傾げ、少しだけ期待を含んだような瞳で僕を見上げている。
「朝比奈さん。昨日のことなんだけど……」
「うん」
「その、あまり喋ったこともないのに、僕からあんなこと言って、驚かせたよね」
「え?」
怜奈の表情が、スッと真顔になった。
「あんまり喋ったことないって……本気で言ってるの?」
「えっ?だって、同じクラスだけど、たまに挨拶するくらいだったし……」
「半年くらい前、私たち、それなりに話したように思ってたんだけど」
「半年前……?」
じっと見つめてくる怜奈の視線に、僕は記憶を辿った。
そう言われれば、以前、街中で偶然見かけた朝比奈さんに、僕から声をかけたことがあったような……。
でも、記憶は曖昧で思い出せない。
「……まあ、いいわ。それで、話って何?」
少しだけ声のトーンを落とした朝比奈さんに促され、僕はギュッと拳を握りしめた。
言わなきゃいけない。誤解を解かなきゃいけないんだ。
「本当は……僕じゃないんだ」
「……え?」
「昨日の告白……朝比奈さんを好きだって言ったのは、僕じゃない」
「えっ?蓮くんが、私を好きなんじゃないの……?」
彼女の大きな瞳が、揺れた。
「……僕は、涼介の気持ちを代わりに伝えただけで……!」
「……ウソ……」
「本当にゴメン!言い方が悪かった。なんて謝ったらいいか……」
「……どういうこと」
怜奈の声が震えていた。
僕は逃げ出したい気持ちを必死に押さえつけ、正直にすべてを話すことにした。
「涼介が、朝比奈さんのこと、昔からずっと好きだったんだ」
「涼介が……?」
「うん。でも、あいつ、朝比奈さんと昔からの付き合いだからこそ言い出せなかったんだよ。どうしても自分の気持ちを伝えるのが無理だって泣きつかれて……だから、僕が代わりに朝比奈さんを呼び出して――」
「どうして、そういうこと言うの?」
遮るような、ひどく冷たい声だった。
「朝比奈さん……」
「私は、蓮くんに告白されたから、付き合うって決めたのに……っ」
彼女はうつむき、ギュッと自分のスカートの裾を握りしめていた。
「だから……私……っ」
「……っ」
「それなのに、蓮くんは……私に涼介と付き合えって言うの?」
突き刺さるような言葉だった。
彼女の目には、うっすらと涙が浮かんでいるように見えた。
「それは――」
違う……なんて言えない。涼介と付き合えなんて、そんな無理を強いるつもりはない。 ただ、勘違いを解きたかっただけだ。
僕には結衣がいるから。僕が君と付き合うことは許されないから。
でも、喉からは言葉が一つも出てこなかった。
「……」
朝比奈さんは唇を噛み締めると、何も言わずに背を向けた。
そして、小走りで廊下の奥へと消えていく。
「朝比奈さん……っ!」
引き止める権利なんて、僕にあるはずがなかった。
残された僕は、胸が押しつぶされそうなほど苦しくて、その場から動くことができなかった。
* * *
チャイムが鳴り終わるのとほぼ同時に、僕はギリギリで教室に滑り込んだ。
「セーフ。青木、早く席につけ」
「すみません……」
先生の言葉に小さく頭を下げて、自分の席に座った。斜め前の席に座っている涼介と目が合った。
涼介は、無言でこちらをじっと見つめている。
『怜奈、どうだったんだ?』と、その目が問いかけているのが分かった。
親友を裏切り、彼女を裏切り、そして朝比奈さんを深く傷つけてしまった。
さあ、なんとしたものか――。
涼介になんて伝えようか――。




